174 ルハ・シャイア★


 *    *    *    *


 ――シャイアル鉱山 地下1階層


 一行が入り口を抜けると、目の前に広がる光景に息を呑んだ。

 最初の部屋は小部屋のような形をしていたが、正方形に近いとはいえ、微妙に歪んだ形状をしている。

 天井はところどころ高く、壁はごつごつとした岩肌が露出していた。


 「これは……迷宮か?」

 「うぅむ、なにか違和感が……」


 { あちらを見てください。通路です }


 エリクシルの指す先には、坑道のような通路が奥へと続き、薄暗い暗闇にいくつもの分かれ道が見える。

 洞窟内は自然のままの荒々しい岩壁が続いているようで、所々に埋まった坑木、トロッコレールも床に埋まりかけている。

 元の鉱山が取り込まれたかのような不自然さも見られている。


 { 元の鉱山に似た雰囲気も残されていますね…… }

 「うむ……」


 床には大小さまざまな岩石が散乱し、微かな光が鉱石に反射しているのか、不思議な輝きを放っていた。

 湿った空気が漂い、遠くからは水滴が岩に当たる音が響いてくる。


 チャリスが腰のランタンを点灯させ、道の先を照らす。

 ロランもそれに倣って腕輪型端末の照明を点ける。


 「小部屋じゃないね。ってことは……」

 「野外フィールド型ってことですかい? ……ちょっと試してみますぜ」


 チャリスはロランからつるはしを受け取ると、壁の一部に軽く振り下ろす。


 カツン、という音と共に、岩肌が崩れ、鉱石の一部が剥き出しになった。


 「おっほーーーっ! ダンジョンの壁じゃねぇ!」


 チャリスの目は輝き、期待に満ちていた。

 彼は再び力を込めてつるはしを振り下ろし、さらに大きな欠片を取り出すと、それを手に取ってじっくりと観察した。


 「こりゃすげぇ……鉄の鉱脈だ! とんでもねぇ資源の山になるぜ!?」


 チャリスが黒っぽい鉱石のかけらを掲げ、感嘆の声を上げた。

 ロランとエリクシルは眉をひそめる。


 「……ええっと迷宮型っぽい鉱山に見えるのは元の鉱山の影響?」


 { どうなのでしょう……コアの移植先によって環境が変じるのかもしれません }


 「僕はさっぱりわからない」

 「私もこういったことは……」


 腕を組んで考え込む4人の後ろで、チャリスはひたすらにつるはしを振るう。

 振り下ろすたびに「うほっ」だの「ぎょぇっ」だの、もはやどういうリアクションなのかわからない声を上げ続ける。


 「……まじか、まじかまじですかい! こりゃあーーーーーっ!!!」


 「むっ、チャリスさんどうしました?」


 子供のように顔を汚れまみれにしたチャリスの手のひらには、輝く石があった。


 { この反応……! 魔石ですね! }

 「まじかよ……!」


 興味深そうに石を手に取って確認するロランとエリクシル。

 腕輪型端末の簡易スキャンを行い、純粋な魔石であることを確認する。

 石は琥珀色で鮮やかに輝き、まるでその中に秘められた力を示すかのようだった。


 「ルハ、シャイア……」


 ラクモが小さく呟き、それを耳にしたロランが「なに?」と尋ねた。


 「……シヤン語で、『甦りの鉱山』ですな。まさしく、元の魔石も採掘できる鉱山に復活したように思えます」

 「ルハ・シャイア甦りの鉱山! いい響きですぜ!!」


 コスタンは感慨深そうに話し、チャリスは勝どきを上げている。

 ふたりの目には涙が浮かび、唇を噛み締めている。

 その表情の移り変わりは、前町長に鉱山の利益を吸われていた過去を思い起こしているようだった。


 「鉱山は甦ったんだ……」


 今この鉱山が再び村の手に戻り、豊かな資源がもたらされることに感動を覚えていた。

 村の未来への希望が、彼らの胸に熱く蘇る瞬間だった。


 *    *    *    *


 「野外フィールド型ってことは敵もどっかに潜んでいるんですよね。鉱山の魔物ってなんだ……」


 「うむ。鉱山の魔物は多岐に渡ります。亜人の小鬼ゴブリンから土鬼ノーム岩蜥蜴ロックリザード、スライムから稀に不死生物アンデッドまで!」


 { かなりの種類ですね…… }


 「まぁ、その土地によって違うよ」

 「つまり、見なきゃわからねぇわけだな」


 一行はさっそく出現する魔物の傾向を見極めるべく、採掘に熱中しているチャリスを引き剥がすと、通路の先へと向かった。


 *    *    *    *


 { ……いますね。初めての魔素反応です }


 エリクシルが魔物の存在を教えてくれるが、目の前の通路には岩と壁しか見えない。


 「えーっと、全然わからん。ARに出せるか?」


 エリクシルはロランのARにマークする。

 目の前の岩のシルエットが強調表示された。


 「これが魔物……? 擬態してんのか? まるっきり岩にしか見えねぇぞ!」


 「むっ、擬態と言えば岩系の蜘蛛、岩蜘蛛ペトラスパイダー岩蜥蜴ロックリザードですが、どちらももっと大きいはずですな……」

 「うん、これはせいぜい50センチってところだね」


 ラクモが岩を蹴りつけると、もぞもぞと岩が動き出す。

 触覚が2本ぴょこっと飛び出すと、脚と爪を覗かせた。


 「ヤドカリー!?」

 { なんだか愛らしい姿ですね }


 「おらぁっーー!!!」


 ドガァッーー!バキィッ!!

 チャリスは有無を言わさずに背中の槌をスイングしヤドカリを吹き飛ばした。


 { 「えええっー!」 }


 ヤドカリは壁に激突し一部の岩が割れ、ヤドカリそっくりのプリンとした腹を覗かせた。


 { 脚が6本……蟹とは別の種族……? }


 エリクシルの呟きを聞いてコスタンは答える。


 「仰るように海にいる蟹とはまた別で、こやつは魔物です。脚が少ないのですぐにわかります」


 { ……すぐに。ということは海にいるのもそれなりの大きさ、ということですか…… }


 「さすが、エリクシルさん。その通りですぞ!」

 「蟹食い放題できるってことか!?」


 ロランの突拍子もない発言を無視し、チャリスが重ねて説明する。


 「……こいつの爪に挟まれると、肉を持ってかれますぜ! 魔物相手に愛らしいなんて恐ろしいこと言いまさぁ!!」


 「うわっ!」


 チャリスは気絶しているヤドカリの腹部分を足でストンプす踏みつけると、ぶちゅんと内臓が飛び散った。

 ヤドカリが塵となって消えると、コロンとなにかを落とす。


 「ふむ、鉄鉱石の欠片ですかい。こいつらも落とすたぁ、ここは資源の山だ!」


 チャリスの暴挙を何することなく見守っていたコスタンが口を開く。


 「鉱石を落とすとなると、鉱山ヤドカリマインクレブスですな」

 「大きな爪は確かに危ないね」


 突然のスプラッターにロランはやや胸がどきどきしながら、エリクシルに無線通信を試みた。


 《……チャリスさん、結構好戦的?》

 {{ 魔物の危険性をよく理解しているだけだと思いますよ。わたしたちの方が気が抜けているんです }}


 《異形の者からタロンの主やら、天使やら見ちゃうとなんでも可愛く思えてなぁ……》

 {{ それも理解できますが、今後は発言にも気を付けないといけませんね。特に彼ら以外と会話をするときは…… }}


 目を見合わせているロランとエリクシルに、コスタンが耳打ちする。


 「彼は久々の冒険で血が滾っているのですぞ……!」


 「あぁ、なるほど……」

 「槌を振り回したいんだ、チャリスさんはね」

 { 頼もしい限りですね…… }


 「さぁーて、次は何がいるか……!!」


 チャリスは鼻息荒く槌を構えると、次の通路へと勇み足で向かい始めた。

 一行は遅れないように後を追う。


 *    *    *    *


 ガチンガチンッ、ガッ……ガリボリガリボリ……。

 向かう先から奇妙な音が聞こえる。


 「なんの音だ……?」

 「岩でもかじり取っているかのような音だね」


――――――――――――――

マインクレブス。

https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16818093078800105969

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