118 初めてのダンジョン探索★

 

 ロランは苦虫を潰したような顔をする。

 幼い頃の記憶がよみがえる。

 岩をひっくり返すといつも現れたのは、百足とその不快な臭いだった。


 しかし、ヴォイドの地の虫、しかも魔物となるとその姿の想像はつかない。

 映画に出てくるような巨大な毒虫が出現しないことを祈るばかりだ。


 話はダンジョンに戻る。


「……ダンジョンはたしか野外型のフィールドダンジョンと、迷宮型の2種類があるんですよね」

「ええ、そうです。迷宮型は下の階層への入り口を見つけるのが比較的容易です。道も覚えやすく戻るのも楽です」

「フィールドは大変だよね。広すぎて野営をすることもある。迷宮型で助かるなぁ、これなら索敵は必要なさそう」


 ラクモが補足するに、虫の魔物は小部屋でじっとしていることが多いため、奇襲に怯える必要はないとのことだ。

 虫の多くは視覚感知で、小部屋に入ってその範囲内に入らなければ襲われることはないらしい。

 つまり小部屋前の通路から先手を打つことができるらしい

 もちろん視覚・嗅覚感知の獣タイプであれば通路まで出張ってくることもあるらしいが、よほどの悪臭でもなければ先に感知されることはないそうだ。


「そしてここが入り口、いわゆるロビーですな。魔物は不思議と侵入してきません。もちろん先の部屋から引き連れて戻るとなるとその限りではありませんが……」

「それでもダンジョンから脱出したり、魔物がこっちを見失えば元の位置に戻るらしいね」

「ふむふむ……。やばいときは逃げるってことですね。……その通路の先はどうなっているんですか?」

「迷宮型の場合、通路の先は小部屋がいくつも繋がっていますな。区画整理された坑道のような感じと言えば伝わりますかな?」


(穴の開いた碁盤目状か? 不思議なダンジョンだなぁ)


「だいたいわかります。小部屋に魔物がいるんですよね?」

「基本的にはそうですな。ここは若いダンジョンですから魔物の数も多くはないはずです」

「若すぎて実際に魔物を見るまでバイオーム……えーと環境もわからないね」

「うむ。まずは小手調べ、ダンジョンでの立ち回りを指南しましょうか。ラクモさんは補助をお願いします」

「うん、わかった。ロランさんは後衛で見学だね」


 コスタンは筆記用具をしまい、剣をスラリと抜いて盾を構えながら通路へと進んだ。

 ラクモはその後を弓を構えながら追った。

 ロランも武器のセーフティを外し、いつでも撃てるように構えた。


「さて、なにが出るか……」


 通路を進むと、正面の全長10メートルの通路の半ばから、次の小部屋から音がすることに気付く。

 大きなブブブブッという羽音が聞こえ、コスタンが止まれの合図を出した。

 ラクモは小声で話す。


「アンギディナだ……。虫の中では楽な方」

尾針ニードル蜻蛉フライ……のシヤン語ですな」 「うわっ……でけぇトンボ、気持ち悪っ」


 小部屋の中には、全長1メートルはあろうかと思われる、大きなはねの生えた巨大トンボがいた。

 頭部の半分以上を占める複眼、尻尾は刺々しく、それで振り払われれば深手を負うことは間違いない。

 トンボは小部屋の壁に張り付き、時々羽を震わせて不快な音を立てている。

 しかしこちらに気がついているわけではなさそうだ、前脚で器用に他の脚を掃除している。


 コスタンがラクモに目配せし、ラクモが弓を番える。

 通路から小部屋内部のトンボまで8メートル。

 ラクモが長弓を目いっぱい引き、息を止めて集中する。


 バツッ! バチッ!

 放たれた矢ははねを見事に射抜き、尾針ニードル蜻蛉フライが地に堕ちた。


 ギチチッ! ギギッ!

 トンボは暴れ、傷のついたはねを羽ばたかせさらに破損、その破片を散らして蠢く。

 それでも尻尾をロランたちの方に向けて威嚇する。

 コスタンが素早く距離を詰め、尾っぽをステップで躱し、頭部の付け根――人間で言うところの頚部――を正確に断ち切った。

 頭部がゴロっと転がったかと思えば、死体は光る塵となって3人に引き寄せられるように消えていった。


「ふぅ……」

「すげぇ……本当に死体が消えた!」


 パチパチパチ、と手を叩くロラン。


「久々のダンジョンですが、やはり……滾りますなっ!! フンフンっ!」


 鼻息荒く興奮して見せるコスタン。

 念願の冒険者復帰、そしてすぐさま打倒ダンジョンという目標を掲げ、すっかり有頂天な様子だ。

 弟子であるロランに良いところを見せられたということもあるだろう。


「的も大きいし気付かれてない。尾針蜻蛉アンギディナやムカ、ラリトラとかのはねがある種類は機動力を削げば手がかからない」

「ムカ? ラリトラ?」

「細っこい血を吸うやつだよ。ラリトラは……フンとかに集まる」


 コスタンはまた筆記用具を取り出してメモを取り始める。


「シヤン語でモスキートフライですな。虫は種類も多く相手によって戦い方も変える必要がありますが、浅層ならば脆いはず、問題はないでしょう」

「"蚊"に"ハエ"か……。なるほど、わかりました」


 種類が多いと聞いてロランは心中穏やかではない。

 虫はポートポランのギルドにあった魔物図鑑には特に掲載されていなかったことを思い出す。

 そのことをコスタンに尋ねると、虫の魔物は地域性が高いらしい。

 リクディアでも生息域が限られているというが、それならなぜこのダンジョンにいるのか?

 気になることばかりだが、今はエリクシルの知恵も借りられない。

 腕輪型端末に触れてみても反応はなく、何とも言えない寂しさを覚えた。


 ……しかし虫自体はそんなに嫌いじゃないはずなんだけど、あのサイズは別だ。

 しかも深層であれば耐久性もより増すって言ってたよな。

 ふと岩トロールの頑強な鎧を思い出す。

 さすがにあそこまで硬いとは思えないが。もしあの硬さで虫の機動力を持ってたら、厄介極まりないな。


「ヴォアンゴリ……えーっと角が生えてたり、大きな顎が生えたのは飛ぶし硬いのが難点。挟まれるとすっごいケガをする」

「顎や角の生えた甲虫……ですかね。確かに危なそうですけど、どうやって倒すんですか?」


 ラクモはおもむろに手斧を取り出し振るう。


「これでバキッとね」

「うむ、槌も有効。剣であれば斬るよりも打つ方が効きますなぁ」


 剣の特性上、押して斬る必要がある。

 それでは硬い甲殻に傷がつく程度なのだろう。

 剣にこだわるのであれば甲殻ごと叩き斬れるような大型な剣、もしくは相応の膂力が必要だ。


「……なるほど」


 LAARヴォーテクスよりもショットガンベルバリン 888の方が面での突破力に優れている。甲虫を相手にするならショットガンベルバリン 888の方が適任だろう。

 ロランも魔物によって武器を変更し試すつもりだ。


「そういえば、コスタンさんは先ほどから何か書いているようですけど……」

「ええ、これは迷宮に地図を作っています。簡易なものですが、これがあれば征服の助けになります」


(地図……というとマッピングか。確かに……)


「……迷わなくて済みますね」

「そういうことですな。おっと……そろそろ時間なので一度戻ってエリクシルさんに報告しましょうか」

「わかりました」


 ロラン一行は初陣でささやかながら勝利を収め、意気揚々と出口に向かった。


 *    *    *    *


――――――――――――――――

※虫注意!尾針蜻蛉

https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16818093073309787142

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