171 征服の後★


 一行はお互いに別れを告げ、各々の帰る道を歩む。

 ロランとエリクシルはバイクで船へと向かった。


 「LAARヴォーテクスも直さねぇとな……」


 { ええ……そうですね }


 *    *    *    *


 ――イグリース船内 シャワールーム


 ロランが征服の疲れと汚れを落としている中、外にいるエリクシルに声をかける。


 「LAARヴォーテクスはどうだ?」

 { レシーバー機構部分もかなりダメージを受けていますね。修理には相応の動力を消費します }


 「……それは大変だな。服の方は?」

 { こちらは、元の生地が手に入らない以上は修理は難しいでしょうね }


 ロランはシャワーに打たれながら、エリクシルの答えに軽くため息をついた。

 ダンジョンでの激闘は彼らの装備に少なからず影響を与えていた。


 特にコスタンから授けられた一角獣の外套と上衣には代えになるものがない。

 コスタンから新しい衣服を購入させてもらう案もあったが、ロランはこの衣服をただの道具として以上に気に入っていたのだ。

 師匠からの餞別、とても大切なものだ。


 「なんとかならねぇかなぁ……」


 シャワールームの壁に手をついて、ひどく落ち込むロランに、エリクシルはなんとかできないか、考えを巡らす。


 衣服と外套の劣化していない部分を細かくチェックし、使える生地の面積を計算する。

 エリクシルはホログラムを使って、残された部分を組み合わせる最適な方法を見つけ出す。

 すると、瞬く間に新たな衣服のモデルが組み上げられた。 


 { そうですね……。外套の無傷な部分を流用し、シャツにリメイクするのはいかがですか? おそらく刺繍の大半は移植できるはずです }


 「おおっ! まじか、一角獣のシャツになるわけだな。いいんじゃねぇかな!」

 { とても気に入っていたようですし。完成品を見たらコスタンさんも、きっと喜ばれますよ }


 エリクシルの言葉にロランは満足げに頷き、感謝の気持ちを込めて微笑んだ。

 コスタンがこのシャツを見た時の驚きと喜びを想像すると、ますますこの計画が楽しみになる。


 さすが、エリクシル。

 抜かりのない。


 影の鱗蛇アンブラルスケイルの腐敗の霧によって大きく劣化した衣服を元通りに修繕するのは困難だが、残っている部分を流用すれば街を堂々と歩くこともできるだろう。

 原世界ネヴュラの衣服は目立ちすぎる。


 さらに、影の鱗蛇アンブラルスケイルの皮を使って外套を作るという話も出ていた。


 { 大変貴重な鱗ですし、下手に加工して台無しにしたくはありません。できれば現地の魔法素材で製造された装備を参考にしたいものです }


 「そっか……そうだな。貴重な素材を無駄にするわけにはいかねぇしな。だけどよ、どうするかなぁ……」


 エリクシルの提案に少し考え込むロラン。エリクシルは続ける。


 { そこで、防具屋に行って現地の魔法素材で製造された装備を参考にするのはいかがでしょう? バイユールには防具屋も図書館も魔法ギルドもあるそうです。現地の技術を学べば、影の鱗蛇アンブラルスケイルの皮も有効に使えるかもしれません }


 ロランは手のひらをポンと叩く。

 その表情は一気に明るくなっていた。


 「現地の技術を学べるのは確かにいいな! ついでによぉ、腋の部分にスリットいれたり外套を装備してても邪魔にならないようなデザインにしてぇ!」


 { なおさら現地の冒険者の装備を参考にする必要がありますね。ではコアの移植が落ち着いたらバイユールも訪ねてみましょうか }


 「あぁ、コアの移植が終わったらだな。あとは路銀だが……、ダンジョンでどれくらい稼げたんだろうな」


 ロランは拾得物の数々を思い出しながら、次の行動を考えた。

 通貨の蓄えが十分にあれば、装備の補充や新しい装備の購入も可能になる。


 { 今回の稼ぎは前回の比ではないはずですよっ! ご覧くださいっ! }


 エリクシルはホログラムを操作し、ダンジョンでの収穫リストを表示させた。

 戦果がずらりと並ぶそのリストを見てロランは口笛を吹いて喜ぶ。


 「虫草ちゅうそうも絹糸も高く売れるって言ってたし、楽しみだなぁ!」


 { そうですね! 絹糸で作るドレスのデザインもぜひ勉強したいです! }


 エリクシルもまた、花吹雪のエモート表現で、新しい素材での創作に胸を躍らせていることを示した。

 彼女のホログラムが明るく輝き、未来への可能性を示している。


 「あぁ、それもいいな。……それにしても未知の素材にはわくわくするけどよ、あんな恐ろしい生物がうろついてる世界なんてな……。思い出すとまた足が震えてくる……異形の者に天使……そしてタロンの主……」


 ロランが自分の足元を見つめると、水の滴り落ちる足が微かに震えている。

 彼は深呼吸をし、ダンジョンで遭遇した数々の異常事態を思い返していた。


 { 原世界ネヴュラよりもはるかに危険ですね…… }


 ロランはシャワーを止め、タオルで体を拭きながらエリクシルの言葉に耳を傾けた。


 「……今の装備じゃどうにもならねぇ相手だ。それに、バイユールまでの道中に銃器を装備できねぇのも不安だ……」


 { 装備はタイユフェルとダインスレイブに限られるでしょうね }


 奴らとの遭遇はこちらの想像を超えるものだった。

 装備が足りなければ覚悟も足りていなかった。


 (それでも今回の征服はなんとか達成することができた。これは誇りに思うべきだな……)


 ロランは心の中で自分を励まし、これまでの成果を誇りに思った。

 この先も危険なヴォイドの地を生き抜かなければならないのだ。

 今以上に貪欲に生にしがみつき、活路を見出す必要がある。


 (そう考えると、テクノロジーの逸脱についてエリクシルが寛容になったのは良いことかもしれねぇ……。必要なら新しい銃器を製造してもらうって手もある。使いどころは限られるんだろうけど……)


 シャワールームを出て、ロランはエリクシルが待つ部屋へ向かった。

 彼女のホログラムが微かに揺らいで見える。


 「そういや、ダンジョンコアの移植、どうなったんだろうな……」


 { まだ未知数ですね。廃鉱山が崩落したことから、何かが起きていることは間違いないのでしょうが…… }


 「移植、成功してるといいな……。そうなりゃ村も安泰だ……」


 ロランは頷きながらベッドに腰掛けた。

 疲労がどっと一気に押し寄せてきたのか、その目はまどろんでいる。


 { …………えぇ、そうですねっ! }


 エリクシルはダンジョンがもし復活した場合に周囲に与える影響を計算していた。

 村が所有権を主張できるのか、国やポートポランを治める領主の介入は必至だろう。

 ヒトが大勢、しかも血気盛んな冒険者がダンジョンに集まれば、地域の治安が悪化することも考えられる。


 ムルコ一家や村民が今まで通り、穏やかに安全に暮らせるか不安だ。

 自分たちがいる間は介入することができるが、それもいつまでになるのか。

 しかしいたずらに介入し目立つことも避けなければならない。


 「むにゃむにゃ……エリクシル…………頑張ろうな…………」


 { ……ええ、そうですね! おやすみなさい、ロラン・ローグ…… }


 ロランはエリクシルの言葉に微笑み、ベッドに横たわった。

 目を閉じるとダンジョンでの光景が脳裏に浮かんだが、次第にエリクシルの優しい声がその恐怖を和らげてくれた。


 ロランの安心しきった寝顔を見たエリクシルもまた、すべての心配が吹き飛ばされたように感じた。


 { ……わたしはわたしで、為すべきことを為すのです。エリクシル、頑張るんですよ……! }


 *    *    *    *


 ――統一星暦996年9月20日ログ:『タロンの悪魔の木』征服結果リザルト

 『タロンの悪魔の木』を征服した。


 ドロップ:

 虫の翅x12、虫の甲殻x11、絹糸x5

 形の異なる小さなキノコx12、虫草ちゅうそうx4

 歩く樹トレントの枝x3、幼苗木シードリングの根っこx2

 土の粗石x17、風の粗石x15、闇の粗石x3

 土の魔石x5

 影の鱗蛇アンブラルスケイルの皮を入手した。

 迷宮の精髄を失った。


 備考:

 安価な素材と、一部の石はプニョちゃんが消化済み。

 コアを移植した廃坑の様子は現時点では不明。



 *    *    *    *


 「ロラン……」


 遠くで女性の声が俺を呼んでいる。

 姿は見えない。


 「ロラン……」


 母さんの声だ……!!

 ベッドの横に座り、遠くを眺める女性。

 顔はよく見えない……。


 「母さん……久しぶりだね……」


 女性は無言で窓の外を指さし、何かを伝えようとしている。

 ロランは身体を起こし、ベッドを抜け出す。

 布団をどけた自分の手が、恐ろしく幼いように感じられた。


 「外になにかあるのかい……?」


 ロランは立ち上がり窓の外を覗く。


 血生臭い、赤い肉壁、降り積もる赤黒い灰、命の輝きを失った不毛の地。


 見下ろすは巨大な異形のまなこ


 *    *    *    *


――――――――――――――

母さん。

https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16818093078322866151

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