異界の風

172 揺れる大地★


 *    *    *    *


 あるひとしずくが落ちる。

 それは溶け、ひとつのうねりを呼ぶ。


 𐎠𐎠 𐎣𐎠E�𐎫E𐎣𐎡𐎫𐎠𐎴O𐎣𐎠……


 大地の底から微かな囁きが聞こえた。

 地の魂が目覚める前の静寂の中で、ゆっくりと広がる波紋。

 囁きは次第に強まり、石たちはその呼び声に応えて揺れ始める。


 囁きが大地の奥深くで渦を巻くと、揺れが石たちを包み込んだ。

 見えざる力が大地を抱擁し、その愛を一心に注ぎ込む。


 無数の年月が過ぎ去る中で、石たちは次第にその存在を固めるはずだった。

 それはまるで時間そのものが織り成す美しい織物。

 丹念に織られ、丹念に紡がれる。

 そしていつしか無数の輝きを放つ。


 ひとしずくは瞬時にして全てを成した。

 誰にも止められない。

 見守ることしかできない。


 𐎿O𐎢

 𐎫𐎠𐎫𐎡𐎿𐎠𐎼E

 O𐎶𐎠E𐎴𐎡𐎹O𐎢𐏃𐎠𐎴𐎠𐎡


 𐎠𐎠 𐎠𐎡𐎿𐎢𐎽𐎡𐎿𐎡𐎹O

 O𐎶𐎠𐎭𐎠𐎣E𐎥𐎠𐎺𐎠𐎫𐎠𐎿𐎡𐎴O𐎹𐎢𐎼𐎡𐎣𐎠𐎥O𐎭𐎠……


 𐎹𐎠𐎿𐎠𐎿𐎡𐎤𐎹𐎠𐎿𐎠𐎿𐎡𐎤 𐎹𐎢𐎼E𐎫E𐎤𐎼E……



 *    *    *    *


 ――統一星暦996年9月21日

 ――エセリウム公国 某所


 「度重なる天使の飛来……異常な魔素嵐……フィラオルンの最寄りの転移石はどこかね?」


 「はっ、ポートポランの商業ギルドかバイユールの冒険者ギルドになります」


 「ふむ。そういえば溟海の王リヴァイアサンの件で、使者を送っていたね。誰だったか……」


 「……紡ぎの塔テリアス・アモンのマルウェ氏です」


 「あぁ、彼はよくまとめてくれたね。では、そのマルウェ君をポートポランへ……」


 「はっ、ただいま!」


 「不吉なことでなければよいのだけれど、トア・ヨラン幸運を祈る……」


 「トル・アルラ祈りに感謝します!」


 *    *    *    *


 ――ラクシュメル王国 某所


 「なにやら北の方で2回も地震があったとか……?」


 「……はい。天使の飛来も確認されています」


 「ほぉ……不吉なことが起こらねばよいが、情報を集め注視せよ」


 「承知いたしました」


 *    *    *    *


 ――オーラム共和国 某所


 「度重なる天使の飛来か、どう見ますかの」


 「関わるでない。手痛い目にあうぞ……!」


 「にゃれば、いつも通り傍観、ということですにゃ」


 *    *    *    *


 ――カ・ロト帝国 某所


 「西の方は随分騒がしいようだぁあ!」


 「局所的な異常気象があったようですね……」


 「局所的ぃい!? んなもん捨て置けぇえ!」


 「全く……。お金にならないと見ればすぐに興味を失いますね……」


 「ガッハッハッハッハ!!!」


 *    *    *    *


 ――フィラオルン王国 某所


 「……なにか情報は入ったか?」


 「ポートポラン領スネア伯爵より、魔素嵐の中心地はタロンの原生林であるとの報が!」


 「タロンの原生林……もう征服に成功したのか?」


 「現時点では不明です! バイユールの冒険者勢力がダンジョン攻略のために開拓中です。つい先日、手間取っているとの報告がありましたが……!」


 「ふぅん……。何か起きたな。ではどちらにも月光院げっこういんから使者を出しなさい」


 「ただちに!」



 *    *    *    *



 「……はっ! …………夢、か……」


 { ロラン・ローグ、だいぶうなされていましたね…… }


 顔に触れると滲んだ汗が冷たい。

 ベッドの横に座り、心配そうに顔をのぞき込むエリクシル。

 彼女の顔を見ると、不思議と安心する。


 「……母さんの夢を見たんだ。……久しぶりに顔を見たよ」


 {お母様の ……。大変な一日でしたからね。不安な想いがお母様を呼び寄せたのかもしれません }


 ロランは身体を起こす。

 代り映えしない船内の自室は、エリクシルの整理整頓がよく行き届いている。

 ホログラム時計の時刻は深夜2時22分を示していた。


 枕元にはプニョちゃんがぷぅぷぅ眠り、エリクシル謹製のベッドマットにうずくまっていた。

 ロランは不安を和らげようと、プニョちゃんを撫でながら呟く。


 「……でも、夢の中の母さんが指さす先には異形の者がいたんだ……おかしいだろ……」


 { …………そう、なんですか…… }


 ロランは深く俯いた。

 エリクシルは掛けるべき言葉を見失う。

 今は亡きロランの母が異形の者を指し示すその情景は、決して希望に満ちたものではない。


 こんな時はどうすればいいのか。


 (この腕で抱きしめてあげられたら……)


 エリクシルも、また俯くしかなかった。

 叶うことのない願望。


 ダンジョンの深淵で、手を触れたと喜ぶロランのあの表情。

 夢が叶ったかのように喜ぶ子供の笑顔を彷彿とさせる。

 

 (わたしは覚えていない……。この手でつかんだような気もしますが、感覚は覚えていない。異形の者をこの目で見たことは覚えているのに。……触れられたらどんなに嬉しいのか、わたしもわかります。それが共有できなかったロランの悲しみたるや……)


 { ………… }


 「…………」


 (母さんは死んでるんだ。なんで異形の者を指さすのか……わからない……)


 遠い目をしたロランは、諦めたようにボスンとベッドに倒れ込んだ。


 考えれば考えるほど不吉なことが頭をよぎる。


 無尽蔵に魔物を吐き出すダンジョンの奥に眠る存在。


 死体を取り込むダンジョンは死に一番近い存在なのかもしれない。


 死んだら塵になってどうなるんだ。


 ダンジョンの征服の報酬ってなんだ?


 死者をも生き返らせられる、ってか……?


 どうやって?


 夢に出てきたのは、と……?


 あいつは最後まで泣いていた。


 エリクシルを見たら怒っていたけど……。


 俺は、俺は――。


 ――――。




 「……エリクシル、ありがとう。そばにいてくれて」


 ロランはエリクシルの手を掴もうとするが、霞のようにつかめない。

 力なく落ちた手に、エリクシルは自分の手を重ねる。


 { わたしはいつでも、あなたのそばにいますよ…… }


 「あぁ……おやすみ……」


 *    *    *    *


――――――――――――――

世界情勢的な。

https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16818093078322874836

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