臨時の策

176 偽装工作


 「……これからどうするんですか?」


 ロランがコスタンに尋ねる。

 コスタンの灰色の瞳は長年の経験と知恵を宿しているものの、今は何かを考えているように曇っていた。

 一瞬の沈黙の後、ゆっくりとした動きで彼は口を開き、低く落ち着いた声で話し始めた。


 「うむ……。権利については交渉の余地があります。……それよりもまずは、ダンジョンが復活した以上、我々には報告の義務が課されます。復活した経緯は知らぬ存ぜぬ、で押し通しますが……」


 { 最寄りの冒険者ギルドに行くんですね。たしか、マスター・ドマンさんに…… }


 エリクシルは察しがいい。

 すでに次の一手を理解していた。


 「うむ」


 「あっ、そうか義務があった。ってことは……ポートポランのギルドの人も『ルハ・シャイア』を確認しに来るわけですよね……」


 ロランの言葉に一同が重く頷く。


 「えぇ……それに……」


 コスタンは深く頷くと、意味ありげにエリクシルを見た。

 エリクシルはコクリと頷く。


 { 『タロンの悪魔の木』も確認しに来られるかと…… }


 「……おそらくは」


 「ええっ!? どうして?」


 話の見えないロランに、コスタンはわかりやすく説明した。


 「ダンジョンの近くに他のダンジョンが現れることはありえんのです」


 ダンジョンが征服されれば、時を置いてまた新たなダンジョンが生まれるという。

 初めて村を訪れ、コスタンの長話武勇伝の中にもあった話題だ。

 といってもロランは聞いておらず、代わりにエリクシルが情報をまとめていた。


 { ダンジョンの征服後は異なる場所にダンジョンが出現する、という話でしたね }


 既存のダンジョンの近くにふたつ目が確認された例はないそうだ。

 近くに出現した以上、最も近くのダンジョンが征服されたと考えるのも通例らしい。

 そしてその確認は探窟家とギルド職員によって行われるとか。


 「問題は誰が征服したか、ですぜ!」

 「だよね」


 チャリスが鋭く指摘し、ラクモは同調した。


 「うむ、幸いタロンの主が洞の木に強大な一撃を与えていますから、彼が起こした事件だと思わせます。さすがに私たちが征服したと報告しても信じてもらえないでしょうからな」


 今回で言えばダンジョンの魔物と折り合いの悪い地上の魔物、それも強大な主であれば違和感も少ないと考えているようだ。


 { わたしたちとしても、注目されるのは避けたいところです。……上手くいけばいいのですが }


 もちろんコスタンも、地上の魔物がダンジョンを征服した、という話も聞いたことはないと言う。

 しかし異常な魔素嵐や天使の来訪、本来では起こり得ない事象がその特例を生んでもおかしくないのではないか。


 「……私としてはこの話は上手くいくような気がしますぞ……!」


 ロランもようやく理解が追い付き、他に気になることも出てくる。


 「……でもあそこに来るってことは、船も見つかるんじゃねえか!?」


 焦り顔のロランはどうするんだとエリクシルを見た。

 エリクシルは余裕の笑みを浮かべ、{ えっへん }と自信ありげに胸を張って見せる。


 { そのための準備をしていたんですよ……! 動力をそれなりに消費してしまいましたが、迷彩カバーを製造しています。さすがに船全体を覆うことはできませんが、一部を、そして周囲の道を偽装する程度のことはできるはずです }


 「迷彩……、船に近寄らせないようにするってことか?」


 「それならばダンジョンへは私めが案内をしましょう。もちろん『タロンの抜け道』も内緒にするとして……」


 { それでしたらダンジョンへは北の小鬼ゴブリンの集落から、白花の丘を南下するよう誘導すればいいはずです。わたしたちが切り拓いた道をそのまま案内していただき、あとは主を刺激しないように注意してもられば }


 「えぇ、私も丁度同じことを考えていました、ぜひそうさせていただきます。ダンジョンの魔物氾濫フラッドを抑制するために定期的に様子を見に行っていたと説明すれば、説得力も増しますからな。加えてタロンの主と遭遇した話も報告するつもりです。少人数で森に侵入する分には関知されなかったと」


 { その方向でお願いします。わたしたちはそれまでの間に偽装を進めますね。しばらくは村に顔を出さない方がよさそうですし、何かあれば小型端末から連絡をお願いします }


 「わかりましたぞ……!」


 エリクシルとコスタンによる対策会議はとんとん拍子で進む。

 これでダンジョンが急に現れたと報告するだけでよくなるはずだ。

 ロランはほっと安堵の表情を浮かべ、エリクシルに向き直る。


 「……エリクシルゥ! よくやった!」


 { お安い御用ですよ! さぁ、わたしたちも帰ってさっそく準備を進めましょうか! }


 「おうっ!」


 ロランはバイクに跨ると、名残惜しそうに村を眺めた。

 ここまできたが、しばらく会っていない村人もいる。


 (大丈夫、またすぐに会える……)


 自分にそう言い聞かせると、ロランの表情は自然と和らいだ。

 楽しい祭りや皆と過ごした夜の記憶がほんのりと浮かび、思わず笑みがこぼれた。


 「……んじゃぁ、ラクモ、チャリスさん、コスタンさん、またっ! ニョムとムルコさんによろしくと!」

 「またね」

 「またすぐ会えますぜ!」

 「ええ、伝えておきますぞ!」

 { さようなら! }


 *    *    *    *


 ロランは東へとバイクを走らせる。

 鉱山の風景が後ろに流れていく中、船への帰路を急ぐ。

 周囲の景色は次第に変わり、森や丘が現れ、やがて広大な平野が広がった。


 { ……船へと戻る前にセンサーの回収もしておきましょう }


 「ん? なんでまた急に?」


 { 以前お話したように壁越えとレベルアップの恩恵で、センサーの帯域が増幅しています。小鬼ゴブリンの集落や白花の丘の東にある観測所はもう不要でしょう。 これからは村や街などに設置するのがよろしいかと}


 「あぁ、そういやそうだったな。確かに数に限りがある。要所に設置できた方がいいよな」


 ロランは抜け道の方ではなく小鬼ゴブリンの集落に向けて走らせる。

 集落近くの樹上に設置したセンサーを回収し、そのまま白花の丘へと向かう。

 小川を越えて山をバイクで駆けあがればすぐに到着だ。


 「よーし、これでオッケーだな」


 観測所を解体しバイクの積み荷に乗せる。


 { なんだか懐かしいですね…… }


 「あぁ、初めて天使を見たところだ。……あそこにフォロンティア・ミルズの輸送艦もあったんだよな……」


 ロランの指さす先、塵へと還った輸送艦があった場所は鬱蒼とした森が生い茂るばかり。


 { 唯一回収できた浄水器以外は空へと還ったのです…… }


 「生存者がいればなぁ……」


 { あの劣化具合です、生きていたとしても…… }


 数百年は立っているであろう船の劣化具合、小鬼ゴブリンなどの魔物が蔓延る世界を生き抜いていたとしても当時を知る漂流者はいないだろう。

 エリクシルは望みは低いと考えているようだ。


 「……そうだな」


 ロランはため息を一つ吐くと、船への帰路を進んだ。


 *    *    *    *


 { 丁度迷彩カバーが完成していましたね }


 「おおっ、カバーだけどネットにもなっているんだな」


 { はい、船を覆ったうえで植物でカモフラージュします }


 「うーん、それなりに大変な作業になりそうだな……」


 { 大変だとは思いますが、さっそく作業に移りましょう! }


 *    *    *    *


 ――数時間後。


 「だいたいこんなもんかぁ?」


 ロランは額の汗を拭いながらエリクシルに尋ねた。


 { ええ、大変上出来ですね }


 イグリース周辺は迷彩カバーネットのカモフラージュによって、一目ではソレだと分からなくなっている。

 もちろん近寄れば看破されてしまうが、この周辺に近寄らせないプランのバックアップで本命ではない。


 *    *    *    *


 ――同時刻。


 ポートポランへと報告に向かったコスタンとラクモ、チャリスンは岩トロールのいた砦近くを歩いていた。


 「むっ……あれは」

 「馬……?」

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