135 膝の治療計画★

 

{精密検査を行わないとなんとも……ですが全力で治療に当たらせてもらいます! 治療に関してはポーションを併用すればより効果的だとはおもいますが、こちらも炎症反応などを精査してから決めさせてください!}

「よし、そうと決まれば急ごう!」


 日が落ち始めると、ロランは急を要する状況を察知し、コスタンを急いで車の後部座席に乗せる。

 コスタンはロランの判断を信頼し、彼の行動に従う。

 一方、ラクモはこの急ぎの動きに呼応し、彼らの乗る船へと全力で走り出す。


 ロランとエリクシルの判断に、パーティ全員がその意志を新たにし、目前の危機を乗り越えるために行動を開始する。


 *    *    *    *


 ――イグリース船内 医療ベイ


 コスタンが治療ベッドに仰向けになり、エリクシルの慎重な検査を受けていた。

 エリクシルが専門的な検査機器を使用し、コスタンの状態を詳細に分析する。

 その間、ロランは心配そうに検査の結果を待ち、ラクモは不安ながらも静かに祈るような態度をとる。


{出血は止まっていますが、膝蓋腱にも損傷が見られていますね}

「「膝蓋腱……?」」


 皆が一様に同じ方向に首を傾げた。


{膝のお皿の下の靭帯です}

「ほぉ……」

「ふーん膝の下かぁ」

{治療には腱移植術が適切だと思いますが……}


 エリクシルは、コスタンの治療についての説明を続ける。

 昔ながらの手術方法としては自家腱の移植が一般的だったが、それは健康な腱にダメージを与え、将来的なリスクを伴う。

 ネヴュラでは、代わりに生体組織培養による移植が一般的に行われており、この船にも大怪我をした時のために生体組織素材が備えられている。この素材を用いれば、膝の手術は可能だが、完全な冒険者としての復帰にはリハビリが必要になるという。


「2か月以上もですか……」


 コスタンはその長いリハビリ期間を前に考え込んでいる。

 エリクシルは受容には時間が必要だろうと思い、コスタンにしばし考える時間を与える。


{……それにしてもよくポーションの使用を踏みとどまってくださいました。当然手術は麻酔下で行いますから、ロラン・ローグ、英断でしたよ}

「お、おぉ……。ありがとう……。ポーションで治療しても完全に治らないと思ってよ」

{表面的な傷は治せても、深部のダメージまで完全に回復させる保証はないのですよね。魔法でも完治できなかったものですから、ポーションで治療してから手術を行うのは避けたいですね}


 麻酔とポーションが競合することを忘れていたロランではあったが、治療の成果に対する考えも間違ってはいないとエリクシルは指摘した。


 とここで、コスタンはふとした思いつきを口にする。


「ポーションと癒しのスクロールを併用すればあるいは……」

{癒しのスクロールは、治療院で受けられる低級の物と一緒ではないのですか?}

「えーっと、たしか打ち身や切り傷が治る程度だったっけ?」

「内側からはポーションを、外側からは癒しのスクロールを重ね掛けすればどうでしょう?」


 エリクシルがぽんと手を打つ。


{なるほど! 遅効性、即効性の特性両方をうまく活用するのですね! これは大変興味深いです……!}

「えっと、どういうこと?」

{ポーションを麻酔のように管理しながら投与し、手術を進めてみます。ポーションによって治癒因子が活性化した状態であれば、微小な傷はそれで治療されます。そして大きな手術痕や移植に対しては即効性のある治癒のスクロールの後押しで、集中的に治癒させられるのではないかと考えています}


 エリクシルの説明は少々、いや、かなりわからないことも多く、飛躍しているように聞こえる。

 しかしエリクシルができると考えているなら任せるのが一番なのだろう。


「でも手術にはネヴュラの麻酔が必要だろ? この世界のポーションと競合するんじゃなかったか?」

{そこは分け身のプニョちゃんが上手くやってくれました!!}

「……まじかよっ! ジェネリック医薬品が出来たのか!?」

{後発医薬品……ではなく新薬扱いではあるとは思いますが、それはさておいて優先度の高い麻酔は併用できるはずです!}


 エリクシルは満面の笑みで説明する。

 前回プニョちゃんに風と闇の魔石を与えたところ、大幅に魔素濃度が増えレベルが上がったと見られているようだ。

 ロランは主人を差し置いて先に……という言葉は飲み込む。


 あれから錬金素材や医薬品の摂取を続け、ついには内包物が完全に結晶化したらしい。

 その結果この世界に馴染んだ一部の医薬品を排出できるようになったという。

 通り取り込んだ医薬品を臀部の方から排出している、というエリクシルの説明に少し嫌な気分がしてならないが。


「麻酔だったら液体だろ? おしっこじゃねぇか」


 エリクシルはロランの発言を無視し、プニョちゃんによる医薬品の処理についての詳細な説明を続ける。

 プニョちゃんの体内で処理された医薬品は、この世界の魔素を吸収し、効能が変化、または強化された新たな形として生まれ変わったと説明する。

 この過程により、異なる成分間の競合問題が解決されるという見立てで、エリクシルはこの新しい解決策に大いに期待を寄せている。この成功がもたらすポジティブな影響は、ただの治療法の改善にとどまらず、エリクシルの名誉挽回にも繋がる可能性がある。


 彼女はこのプロジェクトにかなり張り切っているが……。


「見立てって……治験が必要ってことか?」

{はい、こればかりは試してみなければ……。コスタンさんどうしますか? ……あ、ラクモさんが到着したようですよ}


 自身のある笑顔でそう言ってのけたエリクシル。

 治験への意欲を見せるエリクシルの提案に、コスタンは少し考えた後、「ものは試しです」と承諾する。


 治験、云わば人体実験である。

 とは言ってもエリクシルであればしっかりと段階、手順を踏んで安全第一で進めてくれるだろう。

 そしてラクモを迎え入れ、ここまでの経緯を説明する。ラクモはふたりの会話を聞いて納得すると同時に、スッキリとした表情を浮かべていた。


 *    *    *    *


「正直全部はわからないけど……治るならね。ぼくにも何か手伝えることがあればいいんだけど」

「あー、たぶん、治療の結果を良くするために俺たちは退室していないといけないと思います」


 治療は医療ベイで行われ、無菌環境下での手術が必要となる。


{さっそく準備に取り掛かるので……}


 エリクシルの指示でふたりは退出した。

 医療ベイが隔離されるとLEDが赤く点灯し、隔離と手術が進行中であることを示す。

 手術は約2時間を要し、内視鏡を使用して行われる。コスタンのDNAに合わせてレプリケーターで出力された生体組織は、船内の壁を通じて医療ベイへ運ばれる手筈だ。


「……こんな感じなんで、俺たちは成功を祈るのみですね……」


 ロランとラクモはリビングのモニターを通じて手術の進行を見守るしかない。

 二人はコスタンの治療が成功することを心から願いつつ、手術の結果を静かに待つ。

 この挑戦が成功すれば、彼らにとって大きな前進となり、コスタンの早期復帰が可能になるだろう。


 *    *    *    *


 コスタンは医療ベッドに仰向けになり、その周りで着々と手術の準備が進められる。

 壁から生えて動くアームや様々な機器の音、光に都度驚きびくびくとして落ち着かない様子を見せるコスタン。

 エリクシルは医者の着る手術着、緑のスクラブとマスク、頭巾をかぶり、両手を上げている。

 ぶつぶつと自分の作業に没頭するエリクシルをよそに、コスタンはひとり耐え忍ぶしかなかった。


{そういえば魔法のスクロールを殺菌しても効果は保たれるのでしょうか……。うーんこの世界の細菌についても調べる必要があります。それにこのスクロールはどうやって使用するのか、私も使えるのでしょうか……?}

「あぁ、そうでしたな。では私が使います」


 麻酔用のマスクを装着されるコスタン、透明で柔らかな未知の素材を触って驚く。


{……なるほど、スクロールは自身も対象なのですね! では術後に使ってもらうことにしましょうか。治療の魔法の効能、記録するのがとっても楽しみです!}


 手術着姿のエリクシルが楽しそうに笑うその後ろでは、医療機器類がガシャリと音を立てている。

 アームからおびただしい数の執刀器具が生え、チャキチャキと動作確認をしている。

 いつもは可憐なエリクシルのその笑顔がその時ばかりは不気味に見えてならなかった。


{では"麻酔"をかけます}

「ん、ん? "麻酔"とは?」

{大丈夫ですよ……すぐ眠くなりますし、眠っている間に手術は終わります。コスタンさん、10から0まで数えていてください}


 エリクシルが優しく言うと、コスタンは少し困惑しながらも、指示に従いカウントダウンを始める。


「10、9、8……」と声を出して数える間もなく、麻酔の効果でコスタンは意識を失う。


{さてさて……麻酔とポーションが競合しないかの治験、からですね}


 *    *    *    *


――――――――――――――

エリクシルさん。

https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16818093073494478114

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