不可知の領域

173 鉱山の甦生★


 *    *    *    *


 { おはようございます。ロラン・ローグ、定刻になりました。恒星間年月日は統一星暦996年9月21日の7時、漂流してから17日目、ですね。……ラクモさんとコスタンさんがいないのが奇妙に感じます…… }


 「…………お、おぉ~~~……。おぅ、んだな……」


 爆睡、眠気まなこのロランはベッドから洗面所へのろのろと向かう。

 鏡をみると寝ぐせもとんでもないことになっている。

 頭をくしゃくしゃとすると洗顔し、うがいをする。


 「……チョコバーでいいや……」


 ロランは食糧庫を物色していたが、結局はめんどくさそうにバーを取り出した。


 { ふたりがいなくなった途端に、面倒臭がっていますね…… }


 「おもてなしする必要ないからなぁ……」


 { もう少し健康的な食事を心掛けてもいいと思いますよ }


 「しばらくはダンジョン攻略しないんだから、で充分だ。それより今日の予定は?」


 ロランはあっという間に食べ終えたチョコバーの空袋をひらひらと見せると、コーヒーを飲み始めた。


 { まったくもう……。食事を終えたらシャイアル村と通信を行う予定です。コスタンさん達が鉱山の様子をみてくれているはずですから }


 「おっけー、これ飲み終わったらな」


 *    *    *    *


 「もしもし、チャリスさーん?」


 「も、"もしもし"……? ロランさん、おはよう!」


 「おはようございます!」


 もしもしは原世界ネヴュラで通信を行う時にする挨拶だと説明していると、通話口にコスタンもやってきた。

 さっそくコアを移植した鉱山の経過を尋ねる。


 「朝一番で鉱山を確認しましたが、とんでもないことになっていましてな……」


 { えっ!? }

 「一体なにが!?」


 「うぅむ、まだ内部は確認していませんが、直接来て確認するのがよいと思われます。……いえ、おふたりがいた方が我々も安心でしてな……」


 コスタンは百聞は一見に如かず、と詳細は明かさなかったが、30分後に鉱山で待ち合わせする約束を取り付けた。

 通信を終え、笑みを隠しきれないロランがエリクシルに尋ねる。


 「なんだと思う、エリクシル……?」


 { あの声音……ネガティブな印象は受けませんでした。ダンジョンが蘇ったのだと思いますよ…… }


 「だよな……。成功したのか!」


 { コスタンさんのおっしゃる通り、結論付けるには内部の確認が必要だと思います。……そうなると色々と準備も必要になりますね。わたしちょっと作業するので支度を進めてください! }


 「お、おう……? 作業?」


 研究ラボでいそいそと動きはじめたエリクシルを傍目に、ロランは自身の支度を始めた。

 バックパックに、ショットガンベルバリン 888、タイユフェルを取り付ける。


 LASRタイダルウェイブはロッカーにしまい、LAARヴォーテクスは修理、強化服はメンテナンスのためにラボに預けてある。

 鉱山のダンジョンが蘇っていたとしても、この装備で充分だろうとの判断だ。

 危険なら撤退すればいい。


 「おーい、エリクシルー! 準備終わったぞー!」


 { お待たせしました! 私も一通り準備を終えたところですよ }


 「なにやってたんだ?」


 { それはまぁ、これから必要になることです。あとでわかりますよ }


 「ふーん、またもったいぶるんだな。まっ、いいけどよ」


 ロランは少し不満そうに肩をすくめたが、エリクシルがいつも便利な道具を作ってくれることを知っているため、特に気にしなかった。

 もったいぶるエリクシルの姿にも慣れていたので、深く考えることなく出発の準備を整えた。


 「んじゃぁ、鉱山へ!」

 { しゅっぱーつっ! }


 *    *    *    *


 ――シャイアル村鉱山跡地 元宿場


 「おっ、来ましたか」

 「ロラン、エリクシルさん、おはよう」

 「ロランさんエリクシルさん、さっきぶりでさぁ!」


 一行と再開の挨拶を済ませ、共に鉱山の入り口へと向かう。

 ロラン以外の面々も、しっかり武装を済ませているようだ。


 「チャリスさんのハンマーでかいですね」

 「おうともよ、鉱山の魔物にゃぁ、効きますからな! それに、こいつも持ってきてやす!」


 { 大きなつるはしですね! }


 チャリスはやや大ぶりなつるはしを自慢げに見せつけた。

 そのつるはしは、廃坑になるまで採掘に使っていた最後の一本だと聞かされ、ロランの目が輝いた。


 「年季のあるつるはしなんですね……! ちょっと持っても!?」

 「えぇ、どうぞ!」


 「うわぁ~~懐かしい!!」 


 ロランはつるはしを手に取り、懐かしさに満ちた声を上げた。

 この地に来る前に鉱山で働いていた頃の記憶が蘇ってくる。

 機械が主流の作業現場だったが、細かい作業や特定の状況ではつるはしを使っていた。

 重みと手に馴染む感触に、ロランは一瞬過去の自分を感じた。


 (親方……元気にしてるといいな……)


 「……槍は潰すのに、つるはしは取っておくとは……全く」

 「うっ……まぁまぁ! 今はエリクシルさんの槍があるじゃねぇですかい! 細けぇこと気にするとますます!」


 チャリスはコスタンの額へと視線を移すと、意味ありげに笑った。


 「ふぅ……、気配りが不足しているから娘さんも帰ってこないんですぞ!」

 「あちゃー、言い過ぎやしたぜ……すんません!」


 コスタンは苦笑いしながら、チャリスの頭を軽く叩いた。

 彼らの会話にはからかいと冗談が多く混じっているが、仲の良さが滲み出ていた。

 ロランとエリクシルも微笑みながら、そのやり取りを見守っていた。


 鉱山の入り口に到着すると、一行はその光景に息を呑んだ。

 撃ち捨てられたトロッコや錆付いたレールが無造作に転がっているその奥で、異様な光景が広がっていた。

 鉱山の入り口にあったはずの坑木などは一切姿を消し、代わりに真新しい岩山がそびえ立っていた。

 岩山の中央にはまるで黒い口を開けた巨大な獣のように、ぽっかりと入り口が出現していたのだ。


 その洞窟の入り口は『タロンの悪魔の木』と同じ、不気味な空洞になっており、見る者に異様な圧迫感を与えている。

 周囲の空気がひんやりと冷たく感じられ、一行の間に緊張が走る。

 ロランはつるはしを握りしめ、その重みを再確認するように手に馴染ませた。


 「間違いなくダンジョンですよね……」


 ロランが静かに呟く。

 彼の声はあたりの静寂に吸い込まれていった。


 { 『タロンの悪魔の木』と似た波長を感じます……! 鉱山はダンジョンとして甦ったのです! }


 エリクシルも驚きを隠せない様子で洞窟の入り口を見つめていた。

 しかし彼女の目は、不気味な暗闇の奥に待ち受けるものに対する期待の色が浮かんでいた。


 「ダンジョンコアを移植っつー、バカでも天才でも思いつかねーことを、よくやりますぜ……!」


 チャリスは腕を組みながら、不安そうに足を小刻みに動かしていた。

 目線は洞窟の入り口から離れず、時折深く息を吐く様子が見られる。

 彼の眉間には深い皺が寄り、唇を噛んでいた。


 (まぁ、俺の独断でやっちまったことだしな……)


 今回の遠征に関与していなかった彼にとって、ダンジョンが復活するなど予想しなかったことだ。

 ダンジョンを征服した報酬としてのアイテムを期待していたが、その報酬が村の近くに新たなダンジョンを生み出すという形で現れるとは夢にも思わなかっただろう。

 ダンジョン資源は村に大きな利益をもたらす可能性があるが、その取扱いには細心の注意が必要だ。


 「さぁ、お邪魔してみますか……!」


 ロランが一歩前に進むと、他の仲間たちもそれに続いた。

 鉱山の暗闇に向かって、緊張と期待が交錯する中、一行はゆっくりと足を踏み入れていった。


 *    *    *    *


――――――――――――――

鉱山。

https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16818093078800091633

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