138 腕輪型端末★
* * * *
ジジッ、ジーージジッ、ポーーーン
短いノイズの後に小気味よい音が鳴り、船内にアナウンスが再生される。
{おはようございます。皆さん、定刻になりました。恒星間年月日は統一星暦996年9月18日の7時、今日で14日目、ですね。本日のタスクは、コスタンさんは休養日もといリハビリ、ロラン・ローグとラクモさんはダンジョンにて集中的なレベル上げです}
「よーしっ! やるぞー!」
「おー」
朝食を急いで済ませ、レベル上げのための準備を張り切るロランとラクモ。
弾薬の補給や装備の点検を終え、コスタンが地図と盾を貸してくれたため、扱い方を簡単に教わる。
エリクシルとコスタンは留守番だ。
彼女が責任をもって食事の面倒も見る。
{船内であればわたしのホログラムも問題なく投影できます。船内で行えるリハビリを行ってもらい、空いた時間はわたしの助手をお願いしようかと考えています。食事も調理器がありますから心配ありませんよ}
「エリクシルさんはこれからよろしくお願いします。ロランくんとラクモさんもくれぐれも無理しないように!」
「はい、頑張ってきます!」
「大丈夫、無理しない」
コスタンの術後の経過は良好だ。リハビリもそれほど大変ではないだろう。
エリクシルにコスタンを任せ、1時間おきの定時連絡を約束し、急ぎラクモとダンジョンへと向かうとする。
* * * *
――『タロンの悪魔の木』地下1階層
「あれ? ロランくんの腕輪、なんか光っていない?」
ダンジョンに侵入するやいなや、ラクモが指摘する。
「えっ、まじすか……?」
腕輪型端末を凝視するロラン。
その弱々しい光はとりわけダンジョンにおいては、生命の輝きのように感じられた。
まるで死にかけの蛍光灯のような弱い光は、次第に強くなる。
光をじっと眺めていると、ふたりの目の前に見慣れた人物が現れ、ふたりは信じられないほどの喜びでその名を呼んだ。
「「エリクシル!」さん!」
{……あっ、あれっ? わたし……?}
「おおっ! なんだかわかんねぇけど! やったー!」
「これは心強い!」
エリクシルのホログラムは若干ノイズ交じりではあるが確かにその姿を見せている。
信じられないといった表情のエリクシルは、一度ダンジョン内を見渡すと、今度はロランの胸のあたりをじっと見つめた。
{……レベルが上がった……からですよね}
「あー……あぁ! それ以外に変わったことはないはず……?」
そうとしか考えられない。
エリクシルはすぐさま更なる検証のために、ロランにダンジョンを出入りするよう指示した。
繰り返し出入りを行うが結果は同じ、エリクシルのホログラムは維持できていた。
続けざまに確認するのはエリクシルのサポート機能。
{この先の通路、小部屋に魔素の反応がありますね……!}
さらには肝心の索敵機能も、2つ先の小部屋の状態がわかる程度にまで回復している。
ロランとの視覚機能も共有されるまで機能が回復したおかげで、エリクシルはダンジョン内部の構造や
{この大きさの害虫類は脅威的ですね。一体どうやってこの大きさで動くことが……いえ、これも魔素のなせる未知の特性でしょう}
「んー、そうだな。考えても仕方ない」
{それとこのダンジョンの壁の材質はどうなっているんですか……?}
「めっちゃ硬いよな。たぶん銃で撃っても傷ひとつ付かないぜ」
{……頭の痛い話です。傷もつかないとは、構造に手を加えられることを拒絶しているとでも言うのでしょうか。生き物であるというダンジョン、この先も調査が必要ですね}
調査対象が減るよりも増える速度の方が速い、このまま未解決が膨れ続けて一生解決しないのではないかと思うロラン。
(そういうもんだと受け入れるしかねぇ、あとはエリクシルに任せた)
ロランは思考を止め、頭を振って切り替える。
とはいえ、問題なくダンジョン内でエリクシルと会話を行えることはとても安心感がある。当の本人を見れば、こうなった理由をぶつくさと呟き、ひとり考え込んでいた。
「まぁ、エリクシルが復活してくれてよかったぜ……」
{一体どういった原理で……。あっ、コスタンさんがレベルアップおめでとうとのことです。……あ、えっとなにか仰いました?}
「あぁ、いやいいんだ。コスタンさんにお礼を伝えてくれ。……そうか、センサーの範囲内だからどっちにもホログラムを出せるのか」
{そういうことです。……話を戻しまして、レベルが上がることで端末が機能するとはどういったことなのでしょうか?}
「コスタンさんにも聞いてみたら? わからないかもしれないけど」
ロランとエリクシルを交互に見て微笑んでいたラクモが、コスタンを交えて話をすることを提案した。
エリクシルはこれを快諾。船とのリンクも確立できているという事実を交えつつ、エリクシル経由でコスタンも考察に参加した。
「レベルが上がった恩恵ってことは……?」
「ないでしょうなぁ……」
「今までは何で使えなかったんだろうね」
{それに関しては、ダンジョンの高濃度の魔素が通信を
「うーん、それが俺の魔素が増えることで、妨害を突破できたってことか?」
{はい、考えに至るまでの仮説もあったのですが、こちらは少し弱くて……}
エリクシルはダンジョンが、ヴォイドの地とは異なる次元にあるのではないか、と考えたようだ。
ダンジョンの物理法則を無視した構造や広さ、また出入り口の特性を鑑みてだ。
{もしそうであればセンサーの範囲外にあるため、そもそもの接続が復旧し得ないはずだと思うのですが……}
「なるほどな。接続できちゃったから異次元ではないと思ったんだな」
エリクシルは逆説的に推測したようだが、事象の答えとするにはまだ早い。
そんなエリクシルの説を聞いたロランは、いつだったか"魔石が機械のバッテリーのようだ"という冗談めいた憶測が真実味が帯びてきたように感じた。
「それにしても、この腕輪型端末って……なんなんだ?」
ロランは腕輪をじっと見つめながら呟いた。
そしてエリクシルに詳細なスペックを説明される前に、動力について尋ねた。
{端末自体は小型の燃料電池と太陽光による発電で動作しています}
「ダンジョンに入って電源自体が落ちてるわけじゃなかったんだ。通信が切断されてただけで」
{岩トロールを倒し壁を越えたことで、センサーの帯域が増幅したという例もあります。魔素を蓄積したことでその繋がりが強固になったのでは?}
ロランは「うーん」と思索にふける。
腕輪型端末は、船内に搭載されているエリクシルのコア、そしてロランの頚部に埋め込まれたリンク用のチップ、それぞれが相互に通信し接続している通信機器である。
「これは装備だろ? なんで魔石と繋がりが……あっ! そうか! これかっ!?」
ロランは大きな声を上げて左耳の後ろに触れた。
チップの収められた手術痕だ。痛みはとうの昔に感じなくなっている。
エリクシルも察したのか驚きの表情を浮かべた。
{体内に埋め込まれたチップと魔石が、紐づけられているのかもしれませんねっ!!}
魔石が機械のバッテリーのようなものだとすれば、体内を循環する魔素がチップに何らかの作用を引き起こしていても不思議ではない。
コスタンとラクモは話についていけず、腕を組んで困った様子だ。
「そうなると俺は人間なのか装備なのか……?」
ロランの疑問にエリクシルは、装備を埋め込まれただけの人間であると断言したうえで自身についても思うことがある、と言う。
{私が魔素を感じられるのと同様に、腕輪もそういった機能を有するようになった……。いえ、どちらが先かは到底わかり得ないことです。……ですが、なんだか核心にひとつ近づいたような気がします!!}
エリクシルは、船内にある機器や装備がヴォイドの地に来てから変質した可能性を指摘する。
自我を得るまでの過程については説明のしようもないのだが、結果的にはそのおかげで
そうなると問題となるのはこの腕輪型端末の存在だ。
装備についてはコスタンに思い当たる節があるようだ。
「魔法を付与された装備は、使い続けるとガス欠に陥り、武器がその効果を失うと聞いています」
力を失った装備も、魔石で
これを今回の事象に当てはめれば、ロランの魔石をエネルギーに端末が機能を発動しているのではないかという仮説が立てられる。
屋外では接続を隔てる物がなかったため、大気中の魔素で稼働していたが、ダンジョンではその高濃度の魔素に妨害、もしくは埋もれていたとも考えることができる。
今回のレベルアップによって、自前の魔素がその存在を揺るぎないものにした結果、端末へとエネルギーを供給し始めたのではないかと。
エリクシルがそう仮説を立てたが、ますますこの端末が魔法のアイテムのような存在に思えてならない。
「正直、その腕輪は魔法のアイテムってことでいいんじゃないかなぁ?」
「うぅむ、魔法のアイテムと言えば、『サエルミナの魔法雑貨店』のラエノアさんの目利きの恐ろしさを思い出しますな……」
「そう言えば交換を持ち掛けられてましたね……。あのヒト、わかってたのかな……」
{まさか……。さすがに物珍しいと思っただけと考えたいですけど……。この地に来たことで、装備が魔法のアイテムに変質したと考えると船内の備品も調査するべきですね}
ラクモの発言を皮切りに、議論は少々脱線気味に。
また調査対象が増えたことに、大変なことになるとぼやくロランに、それを宥めるコスタン。
これ以上の進展はないと思ったエリクシルは、魔石と装備の相関関係を明らかにするためにも、当初の目的であったレベル上げを再度、優先目標として掲げた。
{いずれにせよ詳細な分析のためには、頑張ってさらにレベルを上げていただく必要があります! 頑張ってください!}
「まぁ、そうなるよな……。よーし、頑張りますかっ!」
「そうだね!」
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腕輪型端末。
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