130 バイオレプリケーター

 

 *    *    *    *


 ダンジョンを脱出すると、今回はワクワク顔のエリクシルが出迎えてくれる。

 船に戻る道すがら、レベルについて報告することにした。


{数値としてのレベルは変わっていないようですが、ここに漂着した頃と比べると魔素濃度はかなり増えているように見えますよ}

「えっ!? やっぱりそうなのか? ……経験値が80%とか、そういう感じなのかもなぁ」


 ロランはゲームのように例えて見せる。

 魔素が一定量蓄積することでレベルの数値が増加するので間違ってはいない。


{それに、プニョちゃんも魔素が濃くなっていますね}


 プニョちゃんが粘液を垂らし瓶の中を回っているのを、エリクシルは微笑んで見ている。


 ダンジョン内で魔石を与えていないプニョちゃんも魔素が濃くなっているということは、パーティの一員として経験値が分配されているということになる。


「うん、プニョちゃんがパーティの一員扱いってのはもう確実なんだろうな」

{はい、ふたりともレベルが上がるといいですね。これからに期待ですね!}

「おう! ……そう言えば虫の魔物についてなんだけどよ――」


 船に到着するまでに、今回遭遇したダンジョンの魔物と再湧きリポップについてあらかた説明することができた。

 エリクシルはロランたちから得た情報を熱心に整理しているようだ。


{……虫類インセクトイド菌類マイストイド植物類プラントイドですか……}

「……なに、トイド……?」

「~のような、という意味です。"虫や植物のような"、生き物です」

「なるほど、魔物がそもそもよくわかんらんからそう呼ぶと。……でも、そうだな、虫に関しては害虫ヴァーミン類が適切じゃねぇか?」

{それも良いですね。採用しましょう。……それにしても虫草ちゅうそう、寄生菌類とは興味深いですね。ダンジョンは森の生態系をも構築しているとでも言うのでしょうか? }


 迷宮型のダンジョンは層ごとに出現する魔物が決まっているが、魔物の傾向や生態系は相互に影響しているのではないか、と考えているようだ。

 魔物の種類の選出方法にパターンがあるのか、リポップに関しても、その出現方法には不可解な点が多くある。

 ダンジョンにまつわる謎は深まる一方で、エリクシルにとってはスッキリしない状況だ。


 *    *    *    *


 ――イグリース船内のリビング


 ――ドロップ収集品

 ――1階層:風の魔石、金鎚蜱ハンマーマイトの吻、虫の翅、虫の甲殻、絹糸、土の魔石

 ――2階層:闇の魔石、形の異なる小さなキノコx2、キノコの菌糸


 一同は昼食を摂りながら、ドロップ品と3階層以降の攻略ついて議論した。


{訳がわかりません…… なぜ絹糸がそのままドロップされるんですか、それに精練済みの……}


 エリクシルはまたもや頭を抱えている。

 絹糸の精練過程を考えればこのドロップ品の存在は不可解極まりない。

 加工品を作るための素材を落とすのではなく、加工品そのものを落としているからだ。


「俺にはよくわかんねぇけど、ダンジョンだし? 何があっても驚かねぇぜ」


 ロランが頬に食べ物を詰め込んだまま、やや雑にたしなめる。

 瓶の中のプニョちゃんも頭を上下に動かして同意しているように見える。


{プニョちゃんまで……、まったく。考えても仕方ありませんものね……}


 エリクシルは何か言いたげだったが、ヴォイドの世界には"考えても仕方ない"ことが山ほどあることを思い出し、諦めた様子だ。


{……申し訳ありません、本題に戻りますね。この錦糸を売却できるような衣類に加工するのですね? この量ならストールなどの小物なら製作できそうですが、価値はさほど上がらないでしょう。……ドレスなどの複雑な衣類を製作できれば価値が高まると思いますが、そうなるともっとたくさんの錦糸が必要です}


「おう! 何度も潜るだろうからそのうち溜まるだろ」

{はい、ですがもう一つ問題があります。冒険者が突然ドレスを売りたいと言っても、相手は買い取ってくれるのでしょうか?}

「それならば私が一役買いましょう! 商業ギルドを経由し、前村長の遺した品を村のために売ると説明すれば怪しまれますまい」

{ありがとうございます! ではその時はよろしくお願いしますね}


 コスタンは「任せなさい!」と自身の胸をどんと叩いた。


{……では次に、他のドロップ品についてです。魔石に関しては、風と闇どちらも抽出量は期待できそうです。気になるのはその価値ですね。闇の魔石は『サエルミナの魔法雑貨店』では取り扱っていませんでしたが、高価なものなのでしょうか?}

「……私にはわかりませんな」

「僕もさっぱり」


 コスタンとラクモは闇の魔石を見たことはあっても売買したことはないようだ。

 それを落とす魔物についても、用途についてもわからないと首を横に振った。


{……そうですか、それならば仕方ありません}

「動力にするか?」

{抽出量が多そうですので動力に変換したいところですが、今回はプニョちゃんに食べさせたいと考えています}

「えっ、プニョちゃんに?」


 それを聞いていたプニョちゃんは瓶の中で伸び縮みして大いに喜んでいる。


{ええ――}


 プニョちゃんが進化し、魔石の中に内包物が生成されていたという話についてだ。

 エリクシルはかねてからプニョちゃんが自身の研究に協力的な態度を示し、ヴォイドの錬金素材やネヴュラの医薬品を好んで摂取することに注目していた。


 素材を摂取し続けたプニョちゃんの魔石内部の内包物が結晶化し始める様子を観察できたこともあり、今後成長によってポーションと薬剤の競合を解決するスキルを会得できるかもしれない、と希望的観測を抱いているのだ。


 医薬品をこの世界に適した物質に作り変えることができれば、医療手術にポーションなどを活用できる可能性がある。

 ロランと同じく宇宙アメーバがこの世界に順応したのであれば、プニョちゃんはバイオレプリケーター生きた複製装置としての活躍が期待できる、とエリクシルは説明した。


「……エリクシル、さすがに仮説が飛躍しすぎていないか?」

{そう思われるのも無理はありません。しかしこちらをご覧ください}


 エリクシルはロランの問いにプニョちゃんの分け身の特性を紹介し、説の補強をした。


 プニョちゃんが自身の分身をつくり、それぞれが独立して行動をとれること、合体することでそれぞれの経験が本体に共有されるという特性。

 これは分け身に芸を仕込んだあと、本体に合体させると、本体もその仕込んだ芸を記憶していたという検証から得られた知見だ。


「……まじかよ」


 ロランは思わず絶句した。

 それがどういうことを示しているのか、彼なりに理解しているのだ。

 エリクシルはさらに補足する。


 プニョちゃんに与えた薬剤は体内を循環することになるが、指示を与えればプニョちゃんはそれを一か所に集め濃縮することができるという。

 エリクシルがその部位のサンプルを収集すると、薬剤に微量の魔素が含まれていたそうだ。


{残念ながら回収した薬剤を元にポーションとの合成を試みましたが、上手くいきませんでした。でも……}

「プニョちゃんが成長すれば十分な魔素を含んだ薬剤を回収できるかもしれない。そういうことで"錬金特化の生きたレプリケーター"……ね」


 正直なところ、ロランにはエリクシルが語る研究内容やその検証過程を完全に理解することは難しかった。

 エリクシルが使う専門用語や複雑な理論は、しばしばロランを混乱させた。

 しかしロランはエリクシルの知識の深さ、彼女の考察力、そして何よりも新たな発見に向けて突き進む力を深く信頼していた。彼女はもはやただのAIではなく、未知の世界への扉を開く鍵を握る存在であるとロランは確信している。


 プニョちゃんに魔石を与え成長させることで、彼らの研究に必要な魔素を豊富に含んだ薬剤を生み出せるのであれば惜しいことではない。


 そんなプニョちゃんは状況が分かっているのかいないのか、粘液をぽたぽたと口から垂らしながら、エリクシルとロランを交互に見てはパウッと鳴いている。

 コスタンとラクモは話についていけず、難しい顔をしている。


「……わかった、じゃあ魔石はプニョちゃんにあげよう」


 ロランがポケットから風と闇の魔石を取り出す。

 ペリドットと灰水晶のような小粒の魔石をプニョちゃんに見せると、プニョちゃんは前足でお手をするように受け取った。

 お手に取り込まれた魔石は胸部へと移動し、しゅわしゅわと音を立てて消えていく。

 プニョちゃんは一周回ってパウッ!と吠えると満足げに伏せをした。


「……とくに、変わった様子はみられませんな」

{内包物が結晶化するまでには引き続き素材を与える必要があると思います}

「この子も食べて鍛える、って感じかな。いいね」

「とりあえず今できることはもうないんだな?」

{……そうですね。コスタンさん、ラクモさん、ふたりで話し込んでしまってすみません}


 ふたりはそんなことはない、聞いていて興味深かったと言ってくれた。

 かなり話し込んでしまった。ロランは小休憩のためにコーヒーを振舞うことにした。


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