143 『レベル3』


 *    *    *    *


 ダンジョン攻略も慣れてきて、もはや作業と言えるようになったところで、小休憩を兼ねた雑談が始まる。


「それにしてもここのダンジョンって旨いよな! それを独占できてんだからラッキーかもな」


 ロランは茸生物マイコニドがドロップした闇の魔石を拾いながら、ラクモとエリクシルに話しかけた。


{ダンジョンを資源として捉えるのも頷けますね}

「うん。でも、こんなこと初めて。普通は他のパーティと魔物の取り合いになったりすることもザラだよ。冒険者同士の諍いがあまりにひどいと封鎖されることもある」

「ええっ! そんなのあり?」

「よくはないけど、お互いに入場料払ってるしね。そういうダンジョンは、ボスまでの道がちゃんと開放されてたりするから余計にね」


 ラクモ曰く、迷宮型ダンジョンは迂回路があるため一本道ではない。その迂回路の一方を狩場として独占する冒険者集団がいることがあるらしい。

 これは相互扶助に反するマナー違反ではあるが、それだけの実力を持つ集団や血盟クラン相手に楯突くこともできず、冒険者ギルド側も他の階層での狩りを推奨するのみだとか。

 紛争にでもならないと介入しない上に、取り締まる法もないのが現状だ。


{なるほど、やはりどこも変わりはないのですね……。力ある者が支配するのは……}

「そっちの原世界ネヴュラでもそうなんだね」

「人がいっぱいいればそうなるよなぁ……。ダンジョンが資源だっていうのも身をもって実感したし、そりゃ取り合いにもなるわな」


 現状、ダンジョンを占有できていることに感謝し、その恩恵を十分に享受しよう。

 いっそのこと、このダンジョン周りを開拓するか。そうしたら入場料云々でシャイアル村に還元ができるかも……そんなことが頭をよぎる。


(……いや、船の存在がバレるのはダメだよな)


 *    *    *    *


 ダンジョンに繰り返し突入すること3週目。2階層のキノコ王国で狩りをしていると、ようやく変化が訪れた。

 キノコの群体が塵となった瞬間、ロランの胸が急に熱くなるのを感じたのだ。

 次いで全身をめぐる血が滾るよう感覚を覚え……。


「おっ! この感じ……。よっしゃぁ! レベルアップだ!」

「お、きたね。結構早かった」


 そしてロランの腕輪型端末にもまた変化が訪れる。

 以前と同じように弱々しい光が徐々に強まると、ふたりの目の前にエリクシルが現れた。


{……ここは……地下2階層ですね? やはりレベルを上げることで改善しましたか……!}

「おう、おかえり!」

「まってたよ、エリクシルさん」


 ロランとラクモがエリクシルを出迎える。

 エリクシルはくるりと周囲を見渡してから、ふたりに{ お待たせしましたね}と一礼した。


{……ここが例のキノコの王国ですか}

「あぁ、エリクシルちょっと待ってくれ。その前に……ステータス開示ぃ!」


 ロランは意気揚々と大げさにステータス開示のポーズをとる。


 ◆

 ロラン・ローグ 23歳 戦士 自由民 レベル3

 ◆


「レベル3だね」

「よしよしよし!」


 ロランはガッツポーズをして喜び、ラクモはそんなロランの肩をぽんぽんと叩いて共に喜ぶ。

 エリクシルはロランの胸部をじぃーっと見つめていた。


{……おや? ロラン・ローグ、あなたの魔石に結晶化の兆候があるようです}

「えっ! まじ? なんのスキルだろ」

{戻ったら精査してみましょうか}

「あぁ、楽しみだなー」


「エリクシルさんはスキルが増えたことまでわかるようになったんだ……。前にコスタンさんのを調べさせてもらったから?」


{はい、ロラン・ローグの身体を通して魔石の変化を検知できるようになりました。さすがにラクモさんのは分析台でスキャンさせていただかないと分かりませんけど}

「そう言えばその腕輪でロランの体調も読み取っているんだっけ」

「そうそう」


 厳密には頚部に埋め込まれたチップを介してだが、そこをわざわざ説明する必要はないだろう。


「魔石をそんなに詳しく調べられるなんてすごいな……。エリクシルさんが居れば、いつか鑑定の魔法もいらなくなるんじゃない?」


 腕を組んだラクモが感心したように頷くと、ロランがラクモを指さしニヤリとして見せる。


{いつかそうなりたいものですね!}

「そう! 俺もそれを期待してる! スクロールもギルドの魔道具も値段が高かったからなぁ」

{ご期待に沿えるよう頑張ります! そのためにはやはりサンプル収集が必要ですね}

「一緒にサンプルを集めるためにも、まずはこの調子でレベル上げを続けないとな。たぶん3階層に降りたら、またエリクシル消えちゃう気がするし……」

「うんうん、そう思う」

{1、2階層は一緒に回れるようになったので、わたしとしては楽しいですよ}

「俺たちも安心するぜ」

「うんうん」


 何気ない会話だが、エリクシルは心がぽかぽかとするのを感じた。

 一緒に行動して楽しい、安心する。

 自分が存在することだけでロランたちにそんな気持ちを持ってもらえるのは、嬉しい。


{ふふっ。……さて、さっそく茸生物マイコニドを拝見したいです!}

「んじゃぁ、こっちだな!」


 先の通路へと進み、小部屋の中央でくつろぐキノコを見てエリクシルはさっそく目を輝かせる。


{まぁ、なんて可愛らしいのでしょう! 眼球がないように見えますが、一体どうやって周囲を確認して移動しているのでしょうか?}


 エリクシルはキノコを前に、ペットの子犬を見るかのように顔をほころばせた。そのまま近づいて観察していると、キノコが気が付き、エリクシル目掛けて腕をぐるぐると回してぶつかっていく。


{わあ~、わたしの事を攻撃しているのでしょうか? まるでじゃれついているみたいですね!}


 ノイズ交じりにじゃれ合うエリクシルと、キノコ。そんな遊んでいるかのような様子を見ていたロランがラクモに「あれは気を抜いているうちに入らないのか?」と肘で小突くと、背中をバシッと叩き返された。


「いてっ!」

「エリクシルさんは戦わないからいいの」

「ちぇっ、美人に甘いなラクモは」


 *    *    *    *


 一行はキノコを殲滅しながら、進む。

 多彩なバリエーションを誇るキノコはエリクシルのお眼鏡にもかなったようだ。


{多種多様な外見に性格、行動の違い、そしてあの愛らしい外見と仕草! まるでペットのようです。こんなに愛らしいのであれば数匹飼って研究してみたいですねえ……}

「大人気だなキノコ……おっ、プニョちゃんどうしたっ!」

「パウパウッ!」


 エリクシルが呟いた後、プニョちゃんが瓶の中で暴れ始めた。

 ロランが瓶を取り外し見ていると、ラクモも覗き込んだ。

 一生懸命に瓶を前脚で掻くそぶりをして、注意を引こうとしているように見える。


「これは……"やきもち"かもね」

「なるほどな……」

{まぁ~! プニョちゃん、安心してください。さっきのは冗談です。それに、キノコを研究する可能性はあっても、プニョちゃんのように可愛がる可能性は低いですから}


 するとプニョちゃんは瓶の中でぐにょぐにょと形を変え始めた。


「キノコみたいになっちゃった……」 

{キノコのようになればもっと可愛いがってもらえると思ったのでしょうか? なんて賢いのでしょう! 素晴らしいですね!}


 エリクシルは両手を叩いて大喜びし、紙吹雪のエモートも大盤振る舞いしている。

 プニョちゃんにやきもちを焼かれるのが満更でもない様子だ。


「もしかして、さっき食べて吸収したからかっ!? 形態模写みてぇだ……」

{どんどん成長して嬉しいですよ! でも、いつものプニョちゃんも最高に愛らしいですから安心してくださいね!}

「パプーンッ!」


 褒められたプニョちゃんは、ますます喜んで瓶の中で動き回っている。

 エリクシルがダンジョンに姿を現すことができたのが、よっぽど嬉しかったのだろう。


 *    *    *    *


 2階層を殲滅し終え、ボス部屋に向かう。


{……これが虫草ちゅうそうですか、随分狂暴そうな見た目をしていますね。操られる前のアントも魔物として存在するんですよね?}

「たぶんそう。僕は見たことないけど、南の国とかにいるって聞いたことがある」

{南と言えばラクシュメル王国ですかね}

「そう」

「へー」


 一行は雑談しながら3階層への入り口へ向かう。


{……恐らく次の層では再び通信が切断されるでしょうが、そのまま攻略を続けてくださいね}

「おう、またあとで」

「すぐ戻るよ」


 *    *    *    *


 ――『タロンの悪魔の木』地下3階層


「やっぱりいねぇか……」

「うん。……さぁ、レベル上げだ」


 エリクシルと2階層を攻略できたという喜びもつかの間、深層に降りるとまた腕輪型端末が機能しなくなってしまった。仮説は的中していた。


 3階層も早々に殲滅し終え、ダンジョンを脱出するとエリクシルとミーティングだ。


 エリクシルは次の階層ではレベルが4になる必要があるだろうと指摘していた。

 レベルが2から3までにかかった時間から、次のレベルアップまでも相応の時間が掛かる見込みだ。


 現在時刻は14時頃、19時までに『レベル4』を達成し帰還するための目標を立てる。

 レベルアップの効率化を図るための議論が重ねられる。


{現状では再湧きリポップに合わせてダンジョンの突入を繰り返しています。更なる効率化のためには――}


 エリクシルからは、魔素を分配していると思われるプニョちゃんを、ダンジョン前で待機させるという案が出た。プニョちゃんの成長も重要だが、エリクシルの復活の優先度の方が高いのは言うまでもない。

 魔素を分配する相手を減らせばレベルアップまでの時間を短縮できるはずだ。しかしロランはプニョちゃんの安全が確保されるのかの不安があった。当の本人はそんな心配をよそに、待機という名の自由行動が嬉しいのか尻尾を振って喜んでいる。


{ゴブリンが来たとしても、茸生物マイコニドに圧勝したプニョちゃんの敵ではないでしょう}

「ゴブリンならなぁ。それ以外の魔物を見たことがないけど、万が一ってことはねぇかな?」


 ダンジョンでプニョちゃんの捕食シーンを観察したエリクシルは安全だと判断したようだ。

 ロランには森の南に居座る高濃度反応の魔物の存在が気になっている。

 一方ラクモはプニョちゃんの動物的なたくましさを信用している様子だ。


「……それに、ほら。すごいよこの子」


 ラクモが樹上を指差すと、その先ではプニョちゃんが枝の上でくつろいでいた。

 プニョちゃんの機動性は想像以上で、粘液の粘りを利用して器用に木登りもできるようだ。

 樹上に避難することが可能であれば、万が一危険な魔物に襲われても問題はないのかもしれない。


「……プニョちゃん、危なくなったら逃げるんだぞ……」

「パウワウッ!」


 自由行動の許可が下りたと理解したプニョちゃんは、嬉しそうに走り回って片っ端から植物などを消化し始める。


「ふはっ、ロランの心配は杞憂かもしれないね」

「この悪食っぷりが懐かしいなぁ……」


 走り回るプニョちゃんを視線で追いかけていたラクモとロランが、笑いながら言った。


「さぁ、気合を入れて、レベル4を目指しますか!」


 *    *    *    *

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