175 鉱山の生態系★
ガチンガチンッ、ガッ……ガリボリガリボリ……。
向かう先から奇妙な音が聞こえる。
「なんの音だ……?」
「岩でもかじり取っている音だね」
通路の壁のそばで岩が不自然に動いている。
よく見れば岩の外殻をまとった蟹のような魔物が、石の爪で岩を器用に割り、口元に運んでいた。
「
足を伸ばせば2メートルは超えるであろう、体高約100センチの奇妙なカニだ。
脚が6本しかないのも不自然だが、岩をも砕くその爪は70センチは下らない大きさで、見る者を不安にさせる。
ガチンガチンッ!
「でけぇ爪っ! 随分、ずんぐりむっくりのカニだ!」
{ 陸生の甲殻類がこんなにも鉱山に住み着くものなんですかね……? }
「いくぜえ!」
基本的に陸生甲殻類の幼生は水中で育つ。
水資源に乏しい鉱山で生態系を構築するのは難しいはずだ。
チャリスは
「浅層にいるということは地底湖もあるのかもしれませんな」
「どりゃぁあああっ!」
エリクシルは求めていたぴったりの答えを聞き、一気に表情を明るくした。
{ なるほど!! }
「どっ……せい!」
エリクシルたちが会話をしている横で、チャリスが
「むふっーーーっ!!」残念ながらドロップは無し。
「チャリスさん力あるなぁ!」
「へっへ、なぁにこれくらい朝飯前よ! こういった魔物にゃぁ槍よりはつるはしが良さそうですぜ! 採掘しながら魔物も狩れる」
「ふーん、確かにね。カニは大きいけどあまり早くないし、油断しなければ倒しやすい」
皆が好き勝手に喋る中、エリクシルは相変わらず唸っている。
{ ……ダンジョンに地底湖まであるなんて、独自の生態系が形成されていそうですね。このような環境では低代謝率の生物が多いはずですが、捕食行動を取るカニがいるということは、何か他に栄養源があるのでしょうか……? }
「魔素、じゃねえかな……?」
ロランは思い付きを口にしただけだが、エリクシルにとっては衝撃的だったようだ。
{ ……! ……かねてからダンジョンの魔物のエネルギー源を考えていたのです。それが魔素だとすれば至極当然なはずっ! }
「うん、まぁ。カニが岩とか魔石食ってるような感じだったしなぁ」
{ わたしとしたことが、このようなことを見落とすとは! 灯台下暗しですね }
「ほっほ、勉強になったようで幸いです」
コスタンは髭を撫でながら感心した様子を見せている。
ラクモはフンフンとしきりに匂いを嗅ぎながら、チャリスについてまわっていた。
魔物の擬態を見破るために警戒をしているようだ。
続く小部屋には壁のそこかしこに穴がある。
「穴……ですな」
「
「にしては高いところにも穴があります」
壁の横穴は2メートルの高さの所にもあり、大きさは1メートルほどだ。
コソコソ……
穴の中を何かがこすれる音がした。
{ あちらです! }
エリクシルの指さす先にから、顔を覗かせたのは。
「キューーッ……」
可愛らしい齧歯目、モルモットに似た魔物。
1メートルの穴にぎゅうぎゅう詰めになっているように見えるあたり、かなりの大きさだ。
手には鉱石、いや、チラリと光るあれはなんだろうか?
「あれはっ!
「なぁんですってぇ!?」
「初めて見た」
後ろではチャリスが素っ頓狂な声を上げ、ラクモは目を丸くしている。
「あいつ魔石もってねえか? それにバーロウって?」
{ 確かに魔石の反応です。そちらについてはわかりかねます…… }
コスタンは軽く咳ばらいをすると、説明し始めた。
「古い鉱山用語で、宝石の原石を意味する言葉バーロウ。かなり珍しい魔物ですな。そしてあれは確かに魔石です。あやつの習性に魔石や鉱石などを巣穴に持ち帰るというのがありましてな」
「この鉱山、うんにゃ、ここはお宝ダンジョンでさぁ!!」
{ 通路に横穴、そして巣穴、こうも内部が入り組んでいる
「鉱物が採取できるような
先ほどから鼻息荒いチャリスはいよいよ興奮を抑えきれないようだ。
チャリスはその穴目掛けて突撃し芋虫のようにぐいぐいと進んでいく。
「こりゃ、狭ぇ! 一度崩さねぇと無理ですぜ!」
「あんまり先行かないでよ、ボスがいるかもしれない」
「おうよっ!」
「……やる気に満ち溢れていますね」
「それも無理はありません。このようなダンジョンは私も初めて目にします……」
{ 精髄を用いてコアを移植した結果、このようなことになるとは……とても興味深いです }
他にもまだ見ぬ魔物が数種類いたが、あまり深部に行くとボスに遭遇するかもしれない。
今回は様子見ということで、一行は撤退することになった。
* * * *
鉱山前の広場で装備を解き、一行は腰を下ろして話し合う。
エリクシルが今回のダンジョンについての情報を整理する。
{ 蓋を開けてみたら、
「物件つーかダンジョンっつーか、まぁその言葉を使いたくなるのもわかるけどよ」
「ふはっ」
明るい表情のロランとラクモとは反対に、コスタンは眉をひそめ、慎重な様子で言葉を続けた。
「……適切に管理運用すれば莫大な富を生むのは間違いないでしょう。問題はこれを村の所有物として主張できるか、それが無理でも管理させてもらえるかどうか……ですが……」
エリクシルも同じように慎重な様子だ。
村長であるコスタンは、当然ながら領主よりも立場が低い。
賢熊のスネア伯爵と呼ばれる商売上手が、手をこまねいてみているだけとは考えにくい。
{ この鉱山自体が打ち捨てられたあとも、権利はここにあると思いたいですが…… }
それでもエリクシルは前向きに考えようとしている。
コスタンは変わらず険しい表情を浮かべていた。
「ここが領内にある以上、その権利は領主に、そしてそれは王に献上されるものです。ダンジョンの存在が明らかになれば、領主が執政官を送り今後の取り扱いについて説明するはずです」
元々ダンジョンを征服した後に鉱山となったこの場所が、また鉱山ダンジョンとして甦る。
前例もなく、本来であれば起こり得ない事態だ。
ダンジョンの管理運営の権利を主張することはできても、認められる保証はない。
{ コスタンさんに管理を任せてもらえるのが一番ですが…… }
旨味があると知れれば、その領主にとって都合の良い新たな村長を任命する場合だってありえる。
「今後の対応が大変でしょうなぁ……」
コスタンは身体を前後に揺らしながら呟く。
目を閉じ、彼は過去を思い返しているように見える。
彼の動きは年を重ねて体に染み付いた癖のようで、その揺れはまるで長い年月を航海してきた船が、穏やかな波間で揺れるかのようだった。
「……これからどうするんですか?」
ロランがコスタンに尋ねる。
コスタンの灰色の瞳は長年の経験と知恵を宿しているものの、今は何かを考えているように曇っていた。
一瞬の沈黙の後、ゆっくりとした動きで彼は口を開き、低く落ち着いた声で話し始めた。
――――――――――――――
蟹とネズミ。
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