177 伝令★


 *    *    *    *


 ――同時刻。


 コスタンはポートポランへ報告のために、チャリスンに跨りラクモと岩トロールのいた砦近くを歩いていた。

 長らく馬車が通らずに放置されていたその道は、乾いた土が積もり、風に吹かれるたびに小さなホコリの雲を巻き上げる。

 所々に雑草が顔を出し、まるで道の存在を忘れ去られたかのように繁茂していた。


 「むっ……あれは」

 「馬……?」


 遠くの道の先に小さく見えるのは、二頭のユニサスだった。

 羽毛が身体から生えている馬、その姿にコスタンたちは目を見張った。

 近づいてくると、その早馬に跨るふたりの姿がはっきりと見えた。


 「役人かな?」


 ラクモが眉をひそめる。

 この未曽有の出来事の後に訪れるような人物といえば、限られている。


 「村を確認しにきたのかもしれませんな」


 コスタンはチャリスンから下馬し、手綱を引いて腰に手を当てた。


 早馬に跨った男ふたりは、やがてコスタンたちの前に到着した。

 ふたりの服装はギルドの紋章が施された空色の外套マントで、その威厳を放っている。

 彼らは素早くユニサスから降り立ち、深々とお辞儀をした。


 やや年齢の高そうな方が、コスタンたちに向かって声を上げた。


 「失礼ですが、御仁はシャイアル村の住民ですか?」


 40代頃の男は礼儀正しく尋ねる。


 「いかにも、シャイアル村の村長、コスタンと申します」


 「これは失礼、コスタン殿でしたか、噂はかねがね……。我々はポートポラン支部、冒険者ギルドの伝令員です。月光院げっこういんの命により、タロンの原生林の異常な魔素嵐や天使の飛来について調査に参りました。シャイアル村でも先の異常な事態を観測しているかと思い、何か情報をご存知でしょうか?」


 コスタンは頷きながら答えた。


 「異常な嵐が止んだ次の日のことでしたが、村の近くの鉱山がダンジョンとして復活したことを我々は確認しましてな、ちょうどポートポランに報告に行くところでした」


 「鉱山がダンジョンとして復活した? そんなまさか……」


 伝令員ふたりはお互いの顔を見合わせ疑念を抱いた表情を見せたが、すぐに真剣な顔つきに戻った。


 「……なるほど、それは重要な情報です。更に調査を進める必要がありそうですね」


 「……調査ですか?」


 コスタンが尋ねると、伝令員のひとりは決意を込めた目で答えた。


 「私はギルドに戻りこのことを報告します。それが本当であれば調査隊のキャラバンを組んで村を訪れる必要があります」


 伝令員は瞬時に状況を把握し、次に取るべき行動を即座に計画した。

 その冷静さと迅速さは、長年の訓練と実戦経験に裏打ちされたものだった。

 彼はコスタンの目を見つめ、さらに続けた。


 「コスタン殿さえよろしければ、彼と共に村の鉱山を確認させていただけませんか?」


 その言葉を聞いたコスタンは、一瞬の間を置いてからゆっくりと頷いた。

 彼は背筋を伸ばし、胸に手を当てて深く会釈した。


 「……わかりました。我々も全力で協力します」

 「それでは、急ぎましょう」


 コスタンの言葉に、伝令員は力強く頷いた。

 彼らは一瞬の無駄も許さないという緊張感に包まれていた。


 伝令員は再びユニサスに跨り、ポートポランに向けて馬を駆った。

 もう一人の伝令員はコスタン達を連れ村へと足を進める。


 *    *    *    *


 村へと急ぐ中、伝令員はコスタンに尋ねる。


 「……村の近くの鉱山は、確か廃坑となっていたはずですよね?」


 伝令員は不安げに尋ね、コスタンは思案する素振りを見せながらゆっくりと口を開いた。


 「えぇ……。ダンジョンが復活したのも異常な嵐と天使が関係しているはずです……。それに森の方ではタロンの主が暴れていたようでして……」


 「……ッ!」


 伝令員は何か思い当たることがあるのか、一瞬険しい表情を浮かべた。

 コスタンはその変化を見逃さなかった。


 「急ぎ村に到着し、状況を確認したく思いますが……」

 「僕なら走れるよ」


 ラクモの言葉に伝令員は頷き、三人は駆け始めた。

 彼らの足音が地面を踏みしめるたびに土埃が舞い上がり、周囲の景色が一瞬にしてかすんだ。

 風に乗って、土の匂いが鼻をつく。

 彼らはただ前を見据え、ひたすら村を目指して走り続けた。


 *    *    *    *


 ――シャイアル村


 「……鉱山は南の方にあります」


 「えぇ、引き続き案内をお願いします」


 村に到着し鉱山へと向かう中、コスタンはラクモに声をかける。


 「チャリスさんに報告を、村にキャラバンが来ると」


 コスタンは不器用にウィンクして見せる。


 「うん、するね……!」


 ラクモと別れ、コスタンは伝令員を『ルハ・シャイア』へと案内する。


 *    *    *    *


 ――『ルハ・シャイア』 入り口


 そびえたつ岩山に獣が大きく口を開けたような空洞がある。

 真っ暗闇の空洞は光を一切通さず、不気味な圧迫感を感じさせる。


 「ここがダンジョンですか……?」

 「えぇ」


 重苦しい表情の伝令員は腰を屈めてダンジョンを覗き込む。


 「この光を通さぬ空洞、間違いなくダンジョンでしょうね。……もうすでに内部を確認されたのですか?」


 「はい、内部は野外フィールド型で、採掘資源のある鉱山ダンジョンでした」


 「……資源のある鉱山? しかも迷宮型ではない?」


 伝令員はコスタンの言葉を信じられずにいるようだ。

 それもそのはず、前例のない構成だからだ。


 「実際にその目で確認されるのが一番かと……」


 「……ですね」


 伝令員は深く息をつき、ふたりは『ルハ・シャイア』の空洞へと侵入した。


 *    *    *    *


 ――チャリス家


 「月光院げっこういんの命って言いましたかいっ!?」


 チャリスは驚きのあまり両手で机を叩きそうになったが、なんとか堪えた。

 ラクモはサハヤが淹れたお茶を飲みながら冷静に答える。


 「……うん、天使と魔素嵐について調査しにきたって、調査隊のキャラバンを組むともって言ってたね」


 「エリクシルさんが心配してた通りになりましたなぁ! 今すぐ連絡せにゃあ!」


 チャリスは焦りを隠さず、急いで自室へと飛び込んだ。


 「……あの子も調査に駆り出されるのかしら……?」


 サハヤは一瞬眉をひそめたが、すぐに懐かしむように微笑んだ。


 「娘さん、月光院げっこういんの究理課にいるんだっけ?」


 「そうなの、もしかしたら会えるかもしれないわ」


 「会えるといいね」


 ラクモは呑み終えたお茶のカップを静かにテーブルに置いた。


 *    *    *    *


 ――イグリース船内


 { えぇ、やはりそうでしたか……しばらくは村を訪れない方が良さそうですね。えぇ、はい、はい。ありがとうございます! なにかありましたらご連絡ください。……はい、こちらからも連絡します }


 「……チャリスさん?」


 ロランはリビングのカウチに寝転びながらヘッドフォンを外した。


 { はい、村にギルドの伝令員が訪ねてきたそうです。すぐにでもダンジョンの調査にキャラバンが訪れるとか }


 「まじかよ……。そんな急ぎでくるのかよ! エリクシルの言ってた通りになったじゃねぇか」


 { それだけの異常事態が起きたということなのでしょうね…… }


 「どうすんだ、村に行けねぇとなると……」


 ロランはカウチから飛び起きて座ると、心配な表情を浮かべた。

 対照的にエリクシルは明るい表情を見せている。


 { いい機会です。落ち着くまでバイユールを訪ねるのはどうでしょう }


 「いやいや、ダンジョンを調査されるんだろ? 呑気に観光してていいのか? って」


 { うーん、私たちがいたところでややこしいことになるばかりですし、今回のプランでは『タロンの悪魔の木』へは、北から誘導してもらうので船には近づかないはずです。それにダンジョンの征服はタロンの主に責任を肩代わりしてもらう方針ですから…… }


 苛立つロランに、エリクシルは優しく諭すように言った。


 「まぁ、そうか……。俺らに出来ることもないもんな……」


 { こうなることは予測済みでしたから、先手が打てて良かったです。……さぁ、バイユールを訪れる準備をしましょうか。 }


 「……船に籠っていても仕方ねえ。素材の売却もしなきゃ、だしな。コスタンさんを頼れねえのは不安だけどよ……!」


 {今まではコスタンさんがガイドも担ってくれていましたからね。しかし彼は今、村を離れるわけにはいかないでしょう……。シャツも完成してますから、ちゃんと冒険者っぽく見えるはずですよっ! }


 「んだな、現地に溶け込むことが大事だよな! 助かるぜ!」


 ロランはエリクシルの言葉に理解を示しつつ、出発のための準備を始めた。

 彼の手は自然とバックパックに伸び、必要なアイテムを確認する。


 *    *    *    *


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ユニサスと伝令員(偉い方)

https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16818093080351745950

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