122 ロランの弱点★

 

 *    *    *    *


「……気を付けねぇと……ムニャ……」

「エリクシルさん、起きたよ」

「……うぅ…………」


{お目覚めですか!}

「よくぞ無事で……」

「良かったぁ」 


「うぅ……、頭がガンガンする……ここは……?」


 目覚めてまだぼんやりとしたロランの視界に、ひどく心配している様子のエリクシルが映る。

 心配かけまいと体を起こそうとすると、


「あぁ、まだ寝ていた方が良いですぞ」


 渋い声、コスタンさんだ。少し奥には同じく安心したような顔のラクモさんもいる。

 段々視界がハッキリしてきた。見覚えのある天井だ。


{ここは医療室のベッドですよ}

「……何で? 芋虫を倒したと思ったら俺……」


 コスタンがベッドの横の椅子に腰かけて答える。


「……毒腺や毒針毛ごと派手にぶちまけたようでしてな……。ショットガンとやらがあれほどの威力とは思わず……。不注意でした、すみません」

毒芋虫ポイズンキャタピラーがあんなに爆発するのなんて初めて見たよ。返り血までは気が回らなかった」


 ラクモが腕を組んでベッドに寄り掛かる。


{ダンジョンの魔物は未知数です。お二人は悪くありませんよ、私がいなかったばかりに……}


 エリクシルが自身を責め始めたため、ふたりがあわててフォローに入る。

 ロランは返り血と聞いて自分の手や衣服を見るために顔を起こしてみたが、何かが付いている様子もない……。


「あれだけの量の血も毒も、すべて塵になって消えてしまいました」

{顔面に毒を受けたと聞いたのですが、船に運び込まれた時にはすっかり消えていました。治療に関しては毒消しの丸薬と追加のポーションで事足りたのも、そのおかげでしょうね。全く、これが"肝が冷える"という感情なのでしょうか……}


 エリクシルは両手で顔を覆うと、疲労と安心が混じったため息をついた。


「俺、一応は倒せたんですね……」

{ええ。ですが死亡判定が出る前に手痛い逆襲を受けたようですね。……今度からは毒の魔物には注意してください!}

「あぁ……。毒……」


(眠っている間に親父の夢を見ていた……。毒に気を付けろって……もっと早く言ってくれよ……)


「ごめんなエリクシル、心配かけて……」

{あなたが気を失ったまま船に運ばれてきたときは、本当に心配しました。すぐに判断できなかったんです、まるで自分の足元が崩れていくようで……。でももういいんです。バイタルも正常になりましたし、さっき寝ている間もニヤニヤしたりしていましたしっ}


 はじめは見た事のないような切ない表情を浮かべていたエリクシルだが、最後はいたずらっぽく笑ってくれた。


「へへ……俺、笑ってた? うーん、そう言われれば美味しい夢も見てたなぁ……」

{まったく、食べ物の夢を見てるなんて……}


 ロランは短いやり取りの間に幾分か体調が戻ったように感じ、ゆっくり体を起こす。

 その様子を見たエリクシルもすっかり安心したのか、いつもの知識欲を全開にした表情になる。


 {それにしてもポーションの効果には驚かされました。毒によって損傷を受けた細胞が、この数時間でみるみる内に修復されていたんです。細胞治癒因子の活性化、それに消炎に鎮痛効果もあると思います! これらをモニタリングできたので、貴重な治験にもなりましたねっ!!} 


「……あぁ、なんか不思議と体も軽くて、嘘みたいによ」

「うむ、さすがエリクシルさんです! 意識のないロランくんに毒消しの丸薬をどう与えるのか迷っていましたが……」

「コスタンさん、その話はしなくてもいいんじゃない……?」

「えっ? なんなんですか?」


 ラクモが耳と尻尾を垂らしげんなりとしている。


{コスタンさんが経口投与をしようとされたので、わたしが止めたのです。点滴の方が効果が早いはずですから}

「経口投与……!?」


 ダンジョン脱出後、コスタンがその場で応急処置をしようとしたが、意識のないロランに丸薬を服用させるのは容易ではなかったそうだ。

 コスタンが経口投与を決行しようとしたところでエリクシルの待ったが入り、バイクで船に戻る間にエリクシルが丸薬をポーションに溶いて準備をすると提案してくれたとのことだ。

 ありがとうエリクシル……!


「それよりも、コスタンさん、よくバイクを運転できたね」


 コスタンと経口投与のことで頭がいっぱいになり、口をあんぐりと空けて呆けていたロランがラクモの声に反応する。


「……あっそういえば! バイクで運んでくれたんですか……」

{わたしがコスタンさんにお願いしてバイクで運んでもらいました。ラクモさんは後を走って着いて来てくれました}

「何度か乗せてもらっていたのが幸いしましたな。エリクシルさんの指示もあったので意外と上手くいきましたぞ!」


 コスタンはどんと自身の胸を叩きながら、明るい声でそう言った。


「それは、ありがとうございます。俺意識が半分無くて、体に力も入らなくて……」


 背負ったままタラップを上がるのに苦労しましたぞ、とコスタンは笑いながら答える。


「ロランさんが助かって、本当に良かった」

「ええ、指南中にこんなことになるとは、師匠として失格です……」


 コスタンは頭を下げている。


「そんな、ふたりは悪くありません。俺の武器のせいで毒芋虫ポイズンキャタピラーがああなることも予測はできなかったはずです」


 コスタンは心苦しい表情をわずかに和らげ。


「……うむ、そう言ってくださると、私としても心が軽くなります。……さぁ、今日はもう休んで、明日からまたダンジョンに行きましょうか」

「俺、もう元気ですよ! 今からでも行けます!」


 ロランが体を動かして元気をアピールする。実際よく寝て起きた時のように体が軽やかなのだ。

 しかしエリクシルがそれをたしなめる。


{ロラン・ローグ、もう18時ですよ。あなたは4時間近く寝ていました}

「そんなに……。それは毒のせいか? やばいな……」


 この地に来てから初めてまともなダメージを受けた。それも弱毒らしいがすぐに意識を消失するほどの即効性。

 改めて命の危険を感じずにはいられない。

 ロランの問いに、エリクシルは小さくロランのカルテを表示しながら応える。


{おそらく、"アナフィラキシーショック"であると考えられます。重篤な症状をきたしていました。毒消しの丸薬のおかげで解毒はされていますが、目覚めるまでに予測よりも時間が掛かっていました}

「ということは、普通はこんな症状は出ないってことか?」

「ううむ、少なくとも私は毒芋虫ポイズンキャタピラーのポイズンブレスを受けたことがありますが、意識を失うことはありませんでしたぞ」

「ええ……じゃあ俺はなんで? コスタンさんはどんな症状が出たんですか?」

「苦しさと動きが鈍くなる程度で、毒消しの丸薬を飲んで1時間もすれば快復しましたな。それでも戦闘中に毒を受ければ大変危険ですから、その場で快復できる解毒のスクロールがあればなお安心でしょうな」


 コスタンの話す症状と自身の症状のあまりの差異に、ロランは違和感を覚えた。


(エリクシルはアナフィラキシーだって言うけど、本当にそれだけか? そりゃ昔は蜂や毛虫に刺されたことは何度もあるけど。それか俺の毒耐性が極端に低いとか? もしかしたら……夢の……猛毛虫ヴィルワームの毒針毛と関係あるのかも。うーん、あとでエリクシルに聞いておこう)


「俺、毒の抵抗力が低いんですかね……」

「個人差はあるかもね」

「……毒と言えば、倒した後に塵となって消えたはずなのに毒の効果は継続するんですか?」


 顔面に被った毒液は、毒芋虫ポイズンキャタピラーの死亡が確定すると全て塵となって消えていたそうだ。


{ダンジョンから脱出後のロラン・ローグの全身状態をモニタリングしていましたが、体内に侵入した毒素を免疫系が攻撃していました。それによって全身にアレルギー症状による過敏反応がみられていたのです}

「えーっと、つまり?」


{わずかな時間であっても体内に侵入を許してしまうと、その毒素は貴方の一部となってしまうのかもしれませんね}

「体の一部、それで消えないのか……。ちなみに俺の体で血清とか作れない?」


{それが自然界に存在する毒とは異なるようなのです。魔素を媒介とした新種の毒、魔素が魔法の毒に転化しているとでも言うのでしょうか……。だからこそ弱毒に広範に効くとされる丸薬で解毒できたようなのですが、これはある意味万能薬ですね}

「ネヴュラの解毒剤は意味ねぇんだな……。毒は魔法、丸薬が万能薬……とんでもねぇ話だ……」


 ネヴュラの解毒剤も様々だ。

 毒物を吸着するもの、化学的に結合して無毒化するもの……。

 いずれも魔素を媒介した毒素には効果をなさないようだ。


{……そしてロラン・ローグの症状の重さは、毒や魔素に対する抵抗力が無いからかもしれません}


 ロランは最近ヴォイドの地に来たばかりで、この地の風邪などの疾病に罹患したことはない。

 云わば、、というのがエリクシルの推測である。


「ロランさんは抵抗力がないんだ……。毒の効果深度が深いわけだね」


 ラクモ曰く、リザール族などの疾病に強い種族は毒への抵抗力が高いそうだ。

 その場合は毒の効果深度も浅く症状が軽いらしい。

 つまり毒自体に罹患はするが、軽症となるとか。


「俺、やっぱり毒が弱点なのか……」

「毒への抵抗力を上昇させる魔法も存在すると聞いたことがありますな」

{……毒が魔法だとすれば属性の一種、状態異常といったところでしょうか。それに備える魔法が存在することも理解できます。願わくば免疫を高めるポーションがあれば……}


 エリクシルは苦々しい顔をして答えた。


「病気に罹りづらくなるイミュネコ草っていうのがあるけど、どこで手に入るかまではわからないな」

{イミュネコ草……。場所がわからなければどうしようもないですよね……。対抗策が確保できるまでは毒持ちを相手にしないのが一番ですね}

「それが一番でしょうなぁ」


 コスタンが深く頷き、ラクモも相槌を打つ。

 何か手はないものかと考えを巡らせていたロランだが、上手い策も思いつかず、最悪マントで毒液を防ぐのも手だなとの考えに至る。


{では皆さんシャワーを済ませて食事にしましょう。ロラン・ローグ、使い方は教えてあげてくださいね。わたしはシャワールームにので}

「根に持ってるなぁ……。わかったよ」


――――――――――――――――

免疫力。

https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16818093073485339573

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