126 虫の博物館★
一同は地下1階層の小部屋を全て回り終え、最後に物々しい雰囲気を放つ小部屋へと辿り着く。
正面には壁に穴の開いたような闇が広がっており、ダンジョンの出入り口と同じ構造のように見える。
「この先がボス部屋……ですか」
「ええ、ボスを倒すことで下層への入り口を解放できます」
「
「え、ボスってどういう……?」
「あぁ――」
コスタンによれば、ボスはその階層に出現する魔物が強化された個体や、上位の魔物であったりする。そしてダンジョンを出入りすればその時間に関わらずリポップし、ボスの魔物は種類が固定なのだそうだ。
つまりダンジョンを征服、もしくはレベル上げのために周回するにせよ、避けては通れない強敵というわけだ。
ボス部屋の入り口を改めて見つめ、そこへと続く光を通さない深い闇の中を通り抜ける覚悟を決める。一度その中へ足を踏み入れれば、勝敗が決するまで出口は閉ざされるという。
3人は気合を入れ、
闇に入っていくと感じる沼のようにまとわりつく感触に、ロランは未だ慣れることができずにいた。
正面の光の筋が闇の出口への合図となり、光の先は10メートル四方の大部屋が広がる。
そこにはギュチギュチと不快な音を鳴らしながら中央に座す何者かがいる。
――それは不測の事態を引き起こした張本人であった。
「最悪だね」
「
3メートルにも及ぶ巨大な魔物が体を捻じらせてこちらを覗き込んでいる。
その体表は鮮やかな色彩に覆われ、奇妙な形状の触覚がその色味を変えている。凶悪な顎を震わせ威嚇している様子が見て取れる。
硬質そうな甲殻とそこかしこに密生した短毛が組み合わさっており、これまでの魔物とは一線を画す不愉快さの外見をしている。
また刺がある尾と合わせて、この魔物が持つ計り知れない強さを示していた。
ボスという特性のおかげか、少し大きくなっているとコスタンは補足した。
「うへー気持ち悪ぃ! ……それにしても襲ってきませんね」
「えぇ、不思議とボスはこちらが近づくまでは手を出してきません」
「なるほど、遠距離武器や魔法があれば先手を取れると……」
ロランはありがたいとは思いながらも、やけに攻略者に有利な性質が気になっていた。
生き物であるかのように攻略者を誘うダンジョン、何らかの意図を感じずにはいられない。
ふと振り返ると、入ってきたはずである入り口の闇はすっかり塞がっていた。
それこそ生き物が口を閉じたように。
「……やるしかねぇんだな……」
「……
それを聞いたロランは、外套で顔面をカバーしながら
「……わかりました。甲殻の隙間、短毛のある腹を狙ってみます! ……短毛って毒針毛じゃないですよね?」
「こやつの毛には毒はないはずです。剛毛なので刺されば痛いでしょうが……」
「……わかりました、三つ数えたら撃ちます!」
ラクモとコスタンも臨戦態勢をとり念のために外套で顔を覆った。
ガウンッ!!
ロランのショットガンから放たれたペレットが
しかしその瞬間、魔物は触覚を点滅させ、何か反撃の動きを見せた。
ロランが追撃を試みようとするが、コスタンがこれを制止する。
疑問を抱くロランの横で、ラクモがすばやく弓を一矢放つ。その矢はランブルキャタピラーの首に深く刺さり、怯ませる。
そしてコスタンが距離を詰め、一気に攻撃を加える。
ショートソードが甲殻のない首の付け根に鋭く斬り込まれた。
最後には頭部が回転しながら跳ね上げられ、地に落ちる前に体もろとも塵となって消え去った。
戦いを終えたコスタンはショートソードをさっと鞘に収め、一息つく。
その所作は長年の経験を積んだ冒険者のそれであり、その場の緊張感を一気に解放させる。
この戦いにより
「……ふぅ、やはり銃は恐ろしい威力です。ボスが一撃で瀕死になるとは……」
その一撃は、たしかに瀕死の深手を与え、もはや放っておいても確実に死に至るものだった。
過去には追い詰められた岩トロールが最後の力を振り絞る例もあったが、今回はコスタンの迅速な行動が死期を早め、ロランの弾薬も節約できることとなったのだ。
ロランは戦いの終わりを確認し、リベンジを果たした安堵の表情を浮かべながら構えを解いた。
一方で、コスタンはロランとそのショットガンを顎髭を撫でながら観察している。
ロランの武器の威力は過剰とも言えるほどで、虫相手には敵なしといったところか。
「はい、絹糸を落としたよ。ツイてるね」
ボスのいた床からドロップ品を拾ったラクモが、ロランへ手渡しをする。
辺りの匂いを嗅ぎながら歩いていて不思議だったのだが、この匂いを嗅ぎとっていたのかな。
精練済みのものと変わりのない、独特な光沢を放つ美しい
現物をみたことがないロランにはその異常さがわかることもなく、ただ絹糸の肌触りを堪能している。
「すべすべだ、高く売れそうですね」
「100ルースはくだらないでしょうな! これもロランくんの幸運のおかげかと」
幸運、ロランの持つスキルだ。
その具体的な効果は不明で、わかることは滅多に見ないスキルだということのみ。
コスタンはその恩恵に預かっていると信じているようだ。
ロランはふと
エリクシルが加工すればもっと値段が上がったりして……。そんな皮算用をしながら尋ねる。
「……普通はそんなに落とさない物なんですか?」
「ちゃんと数えたことはないけど、そんなにポロポロ落とすことはないね。ボスは落としやすいって聞いたことはあるけど」
「じゃあ普通の魔物からはもっと出にくいってことですか……?」
ロランの質問に、今度はコスタンが答える。
「
この話を聞きながら、ロランはこの世界にもコスタンの言うような方法で物事を検証しようとする研究者がいることに驚きを感じる。それと同時に、エリクシルならばそのような統計学的検証を躊躇なく、そして嬉しそうに実施してしまうだろうと想像する。
エリクシルのデータに対する積極性は、好奇心と研究への情熱を物語っている。
「でもまぁ、わかったところで、冒険者にとっては出るか出ないかの二択だもんな。ドロップ品が目当てなら出るまで倒すだけですよね!」
「ふはっ、ロランさんは強いからやってのけるだろうね」
「うむ、本来であればもっと苦労して、傷つきながら勝利を得るものです。初めてで1階層とはいえボスを下す。初陣としては異常と言わざるを得ませんな。私などは――」
コスタンは自身の体験を語った。
この大陸ではないところのダンジョンのボス部屋で、狼の頭を持ったゴブリンのような魔物、
腕を噛み砕かれそうになったのを、仲間に助けてもらったそうだ。
「……俺が強いというか、"俺の世界の装備が"ですね。今だってふたりに助けられましたし、この装備がなければ皆さんのように立ちまわることは無理ですよ」
「驕らず、謙虚ですな。ならば、その装備がなくても戦えるよう稽古をつけるのもいいですな!」
コスタンだけでなく、ラクモも稽古の相手を買って出てくれた。
ロランはそんなふたりに感謝をし、攻略中以外の時間で稽古の約束を取り付けた。
絹糸をバックパックにしまい、大部屋正面の漆黒の闇、次の階層と思わしき入り口へと向かう。
振り返るが、後ろの入り口は消えたまま。前に進むほかなさそうだ。
* * * *
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鳴動芋虫。
https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16818093073494466977
狼小鬼。
https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16818093075977917417
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