140 ラクモの指南

 

「それに剣のキレが前見た時と違うよね。手を抜いてる?」


 ロランは思わずドキリとした。このラクモ先生、結構厳しくて怖い……?


「……あーっと、今は動力の節約のために"強化服"を使ってなくて。でも……少し手も抜いちゃってました」


 シュンとした表情のロランは、強化服を起動して見せる。


<強化服・起動> Reinforced clothing, activated.

「ん? なんか喋った。 皆でキノコの試し切りをした時にも聞こえた声だ」

「この装備が"強化服"です。これのおかげで身体の動きが良くなるんです」


 ロランは服の下の黒い強化服を指さして見せる。

 ラクモはそれを目を細めて訝しげにしている。


「その黒いのが、装備……?」


 それからロランはタイユフェルを構え、力強い素振りを披露した。

 人工繊維が軋む音を立てながら、その一振りがビュオッと空気を裂き、風を巻き上げる。

 その迫力に圧倒される中、ラクモは興奮を隠せずに耳をピコピコと動かした。


「……動きが全然違う。装備の恩恵があったのか。動力、つまりそれを使うとお金がかかるんだね。それなら仕方ないな」


(あ、良かった怖くない。掴みどころがない人のイメージがあったから、 なんて言われてびっくりした!)


「……でもそれにコスタンさんの技術も乗ったらすごいことになるだろうね」

「ええ、コスタンさんが指南してくれるって言ってましたけど、手術したばっかりなんで」


 ラクモは「そうだよね」と言って少し考える。


「……コスタンさんみたいに剣盾術に詳しくはないし、教えるのも上手くないかもしれないけど、僕でよければ教えるよ」


 ラクモの提案にロランは目を輝かせた。

 何しろこの地に来てからの戦闘経験しかないのだ、指導してもらえるほど有難いものはない。


「それは助かります! ラクモ先生!」

「ふはっ、先生はいやだなぁ……」

「じゃあ……先輩は?」

「いやだ」


 ラクモは微笑を浮かべて首を振る。


「先輩もだめ? じゃあ、えーっと……ラクモさん」

「うん」


 ラクモは力強く頷き、納得した様子で応じた。


「じゃぁ、まずは質問。ロランさんはとしいくつ?」

「……えっと、23です」

「なぁんだ、4つしか違わない。堅苦しい言葉使いはなしにしよう」

「27なんですか!? びっくり……まじかよ……」


 そういえばムルコの年齢もさっぱりわからないよな、と思うロラン。

 獣人の年齢は見た目ではわかりづらいのかもしれない。

 老犬は毛の色が変わると聞いたことがあるが、シヤン族もそうなのか?

 そんなことを考えていると……。


「だったら"さん"もいらないよ。……こういうのは僕が手本を見せないとだね、ロラン」

「ラ、ラクモさ、ん、ラクモ……さん。急には難しいな」


 挙動不審なロランをニヤニヤと見つめるラクモ。


「クック……まぁゆっくりでいいよ。


 旧知の如く親しみのこもった呼び方に、ロランは思わずはにかんだ。


 *    *    *    *


 ダンジョンを進み、ロランがラクモをようやく呼び捨てできるようになった頃。


「ラクモ、キノコはいつでも隙だらけだけど、たいていの魔物は攻撃を防ぐか躱してからのほうが有効な打撃を与えられそうな気がする」

「うん、よく気付いたね。大きな隙ができるからチャンス。カウンターも狙えるけど、それには相手との力量差をよく考えないとね」

「カウンターかぁ、キノコ相手なら余裕だけど、岩トロール相手には無理……」

「あれは鎧着込んで大盾と防御の魔法があったとしても怖い」

「だよなぁ……」


(ゲームにあるようなカウンターとかパリィなんて、現実の圧倒的な力には意味ねぇよな……)


 技量があったとしても、圧倒的な実力差がある場合には効果を為さない。

 負けイベントのボスを初期装備でカウンターからのノーダメージ撃破……なんてのは夢のまた夢だ。


「自分より弱いか、ちょっと強い相手ならカウンターも選択肢になる。カウンターに限ったことじゃないけど、魔物と相対する際には力量差を見誤らないような観察力、洞察力、直観が必要だよ」


 そう語るラクモの目は遠くを見ているようだった。


(苦い経験でもあるのかな、冒険者のバランス感覚はそうやって培われるんだろうな……)


 猟師であり主に弓を扱う彼は、魔物の接近に備えて斧も装備している。

 格下相手に前へ出ることはあっても、普段は遠距離攻撃に徹しているはずだ。

 リスクのあるカウンターよりも、防御や回避を優先する方が生存率は高いだろう。


 そうはいってもカウンターのおかげで、死を免れたなんてこともあり得る。

 ロランはそう思うと、キノコを相手にカウンター技術、そのセンスを磨いていこうと心に決めた。


 ラクモが近接格闘術の基礎を実践指南してくれるそうだ。

 脅威度の低い茸生物マイコニドが相手だから、戦闘しながらの指導も安全だ。


「剣盾はあんまり使ってなかったんだけど、コスタンさんとか、使う人を見てたことがあるよ」


「……盾は受けるだけにしか使ってなかったな」

「うん。弾いたり、いなしたり、盾でも攻撃する。……で、コツなんだけどね――」


 距離感が縮まれば、指導も円滑に進む。

 それにラクモは思ったよりも喋る。


 実戦による指導はやや感覚的な所に頼ってはいるが、手本を見せてくれるためロランにも理解しやすい。

 剣と盾の立ち回り方、盾の受け方、弾き方、攻撃の出始めを潰す方法など、キノコ相手に実戦する。

 ラクモは、これらを独学で自分の中に落とし込んだと言う。


「独学っ! ラクモは観察眼と動体視力、そんでもって吸収力が凄いんだろうなっ!」


 ロランは声に力を込めてラクモを褒め称えた。

 ラクモは一瞬で表情を和らげ、さらりと応じた。


「まぁ、ね」


 彼の声は軽く、自然体でありながらも、自身の技能スキルに対する自信が感じられるものだった。

 その一言には賞賛をあけすけに認める余裕さえ漂っている。


 訓練が進む中、キノコ相手の格闘術についての議論が起こる。

 ダンジョンでの生存戦略として、ラクモは魔物専用の格闘術の有用性を強調する。


「もちろん対人用の格闘術もあるよ。でも魔物相手の方が難易度は低いかも、例外もあるけどね」


 ロランが期待に目を輝かせて次の言葉を待つ。


「例外っていうのは、岩トロールみたいに高い知能を持つ魔物のことだよ。こういう敵は単純な力技だけじゃ通用しない。相手も遠距離からの攻撃や奥の手を持っていて、それを状況に合わせて使い分けてくる。だからこっちも戦い方が根本から変わってくるんだ。それに、狼みたいに賢く群れる敵も同じく厄介。攻撃手段は少ないけど連携されると一筋縄ではいかなくなってくる」


(狼についてはコスタンさんも厄介だって話してたな……)


「……格の低い魔物はどう見る?」

「格の低い魔物は、基本的にはただ突っ込んでくるだけで駆け引きも少ない。ゴブリンみたいな奴らは数の有利はあるけど特に複雑な戦術を使わない。だから対処法も単純明快で、躱して叩く、あるいはリーチを生かした槍でのカウンターがとっても効果的」


 ラクモの詳細な戦術指南は想像をはるかに超えた素晴らしいものだった。


(なんだ、ちゃんと言葉でも説明できるじゃねぇか!)


 ロランは憧れと尊敬の表情を浮かべてラクモを称える。


「すげぇ、ラクモ! コスタンさんに負けないくらい詳しいし分かりやすい!」


 褒められたラクモは変わらず余裕の表情を見せる。

 そして周囲をトコトコ走り回る茸生物マイコニドを指さしながら言った。


「そうでしょ。それにここのキノコたちなんかは、槍を適当に置いておけば勝手に突っ込んできて串刺しになるくらい単純。ほら、戦闘が終われば……バーベキューができるくらいの勢いだよ」


 そう言うと、示し合わせたかのように1体の茸生物マイコニドが派手に転ぶ。

 ふたりは思わず吹き出してしまった。


「クック……シヤンには『サテスパ』っていうキノコの串焼きがあってね、それがまた美味しいんだ。ちょっとした火加減で、こう、ジューシーに焼き上げられるんだ」

「なにそれ旨そう!!」

「串に刺したキノコにね、色々な香辛料を塗って……」


 あの手この手で格闘術の実験台になるキノコ、挙句には料理談義のネタにされ。

 雑談も盛り上がる中、とある話題に……。


「そういえば、シヤン族のヒトって全然年齢わからないよな……」

「うん、よく言われる」


 兼ねてから気になっていたこと。

 ロランが無意識のうちに母親と重ねてしまった人物。


「……ムルコさんっていくつ……?」

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