134 獣の咆哮★
迷うことなくラクモが前に出て、コスタンの盾を手に取り、カバーに入った。
空気を切り裂くような凄まじい咆哮が響き渡る。
「ガルルルッ!! ワオォオーーーーン!!」
それは獣の威嚇、ラクモが襲い来る蔓に向けて牙を剥き、恐ろしいほどの怒りを露わにした。
蔓を盾で受け、斧で切り払い、時にはその柔軟な体躯を活かし、紙一重で避ける、避ける。
蔓の攻撃を次々にしのぎ、遂には最後の蔓を断ち切った。
幹へと体当たりし、そのまま馬乗りになったのだ。
息を荒げながら、彼はその怒りをささくれ立った木の幹に向け、トマホークを何度も何度も打ち付けた。
ロランはリロードを済ませていたが、獣のような様相のラクモの蹂躙をただ眺めるしかなかった。
塵となった瞬間、ロランの胸が急に熱くなるのを感じた。
次いで全身をめぐる血が滾るよう感覚を覚えた……。
ロランの勘が告げる。
恐らくこれが――
――『レベルアップ』!
しかし今はそれよりも……。
ふたりは急ぎコスタンの元へと駆け付ける。
「コスタンさんっ! 大丈夫ですか!?」
「命には……別状ありません……ぞ」
「古傷のある右膝に当たってたよね!?」
ロランが傷を確認するために衣服をめくり、ラクモも息を荒げながら覗き込んだ。
ラクモの先ほどの怒りは見事に消え失せ、今は心配そうな表情だ。
サポーターはひしゃげ関節部が破損し、膝は前面にかけて大きく裂け出血している。血は脈打ちながらダンジョンの床を赤く染めていく。
ロランは蔓の破壊力に驚きながらも、止血のためにすぐさまバックパックから包帯と軟膏を取り出して処置を開始した。
「俺を護ってくれたばっかりに、コスタンさんすみません……立てますか?」
処置を終えたロランが、コスタンに手を貸して立たせようとする。
「どうも……しかし謝ることはありませんぞ、これも師の務めですからな。しかし、ぐぅぅっ……」
コスタンの膝がカクンと力なく折れる。
苦悶の表情を浮かべ、額からは脂汗が滲んでいる。
「うん、これは軽傷じゃないね。筋をやってるかも……。ロランさん、ポーション使った方がいいよ」
関節周囲の筋肉か骨のどちらか、あるいは両方を損傷している可能性がある。
しかしここではそれを精査できない。
「ポーションで傷を治す前に……俺の船でちゃんとエリクシルに治療してもらった方がいいと思います……」
ロランの発言に、コスタンとラクモが要領を得ない顔をする。
「だとしても今使わない理由にはならないんじゃない?」
「船で治療すれば動力を消費してしまいます。ポーションで充分かと……」
ラクモには、ロランが水薬を惜しんでいるように見えているようだ。
一方、コスタンは貴重な動力を自分のために使うことはないと考えている。
「古い傷のように完璧に治らない可能性があるんです。だから、古い方と合わせて治療できないかと思って……。実はエリクシルとずっと考えてたことなんです」
兼ねてからエリクシルと検討していたこと。
サポーターではいつしか限界が来る。
ともすれば古傷の治療をしっかりと行った方が良いのではないかと考えたのだ。
ポーションで不完全な治療をした後に、また手術で傷をつけるよりいい。
ロランなりの拙い知識での説明を、ふたりは真摯に聞いてくれた。
「……そんなことができるのですか……?」
「確かに低品質のポーションでは筋や骨は治らないかも……。でも、古傷まで治す……? そんなこと、霊薬でもなければ無理だと思ってたけど……」
「エリクシルならできると思うんです。……さぁ、俺の背中に! 次に進んで早く帰りましょう!」
「ううむ、面目ありません……」
ロランは強化服を起動してコスタンをおぶると、バックパックをラクモに預けた。
そして一行は足早に4層へと突入した。
* * * *
――『タロンの悪魔の木』地下4階層
今度の景色はこれまでの小部屋と打って変わって……。
「えぇっ……屋外ぃ??
「迷宮型から急に
「……となれば、最下層かもしれませんな……」
コスタンの言にはもちろん確証はない。
このパーティの誰もが最下層に辿り着いた経験はないからだ。
タロンの原生林とはまた様相の異なる林の中。
真上には太陽が輝き、やや温かな湿り気のある風に、土と草の匂いが混ざっている。
加えて遠くの空を舞う鮮やかな色彩の鳥たちの羽ばたきの音や、彼らの高らかなさえずりが聞こえた。
またそれとは別の金切り声から、魔物の気配も感じられる。
この階層は他に類を見ない独自の生態系を持ち、まるで神秘的な南国の林のような風情を漂わせている。
さながら――『密林』のようだった。
ロランが言葉を失っていると、ハッと我に返る。
「……あぁ、見てる場合じゃない。急いで帰らないと……」
ロランが振り返れば、変わらずある闇の出口。
躊躇することなく足を踏み入れ、脱出する。
* * * *
ダンジョンを脱出した一行をエリクシルが出迎える。
そしてコスタンの状態を見るなり口を手で覆い、痛ましい表情を浮かべる。
{だ、大丈夫ですか!? コスタンさん怪我を……!?}
ロランはバイクの後部座席にコスタンを載せ、ラクモに目配せするとバイクで駆けた。
「話せば長くなる――」
帰る道すがらエリクシルに説明する。
コスタンが3階層のボスである
そしてロランは、今回受けた怪我と以前から患っていた靭帯の問題を同時に治療できないか、エリクシルに相談したのだ。
{精密検査を行わないとなんとも……ですが全力で治療に当たらせてもらいます! 治療に関してはポーションを併用すればより効果的だとはおもいますが、こちらも炎症反応などを精査してから決めさせてください!}
「よし、そうと決まれば急ごう!」
* * * *
――――――――――――――
ラクモ。
https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16818093075676124341
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