142 プニョちゃん、戦う


 *    *    *    *


 ――『タロンの悪魔の木』地下2階層


 ロランは2階層の湿った空気を胸いっぱいに吸い込みながら、キノコ料理のサテスパに想いを馳せていると、閃きを得る。


「……キノコを相手にプニョちゃんが戦えないかな?」

「プニョちゃんを?」


 ラクモはその提案に少し驚き、眉を上げる。


「正直もうキノコが相手じゃ剣の練習にならない気がするからさ」


 ロランは剣を軽く振りながら、彼なりの理由を述べた。

 その動作には自信と軽やかな決意が感じられた。


「……まぁ、そうかも。プニョちゃんはスライムなんだよね? 魔物を取り込んで食べるのかな」

「たぶん……。俺の世界だと船とか溶かして食べちゃう悪食具合だったけど」

「あの船を? それはすごいね。そんなのを飼ってた理由は?」

「……戒め!」


 ロランは苦い経験を思い出しながらも、笑顔で応じる。

 ラクモはロランの変わりようを見て、くすりと笑う。


「ふはっ、その様子だともう乗り越えたようだね」

「そんな感じかな。……ちょうど手頃な茸生物マイコニドがいるな。プニョちゃん、あいつを食べられるか?」

「パウパウッ!」


 犬形態のプニョちゃんはロランの瓶から飛び出すと3回まわって吠えて見せた。


(この芸、仕込まれたってことか……やるなエリクシルっ!)


「いけるってことかもね」

「よーし。じゃぁ、ゴーゴー!」


 通路から小部屋へと走り、体高40センチの茸生物マイコニドへと突っ込んでいく。

 途中から犬の形から粘液が尾を引くように垂れ、その勢いのままダイブすると液体のようになる。

 ドプンっと全身を包まれた茸生物マイコニドは溺れるようにジタバタと暴れている。


「うげっ」

「溶かすのはやいね」


 端の方からじわじわと溶かされている様子は、さながら地獄絵図である。

 自分で提案しておきながら不憫に思ったロランは、思わず合掌する。


「そういえばニョムが言ってたな、ミョミョちゃんがスライムを怖がってるって」

「あぁ、そんなこともあったね。そういえば、スライムは何でも溶かすからトイレ掃除に役立つ」

「えっ、あのぼっとん便所?」


 ロランはシャイアル村でお世話になったトイレのことを思い出す。

 ぼっとん便所も掃除って必要なのか? ……いや、要るよな。


「ぼっとん……。ロランの世界だとそう呼ぶの?」

「歴史の本に書いてあったような。ぼとぼと落とすからって」


 便利な水洗トイレのない時代が存在していたことに驚いた記憶がある。そりゃ当たり前の話なんだろうけど。


「……へぇ、こっちでは汲み取り式って呼ぶよ。昔の名残だけどね」


 昔は汲み取ったものは肥料にしていたらしいが、今はトイレに放ったスライムがその役目を担っていると言う。充分に糞尿を取り込んだスライムは、締めて肥料になる。そんな使い道があったとはな。


「……俺のは田舎くせぇ呼び方だなっ!」

「ほんとにね、あんなスゴイ船乗ってるのに。『ジョートー』だっけ? あれ使うくらいだから汲み取り式なんて過去の産物なんだろね」

「『ジョートー』、いいでしょ」

「うん」


 雑談すること、およそ2分。茸生物マイコニドは窒息と溶解液による損傷によって、プニョちゃんの体内で塵となった。


「あ、倒した。…………あれ? 魔素がこない」

「ほんとだ、塵が寄ってこなかったね」


 ラクモも塵が来ない様子は初めて見たようだ。

 本来であれば魔物が死ぬと塵となって一部はダンジョンへと還り、残りが討伐者たちへと流れていく。

 これがダンジョン内での魔素分配の挙動であった。


 ふたりが興味深そうに考えているのをよそに。

 プニョちゃんはキノコを取り込んで誇らしげに、ロランを中心にくるくると走り回っている。


「……丸ごと取り込んじゃったから、か?」

「うーん、そうかもね」

「独り占めか、ダンジョンに魔素を還さない。……怒られたりしないかな」

「ふはっ、どうなんだろうね」


 ラクモは笑いながらも、怒られたらごめんなさいすればいいと、ロランの冗談に乗っかる。


「……まぁ、プニョちゃんに倒してもらうのは時間が掛かりすぎか。でも拘束力は高いな。いざと言う時に拘束をお願いする、でいいかな? プニョちゃん」

「プーン!」


 ロランが瓶に戻るよう促すと、プニョちゃんは納得できないといったような表情でそっぽを向き、抵抗の意志を示した。こいつ、やっぱり戦闘好きか?


「まぁまぁ、今は分裂して小さいし、分け身と合体したら大きくなる。そしたらもっと倒すの早くなるよ。それに成長したらもっと強くなるかも。プニョちゃん、またの機会にしてくれないかな」


 ラクモの説得により、一理あるかと考え直したのか、はたまた仕方なしと思ったのか。

 ロランの瓶内へとデロリと戻るプニョちゃん。

 意外にも説得上手なラクモに感謝を告げ、攻略を再開する。


 *    *    *    *


 ――『タロンの悪魔の木』前


 3階層のザコ敵を一掃後、ダンジョンを脱出する。

 昼休憩を取りながらドロップ品や、プニョちゃんの戦闘結果を報告する。


{そんなプニョちゃんにはご褒美をあげないとなりませんね! ロラン・ローグ、プニョちゃんのためにもしっかりと稼ぐんですよ!}


 プニョちゃんに戦闘能力もあることがわかり、エリクシルは大喜びしている。

 よほど可愛いがっているのだろう、触れられないのもお構いなしに撫でまわしたり頬擦りしている。

 プニョちゃんも誇らしげにお座りしている。


「あぁ、それとプニョちゃんが魔物を消化すると魔素は全部独占されるっぽい」

{ダンジョン内なのにですか……興味深いですね。体内で魔物を消化するというのがポイントなのでしょうね}

「そういや、プニョちゃんは魔石を消化する時どうなってんだ?」

{魔石に秘められた魔素は全て吸収されていると思います}

「魔素の逃げ場がないってことか?」


 それを聞いたエリクシルが閃いたようなアクションをとり豆電球のエモートを出す。


{……飲み込んで検証しますか?}

「やだっ!」

{もう、全く、言う事を聞かない子ですね}

「はぁー!? ラクモっ! なんか言ってくれ!」


 憤慨しているロランと冷静なエリクシルは現地人の意見を求める。

 ふたりにじっと見つけられたラクモが若干引いて見せる。


「えっ……魔石は食べ物じゃないから……」


 ラクモは信じられないといった 表情を浮かべている。

 現地人からしてもその発想は異常なようだ。


「だよなっ! エリクシルは俺に食わそうとするなっ!」

{……冗談ですよ}

「冗談に聞こえねぇーっつぅの!」

{そういえばコスタンさんが、貴族はお金に物を言わせて魔石を買い集め、それを砕くことでレベルを強引に上げる話をしてくださいました。砕くのには何か理由があるのでしょうか?}


(!? スルーしやがって、なんかますます人間味を帯びてきたなっ!?)


「単純に魔石を砕くと塵になるからね。それを取り込んでいるんじゃないかな?」

{ふむ、興味深いです。それでは砕いても魔素が全て吸収されるのかを検証しましょう。ロラン・ローグ、これならよろしいですか?}

「……おう、それならいいぜ。ちょっとまってろ……」


 若干口を尖らせたロランがポケットを漁り、小粒の土の魔石を取り出す。

 豆のように小さい魔石をロランは強化服の膂力を受けて砕いた。

 魔石はピシッと割れ、塵となるのをエリクシルはじっくりと観察する。


「おぉ、こうなるんだ」

「もったいないけど、小さい奴だしね」

{…… やはりすべては取り込まれていませんね。一部は空に還ったように見えます}


 エリクシルは頭上を見上げる。木漏れ日を覗かせている木々の隙間からは天高く青い空が見える。


「空……」

「……?」


 ロランはフォロンティア・ミルズ輸送艦の残骸も朽ち果て空に還るのを見届けたことが頭をよぎった。

 ラクモはふたりを不思議そうに交互に見つめている。


{……ダンジョンでは地下に、地上では空に還る魔素。いったいどういうことなのでしょうか……}

「あぁ、気になるぜ……」

「そういうものだとしか考えてなかったけど、君たちからすると異常なんだねえ……」

{えぇ、しかしこれ以上は考えても答えが出そうにありませんね……}


 固まったように考えていたエリクシルが動き出す。


「たぶんダンジョンで砕いたら一部は地下に行くんだろうな。魔物が塵になるときと一緒で」

「試したことはないけど、そうかもね」

{……それはさておき、やっぱり食べて……検証、しましょうよ~?}

「やだっ!」

「ふはっ」


 身体をくねらせて近づくエリクシルを、ロランは一蹴。


「ラクモ! 笑ってる場合じゃねえ! 食わされるぞ!」


 ロランが標的を擦り付けると、エリクシルがジトリとラクモを見つめた。


「ひょっ……!」


 耳をペタンとして俯くラクモ。


{ラクモさんにはそんなことしませんよ~……。ロラン・ローグ、あなたが飲み込むべきです。錠剤だと思って!}

「まてまて! まじで食べる必要ないだろ。消化できるかもわからないし……。う、売る、そう! 売る方がいいんじゃねぇか? それにレベルを上げるならダンジョンで事足りてるはずだ」

「たしかに、もし消化できたとしても大量に魔石を飲み込んだら、体に良くないと、思う」


 ラクモの援護射撃のお陰か、エリクシルはまた考えるように指を口に当てた。


{わたしとしては重要な知見を得るチャンスでしたが、皆さんの言う事にも一理あります。コスタンさんが復帰するまではレベル上げに勤しむ時間もありますからね}

「ふぅー……」

「ほっ……」


 ふたりで胸を撫でおろし、安心したところで休憩を切り上げる。

 一同は再びダンジョンへとレベル上げに向かった。


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