147 『迷宮の精髄』

 

{ふふ……。……では、ドロップ品を鑑定してみましょうか!}


 *    *    *    *


 ――イグリース 研究ラボ


 分析台の上に置かれた謎の球体ドロップ品の周りに一行は集まる。

 エリクシルは研究着に身を包み、ロランが手に持った鑑定用のスクロールを凝視している。

 特別な事象を見逃すまいと全神経を集中しているのだ。


「鑑定をしたい対象を見つめながらスクロールを使用するのですぞ!」

「このスクロールに魔素を流す感じ……っと」


 ロランが力を込めて唸りながらスクロールに力を注ぐ。すると、スクロールからは青白く光が発せられ、周囲には風が吹き抜けるような優しい音色が響き渡る。スクロールの幾何学模様の魔法陣が青白く放光し、光がゆっくりと球体を包み込むと、その内部に浸透していった。


{あっ、今度は戻っていきます……!}


 エリクシルが驚いた様子で声を上げた。


「うおっ……!」


 次いで光の粒子はスクロールへと戻り、ジリジリと焦げる音を立てながら文字が焼き付けられる。


「スクロールに鑑定結果が出るのか……」

「どれどれ……」


 ――『迷宮の精髄』


「「迷宮の精髄……?」」{迷宮の精髄……っ!!}

「これは……!」 


 コスタンは驚愕の表情を浮かべる。皆がそれに注目し続く言葉を待った。


「…………私にもさっぱり、ですな」


 コスタンの意味深な表情に肩透かしを食らった一同は、やや気まずい雰囲気に包まれる。

 その中で、ロランとラクモはお互いを見て苦笑いを浮かべた。

 エリクシルがその静けさを破り、思索を言葉にする。


{迷宮と言えば、恐らくダンジョンのことでしょう。しかし精髄とやらがわかりません。なにかとても重要な物である、そんな予感はするのですが……。一体どのように使うのやら}


 唸るエリクシル。彼女の眉間にはしわが寄り、深い考えに耽る姿がそこにあった。


「このまん丸のが重要、ねぇ……。高く売れるのかな」

「買い取ってくれるのかもわからないよ」


 球体を指さし考えを巡らせるロランに、ラクモが現実的な返答をした。


{……あまり頼りたくはないのですが、ラエノアさん辺りなら何かわかるかもしれませんね}


 エリクシルはふと思いつき、呟いた。その表情はやや嫌悪を帯びている。


「ラエノアさん?」

「ラエノアさんは魔法雑貨店の店主ですな。確かに彼女の目利きなら、なにかわかるやもしれません」


 ポートポランの店を訪れた時に腕輪型端末と、15万ルースもする魔法の短剣『キューデレザル』の交換取引を持ち掛けられたのだ。

 その時の驚きと焦りを思い出したロランは、苦い表情を浮かべた。


「……うーん、ラエノアさんに聞くかどうかは置いといて、とりあえず持ち歩くな?」

{わかりました}


 ロランはバックパックに『迷宮の精髄』をしまい込むと話題を変えた。


「エリクシル。鑑定魔法についてはなにかわかったか? 癒しのスクロールと違って紙が残るようだけど」

{ギルドの鑑定の魔道具と似た挙動、としかわかりませんでしたね}

「そうか。"鑑定"なのに名前しかわからないとはな……」


 てっきり名前とか、どんな効果があるのかとかも分かるもんだと思い込んでた。

 ロランはスクロールをまじまじと見つめる。


「より高位のスクロールであれば、材質なども分かったかもしれませんな」

{……もしかして、"鑑別"のスクロールのことですか!?}

「そういやそんなのも置いてあったな。そっちはもっと高かった」

「鑑別であればより詳細な情報が得られるでしょう。……まぁ、さてさて、皆さん、お腹も空いておられるでしょう、私とエリクシルさんで食事の準備をしますから、ふたりは入浴をされるといい」


 食事と聞いてボスマラソンでの疲れをどっと感じた。

 確かに鑑定に関して、今できることはもうない。

 汗を流して、しっかり食事を摂ってから考えても遅くはないだろう。

 隣のラクモのお腹がぐう~と鳴った。


「あぁ、うん、お腹減ってる」 

「お互い、頑張ったもんなぁ。……じゃぁお言葉に甘えて!」


 *    *    *    *


 風呂場で汗と疲労を流し、ビールで喉を癒しながら皆で美味しい料理を囲む。

 今日あったことを、お互いにわいわいと話し合いながら成果を語る。


 夕食後はロランの魔石を分析し、スキルの結晶化を確認する。

 結論から言うと、3つあった結晶が、なんと7つに増えていた。

 この特異な成長速度にコスタンとラクモは驚きを隠せない様子だ。


「こんな、一日二日で充分な修練ができるとは……!」

「コスタン師匠と、ラクモの教え方が上手いんですよ」

「それにすごい数の魔物を狩ったんだよ。ロランだけで数百匹は倒している。レベル1くらいなら色んな種類のスキルが付くかもね」


 初めは驚いていたラクモだが、それもそうだと納得したように頷いている。


{肝心の増えた4つのスキルですが、コスタンさんの結晶と比較することで内容を推測できました}


 エリクシルはホログラムに魔石とその結晶を表示しながら説明をする。


{この3つはコスタンさんの結晶と類似した性質がみられるため、剣、盾、槍術のものではないかと思われます。そしてこのもうひとつ……これはコスタンさんのものと構造が全く異なります。ロランのダンジョン内での行動と照会すると、ショットガンの"適正"スキルであると考えられます}


 スキルの結晶構造に類似性が見つけられると考えていた彼女の仮説は、ここでも的中したようだ。

 結晶はスキルレベル2になると、より成長を遂げ形を変えるが、元の形からは大きく変わらない。

 そのためコスタンの結晶とロランの結晶の類似性を比較することで、スキルの予測ができるのだ。


「へえ~。それでこの3つの結晶が剣、盾、槍で、この見たことない形の結晶がショットガンの適正スキルって訳ね」

{そういうことです。ダンジョン内での経験を考えると、体術スキルなども成長している可能性があったのですが、皆さんが獲得しているスキルと比較すると、はっきり形状が異なっていたのです}


 適正スキルに関しても、それらの類似性を発見できたのは大きな収穫だった。


「ふぅん、やっぱりエリクシルさんはすごいな……」

「うむ! うむ!」

{えっへん! ……と、実はラクモさんとコスタンさんにもお願いがありまして。結晶構造とスキルの関連性をもっと明確にするために、情報収集をしたいのです。ですからおふたりの魔石も定期的に分析させて欲しいのですが……}

「構いませんぞ!」

「全然いいよ」

{やったっ! ありがとうございます!}


 エリクシルは嬉しそうに分析台の上にふたりを座らせると、早速スキャンを開始した。


 *    *    *    *


「……僕もショットガンでボスを撃ったから、適正スキルが付くと思ったんだけどね」


 分析の結果、ふたりの魔石に変化はなかった。

 気落ちするラクモにロランは声をかける。


「銃で何十匹と倒せばつくと思うぜ! 俺がそうだったからな!」

{そうですよっ! これから十分に獲得する可能性があります! ご協力ありがとうございました!}

「そうだね、これからだ」

「お安い御用ですぞ! ふむ………………」


 コスタンは顎髭を撫で、思案しているようだったが、すぐに明るい表情に戻る。


 テンパードを屠った時にラクモはショットガンベルバリン 888を使用していた。

 ロラン同様に、使い続ければその適正スキルを獲得することができる。そう元気付け一同は明日に備えて休息をとる。明日はチャリスを迎えに行く日だ。


 *    *    *    *

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