114 第2級船舶『イグリース』へご招待★

 

「……やっとついた!」「おおおおっっ!!!」「これが……!!!」


 皆、汗を拭いながら装備をしまい、驚嘆の表情を浮かべる。

 ロランは彼らを見て照れくさそうに微笑み、ハッチを開けた。


「ただいま、イグリース!」「船の名前?」

{そうです}「ほほぉー」


 ガガガ、グォォオンオンオン……

 ハッチが音を立てて徐々に開き、船内の照明が自動的に点灯する。


「外観もそうですが、中も……見たこともない材質ですな……。今しがた光が勝手についたようにみえましたが……」

「全然技術力が違うんだね……あそこ壊れてるの?」


 ラクモが破損したエンジンを指さす。


「あぁ、えーと、海賊みたいなのに襲われまして……。そしたらこの世界に」

「それは……」「大変だったね」

{現在当船は飛ぶことができませんが、幸いいくつかの機能は生きています。不幸中の幸いでした}

「飛ぶ、やはり空を……。このような、金属の塊、にわかに信じられませんが……」

「飛ぶんだ……これが」


 漂流者の未知なるテクノロジーを目の当たりにしたふたりは驚きを隠せない様子だ。

 ロランが船倉にバイクを停車させるとタラップを上がり案内する。


「着いて来てください。ここから登って中に入ります」


 コスタンは船内の壁の感触を確かめていたが、ラクモに先を譲られ、はしごに手をかけて登りはじめる。


「大きい船だとは思いましたが、中も広いですな」

「あぁ、でも小さいほうではあります。なにしろひとりで飛ばせる物ですから」


 はしごを上り終えたふたりは船内を落ち着きなくキョロキョロと見渡す。

 友達の家に初めて訪れるかのように、コスタンが肩を立てている様子から緊張がうかがえる。

 ラクモは……、全く緊張していないのか、あらゆる物の匂いを嗅いで回っている。

 そういえばニョムも船の中を嗅いで回っていたことがあったな、シヤン族の習性なのだろうか。


{もうすぐお昼ですし、ダンジョンへは食事のあとに向かいましょうか。私はその間に道具や素材の解析を試みます。入手した魔石はすべて抽出作業をしてもよろしいですか?}


「エリクシル、頼む」


 ロランはラボに行く途中、天井に取り付けられたエリクシルの投影装置をいくつか取り外した。

 そして素材や道具と一緒にラボの分析台に置いてからリビングへと向かった。


「ちょうど腹が減ってきたところです。助かります」 「ビーフシチュー美味しかったから楽しみだな」

「えーと、食べたい物の希望はありますか? 魚に肉、野菜、色々ありますけど」

「選んでいいのですか! うぅむ……では私は肉を頼みます」

「僕は魚と野菜を。……でも別々に調理するの大変じゃないの?」


 ロランはキッチンのあるリビングに2人を案内し、フリーザーのある貯蔵室へと向かう。


「調理は全部"機械"……えーと俺らの世界の魔道具がやってくれます」


 ラクモがそんな魔道具があるのかと興味津々に尻尾を振っている。

 ロランはフリーザーの中を見る。


(ラクモさんは、定番のスモークサーモンの香草焼きとベジタブルミックスがいいかな)

(コスタンさんは『カッポウスズキ』の和食を楽しんでたから……)


「ワフウの肉系……あるか? どれだ?」

{牛丼がそうだと思いますよ}

「ああ、エリクシルありがとう。牛丼てワフウだったのか、確かにコメが入ってるもんなぁ。よし、俺もこれにしよっと!」


 ロランは調理器の中にコンテナを収めるとボタンを押して調理を開始する。

 ふたりは興味深そうに調理器内を覗いている。


「ふくらんだ……」

「これはそれぞれが調理されているのですかな?」

{そうですよ}


 コスタンは額に手を当て驚きを示す表情を見せ、ラクモは尻尾を先程よりも強く、ブンブンと振っている。


 チィーン! 調理器が完成を告げる。

 ミトンを付けたロランが容器を取り出し、熱々の中身を皿へと盛り付けていく。

 スモークサーモンの香り高い燻製香、そして牛丼の甘く辛い匂いがあたりに漂う。


「……! この魚、燻してあるの? それにこの香草……スゴイっ! そっちの肉料理も良い匂いだね!」


 ハッハ、ハッハ、と息を荒くしたラクモは舌を出し、今にも口から涎が垂れそうだ。


「これは、『カッポウスズキ』で食べたコメですな? とても魅惑的なツヤ、そして匂い! もう我慢できませんぞ!」

{あっ、皆さんちゃんと手を洗うんですよ}

「確かに手が汚れているからね」

「う、うむ。しかしこの食事がお預けとは……」


 エリクシルの教育的指導により、一同はキッチンで順番に手を洗い、お行儀よく席に着く。


「「「いただきます」」」


 ふたりはスプーンやフォークの素材に驚きながらも各々の食事を楽しむ。


「ハフッハフッ、旨い……!」


 牛丼を掻き込みながら、頬をいっぱいにするやんちゃなコスタン。

 スモークサーモンの旨味に目を丸くするラクモ。

 自分が調理したわけではないのだが、美味しそうに食べてくれているのを見ると嬉しくなる。

 ロランも牛丼を一口食べる。うん、いつもの味だ。

 ……でもやっぱり誰かと一緒に食べると、満足感が違うような気がする。


「ビーフシチューもそうだったけど、ロランくんの世界の食べ物は味が強いね。どうやったらこうなるんだろう?」

「あぁ~~~……。エリクシル?」

{ラクモさんは旨味という味覚についてご存じですか?}

「……甘味、塩味、酸味、苦味、辛味……旨味なんか聞いたことないな」


 コスタンも知らないと言わんばかりに首を縦に振っている。


{ラクモさん、実は辛味は味覚とは異なるんですよ。……というのはおいておいて}

「えっ! 辛味は味覚でしょ! 辛いって味じゃない。そっちも気になるな」

{辛味は刺激……痛みなんですよ。イタイイタイの}

「えぇーーっ!!? 本当かな……。でもエリクシルさんが言うんだもんな……」


 ラクモは耳をペタンと伏せて考え込んでしまった。


「とんでもないこと知っちゃったな。辛いは味じゃない……。そんなことが……」

「……えぇ~と、それで旨味とはなんなのですかな?」

{簡単に言えば、砂糖や塩と同じように旨味の成分、結晶があるんですよ}

「へぇ~そうだったんだ」「結晶というと水晶のようなものなのですな!」

「海を煮詰めてできたものは砂みたいだけどそうじゃないんだ……」


 ロランも感心しつつ、コスタンは砂糖や塩が結晶だということに驚く。

 長考していたラクモもいつの間にか復活し、食後にエリクシルのホログラムによる図解付きの勉強会が開催されることが決定した……。


 *    *    *    *


 ヴォイドの地での砂糖は、地域差はあるものの殆どがてん菜に似た植物の煮汁から精製されると言われている。その精製の過程で結晶化したものが砂糖なのだ。

 それをロランたちの世界の映像を用いて解説したために、その技術力の違いにふたりは大層驚いた。

 そして、肝心の旨味成分は調味料として、これら料理に大量に添加されているという説明を受けた。


「結晶……。砂糖も塩も、砂のようなものだと思っていたよ……。味が強いのはそういうことだったのか」 

「これがカガクとは……。とても素晴らしい知見を得ることができましたな……」


 食事と座学は、彼らの胃と知的欲求を存分に満たしたようだ。

 様々な質問が飛び交う中、ロランも皆とエリクシルの話を聞くことで、楽しむことができた。


「……話は変わりまして。この船そのものや、食器、いたるところに金属が用いられていますな。以前チャリスさんがこの話をしていましたが、ロランくんたちの世界は金属はさほど貴重ではないのでしょうか……?」

「え~っと、たぶん? 昔は金や銀がとても高価だって話は聞いたことはありますけど……」


 *    *    *    *


 コスタンの未知のテクノロジーに対する探究心には驚かされる。

 ロランが答えあぐねているとエリクシルが説明をしてくれた。

 2人の質疑応答を聞いていたロランは、彼がスキル「博識」を持ち得たことに納得せざるを得なかった。


 食事の後片付けを済ませ、各々の荷物を解き、船内を案内する。

 ふたりの寝床はリビングのカウチだ。

 これをベッドに展開し寝てもらう。

 次いで洗面所や風呂場、トイレの使い方を一通り教えた。


 トイレに関しても驚きの連続、村のぼっとん便所とは確かに質が異なる。

 宇宙でのシェア率100%の「JOTO」マルチトイレはえらく気に入って貰えた。

 各種トイレパネルの使い方を四苦八苦しつつ理解してもらうと、ちょうど催したコスタンにさっそく使ってもらうことになったのだ。

 2人は声の届く範囲まで離れ、ロランが声でナビゲートする。


「ウォシュレット機能は、水洗みたいなパネルを押すんです」

「……これですかな……? ポチっとな……。うわぁっひょいっ!! あばばば!」

「なんて声を……コスタンさん大丈夫?」

「だっ、大丈夫ですぞ! 水が……! アナにっ! おおぉををを!!!」

「アナ……」


 ロランは捧腹絶倒、その様子を見たラクモは耳をペタリと伏せて心配そうな表情を浮かべている。

 ロランがいたずらをしているのではないかと勘ぐっているようだ。


「ロランくん、僕は外で用を足しちゃダメかな……?」

「え? えぇと……」


 ジャアアァァ…………

 遠くからトイレの水を流す音が聞こえ、その後にコスタンの興奮した声が聞こえる。


「ラクモさん!! 外で用を足すなど、もったいないことを!!!! 最初は驚きましたが、本当に快適ですぞっ!!」


 しかし、変わらず心配そうな表情を浮かべるラクモ。


「あんな声がでちゃうのは、ちょっとなぁ~……」


 手を拭いて出てきたコスタンの「一度試せば病みつきになる」という評価に、ラクモはしぶしぶ了承した。


 シャワーや洗濯についても説明し、革鎧はさすがに洗えないことを付け加えると船内を順に回っていく。

 就寝時にはロランのTシャツを貸し出し、パジャマがわりにしてもらう。

 ロッカーの奥で眠っていた様々な映像作品のコラボTシャツが取り出され、日の目を見ることになる。


 ついでにロッカールームに設置してあるウェイトトレーニング機器の使い方を熱心に解説する。

 その奇妙な形状と使用目的は、再びコスタンを驚かせる。


「奇怪な鍛錬道具ですな……」


 コスタンの表現に笑いつつ、ロッカールームではロランの世界の武器も軽くお披露目した。

 武器の解説にも熱が入ってきたところで、丁度エリクシルの解析結果が得られたという報告を受ける。

 ラボに向かったロランがエリクシルの報告を聞いている間に、コスタンとラクモのふたりはダンジョンに挑む準備に取りかかることにした。


 *    *    *    *


――――――――――――――――

「JOTO」のロゴと小ネタ、サポーター限定記事です。

https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16818093073178222703

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