119 地下1階層★
ロラン一行は初陣でささやかながら勝利を収め、意気揚々と出口に向かった。
* * * *
ダンジョンを出るなり、息も切れ切れな様子のエリクシルがロランの前に現れる。
{どうでしたかっ!?}
「うわびっくりした!」
驚きつつ頬をポリポリと掻きながら答えるロラン。
「えーっと……」
ロランがダンジョンの構造を説明し、エリクシルは研究者の白衣に着替えてメモを取る。
最近は衣装のサービス精神が旺盛だなあ。それだけ気合が入っているのか、俺たちと同じようにワクワクしてくれているのかもしれないな。
{……なるほど。迷宮型、興味深いです。敵の位置をさほど警戒しなくてよく、先手を取りやすいというのは安心しました。倒しにくい魔物であれば引き返し、改めて対策を練るのも手ですしね}
続いて魔物の種類について説明する。
エリクシルは例によって、虫の魔物の大きさを聞いて{有り得ない!}と驚愕した。
{虫はわずかな筋肉と神経節で外骨格を動かして活動しています。本来であれば、その大きさでは重量に耐えられないはずです}
「殻はチキン質とかってやつ?」
{
「そういえば、すっげぇ昔にはデカい虫もいたって聞いたことあるけど?」
{それは大気の酸素濃度が非常に高かったためであると記録されています。この地の酸素濃度はわたしたちの世界、ネヴュラの地球型と変わりありません。だとするとこの環境であの大きさを維持できるのは魔素の成せる奇跡としか……}
「……奇跡と言えば、魔物は死んだら塵となって消えてたな」
{ダンジョン内では死骸は残らないと聞いていましたものね}
熱心にメモ帳とにらめっこをしていたエリクシルがふと顔をあげる。
{……となると魔物の体内に打ち込んだ銃弾の弾芯も回収可能なのでは? もしそうであったら回収をお願いします。あ、それと忘れずに薬莢も」
「おう、残ってたらな」
ロランがサムズアップしてそれに応える。
弾芯と薬莢が回収出来たら、かなり動力や素材を節約できる。これはぜひ検証しないとな。
「それにしても死骸がなければ分析もままなりませんねえ。……そういえば倒したことで魔素を吸収しているはずです。レベルは変化していましたか?}
「あぁ、まだ確認していない。ステータス開示」
ロランが迷いなくステータス表示しそれを見る。もうこの詠唱も慣れたものだ。
◆
ロラン・ローグ 23歳 無職 自由民 レベル1
◆
{まだ変化はないようですね。途中でステータスになにか変化や異常があれば、必ず戻って来てくださいね}
「わかった!」
「わっははっ! 最初は上がりやすいとはいえ、2、3日は足繁く通わねば上がりませんぞ」
コスタンは快活に笑い、気が早いとエリクシルたちを諭す。
{えへへ、そうですよね}と言いつつ、エリクシルが今度はコスタンに尋ねる。
{コスタンさん、ひとつ気になるのですが、倒した魔物はどうなるのですか? また現れたりするのでしょうか?}
「……えぇ、時間をおくとまた湧きます。正確な時間まではわかりませんが。再度湧いた時、その種類が変わることもあります」
{そうなのですね。つまり長時間かけて潜っていると、帰り道でも戦闘しなければならない可能性があると……}
「経験者のアタリですが、大体1時間おきに出入りを繰り返せばわかりますかな。そうだ、こんな時のために……」
コスタンはそう言うと、首元から鎖につながれたロケットのようなものを取り出す。
「それは……?」
「時計の魔道具ですな」
そう言って金属性の蓋をスライドして見せると、中に文字盤と針があり、チクタクと時を刻んでいる。
{時計……があったのですね。形も懐中時計に酷似しています。ニョムさんからこの世界の時間の流れがわたしたちの世界と変わりないことは確認していましたが……}
「そんなに小さくて持ち運べるようなのは高いんだよね」
「う、うむ。……実は故郷を離れるときに持ち去ったものなのです。値段までは知りませんが、今日までしっかりと働いてくれていますなっ!」
コスタンが少しばつが悪そうに笑いながらそう答える。
ダンジョン内ではエリクシルの支援が使えない。つまり温度から時刻まで何もかも、あらゆる情報がシャットアウトされていた。
ロランは時間だけでもわかることに安心しつつ、そろそろダンジョンへの再突入することを提案した。
{充分気を付けてくださいね}
* * * *
――『タロンの悪魔の木』地下1階層
ロビー正面、先ほど
「どっちも行くことにはなると思いますが、とりあえずダンジョンの鉄則『右手の法則』を使いましょう」
コスタンは右手で壁伝いに移動を開始した。
右手の法則:迷路の壁伝いに歩けばいつかは出口に辿り着くという手法。
ロランはその法則がこの世界にも根付いていることに面白いと感じながら後をついていく。
コスタンの合図で一同は歩みを止める。
前方の小部屋からギチギチと不快な音が聞こえる。
壁に2匹離れてくっついているそれは大きさ50センチ程。ダニに似ているが形が若干異なる。
丁字形の
胴体は不自然に膨らんだ白色の
「
格は1だが戦いづらい相手のようだ。
額にうっすらと汗をかいたコスタンが後退を提案した。
ロランもあの
先ほどの小部屋に戻るとコスタンが改めて説明する。
「あやつはおしりから空気を吐き出して、さながらバリスタのように飛び掛かりその
「僕も盾があればいいんだけどね……。コスタンさん一人で受けるのは危ないね」
ケガをするリスクの方が高く、指南には向かない魔物のようだ。
「なるほど……。勉強になります……」
「幸い道がもう一つありますからな、そちらも覗いてみましょう。……もう反対側の小部屋も
「わかりました!」
* * * *
反対側の小部屋の手前。
コスタンの懸念は見事的中し、
うち1匹は頭部と
「赤い方は
こんな浅層から予想外の毒持ち。
毒を持った巨大昆虫の存在……、ロランの祈りは通じなかったようだ。
毒消しの丸薬の準備もしていないため、引き返すことを提案される。
「俺が1匹仕留めて通路側に誘導すればなんとかなりませんかね?」
「うぅむ……今はダンジョンの指南中。避けられる危険は冒せません、却下ですな」
「うん、僕の弓も絶対当たるっていう保証はないからね、止まっていても5本に1本は外すことがある。白いのが三角飛びして来たらコスタンさんも危ない」
「……三角飛び……何回も飛んでくるんですね。わかりました」
三角飛び、うまく通路側におびき寄せてもそこからさらに襲ってくるということだ。
虫の機動力を舐めていたロランは(絶対に安全な場所はないんだな……)とゾッとする。
* * * *
再び反対側へと戻り、今度はロランとラクモのタッグで射撃を試みる。
銃声が大きいことを改めて説明したところ、ラクモは耳を伏せることで対処するらしい。
ふたりで息をひそめて狙いを定め、目配せで射撃のタイミングを合わせる。
ダッバツッ! バスッ、ブシューーッシュ!
銃声と弦音が鳴ると、
(俺はスコープがあるから簡単に狙えるけど、ラクモさんはよく当てられるな……)
壁からコテンと落ちた
コスタンとラクモが止めを加え、どちらも塵となって跡形もなく消えた。
「おやっ! 幸先良いですぞ!」
コスタンが地面から何かを拾いあげ、ロランに見せる。
ペリドットのような緑色の小石、大きさはゴブリンの魔石程度だ。
これが例の
「おおっ! 透明度が高いですね!」
「風の魔石だね。とてもきれいだ」
ラクモも目を輝かせて覗き込む。
「ええ、ダンジョン産の魔石は不思議と透明度が高い傾向にあります。ま、といってもこの大きさなので……40ルースで売れれば良い方ですかな」
「ちょっと見てもいいですか?」
「どうぞ」
ロランはコスタンから魔石を受け取ると光にかざして視る。
小石程の大きさでとても軽い。内包物は1、2個あるか?
ダンジョン産は透明度が高いって……それなら小さいけど抽出量を期待してもいいのかもしれない。
「ありがとうございますっ! お返しします」
「あぁ、私としたことが肝心なことを忘れていましたな。パーティ内での分配についての取り決めをせねば」
「ブンパイ……?」
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※虫注意!金鎚蜱
https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16818093073309818159
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