113 タロンの抜け道

 

 そして一同は東へと歩みを進めた。


「さぁ、行きますか……!」


 *    *    *    *


 村の東、切り立った山へは、田舎道が続いている。

 麓もやはり森が一層と生い茂り、とてもトンネルがあるようには思えない。

 強化服を着ていても、バイクを押しながら歩くのはかなり骨が折れるだろう。


「チャリスさんのために道と目印を作らないとね」


 ラクモはそういって手斧を取り出す。

 それを見たロランもハンティングナイフ……もとい愛刀『タイユフェル』を取り出した。


(エリクシルにはどうでもいいって言われてたけど、まさかそのエリクシルがねぇ……)


 散歩中に名前について話していたら、意外にもエリクシルが案を出してくれたのだ。

 タイユフェル……"鉄を斬る者"という意味があるそうだ。語感も気に入ったので即採用させてもらった。由来は俺に関係してるって言ってたけど、鉄なんか斬ったっけ?


 鞘から取り出した刀身が、木漏れ日の中で輝きを放ちながら現れる。

 光が刃をなぞり、その美しさを一層際立たせた。

 今日が新生『タイユフェル』の初仕事だ!


「全部切っていくのは大変だから踏み倒していこう。ロランさん、その鉄のモウでお願い」


 ラクモがそういって森の中に入り、手斧でザンザン切り拓いていく。

 ロランはシュン……と『タイユフェル』を元の鞘に納め、鉄のモウバイクをよいせと押し始める。

 ラクモが手斧で低木を切り、踏みしめた草木をロランがバイクで踏み固める。

 コスタンは2人の甘かった部分を処理しつつ、大きめの木に目印を付けて回る。

 エリクシルはそんな3人を応援しながら着いてくる。

 その衣装は上下黒い制服に赤い熱血鉢巻と赤いタスキ掛け……どっかの漫画で見たような恰好だな!?

 4人で作業を進めること15分、山の麓に到着した。


「確かこっちの方」


 ラクモが指さした先は、ツタが覆うように茂っている切り立った山壁だった。

 他よりも微かに暗い箇所を手斧で切り込むと、洞穴が姿を現した。


「あった!」「これが……」


 ツタを切るたびに中に薄く光が差し込んでゆく。

 しかし太陽が真上にあるため、中の構造が見えるほどは明るくならない。

 コスタンが試しに地面の小石を拾って投げ込む。


 カッ、コロッコロロロ…………

 音から洞窟内部が下りになっていることがわかる。


「この暗さでは松明が必要ですが……バイクにも光がありましたな!」

「"バイク"の光?」


 ラクモが首を傾げる。


「ええ、これです」


 ロランがバイクのハイビームを点灯させると、たちどころにトンネル内部が照らされる。


「それバイクって言うんだっけ……。うわっ、すごい光だ……。これ眩しいよね……」

「あっ、ラクモさん……!」


 ロランはラクモがバイクの横から覗き込もうとするのを制止しようとするが間に合わず。


「ギャンッ……!」


 瞳孔が瞬時に縮小し顔を背けると、目をしばたたかせている。

 エリクシルは{あちゃー }といった顔をしている。


「はっは、ラクモさん、それは眩しいに決まっていますぞ」

「眩しいので、直接見ないでくださいね……もう遅いですけど」

「……うん、気を付ける」


 4人は洞窟内部へと入り、エリクシルが索敵パルスを発動する。

 パルスはエコーロケーションのようにも作動し、トンネル内部の情報がロランのARに表示される。


{索敵した結果、洞窟内部の構造が概ね把握できました。天然のトンネルになっているのですね。……少々歪んではいますが一本道のようですのでこのまま進めそうです }

「すごいな、そんなことまでわかるんだ。……うん、確かにここは真っ直ぐ進めば抜けられるはずだよ」

「はっはっは、エリクシルさんが褒められると私まで鼻が高いですなっ!」


 トンネル内は壁面が微妙に濡れ、しっとりとした風が抜けていく。

 床は岩石や粘土、砂の堆積があるが、進むにつれて白い物が混じってきている。


 ギキィーーー! バサバサバサ!

 突如音波のような高音と羽ばたく音が響き渡る。


「うわっ!」「おっ!!」

「小さい"バステオ"だよ」


 ラクモが涼しい顔で説明をする。


{あの形状、コウモリに似ていました }

「バステオ、コウモリ……。センサーに反応はなかったのか?」

{ええ、小さいので魔素も少なく、フィルターで検知されません }

「そっか、小動物や虫が引っ掛からないようにしてるんだっけ。……でも、うぅーん、何度もビビるのは嫌だな。個別にフィルター設定できないか?」

{可能です。……設定を変更しました。この先にも群体がいるようです }

「ふむ……。わかっていれば気の持ちようが違いますからな……!」


 コスタンが額の汗をぬぐう。


「この地面が白いのはフンだったのか……」

{いよいよ燃料に困ったら、フンを採取して火薬を精製するのも手ですね }

「まじかよ……。フンを……。そうならないようにがんばろ……!」


 コスタンとラクモは顔を見合わせてさっぱりわからないとジェスチャーしている。

 ロランはエリクシルが解説しそうになるのを見て制止する。


「今はいいって……。先を急ごうぜ」


 *    *    *    *


 洞窟を進むこと30分、前方を微量の光が見えてくる。


「出口だ!」


 ラクモが出口を切り拓き、皆で新鮮な空気を胸いっぱい吸い込む。


「ふぅー、この近道は助かるなぁ……!」

{船の位置をマークします。最短距離で道を切り拓いていきましょうか! }

「よーし!」


 *    *    *    *


 道中に錬金術、水薬ポーションの材料である薬草や、ヨモギに似た止血草、アプリタケを見つけた。素材にもなる可能性があり分析もしたいので、いくつか採取していく。


「おおー、これがアプリタケ! アプリの実そっくり! 旨そうに見えるなあ」

「食べちゃダメだよ、お腹を下すよ」

{ふむふむ、生食用ではないのですね。となると成分の抽出が必要となると…… }

「それにしてもエルフリーフまであるとは……。タロンの原生林は素材の宝庫ですな!」


 アールヴ……、エルフの長耳によく似た葉を持つ薬草、それがエルフリーフだと教わる。

 ただの葉っぱにしか見えないが、これが水薬ポーションの材料になるとは驚きだ。


「魔物が全然いないし、穴場だよね」

「そういえば、船にいた時もゴブリンくらいしか寄ってきませんでしたね。エリクシル、今はどうなんだ?」

{はい、いるにはいるのですが、近寄ってこないのですよ。わたしたちを警戒しているのか……。そして1体、特に高濃度の反応を示す魔物がいるのですが、遠巻きにこちらの様子を観察しているように思えます }

「ロランさんの匂いとバイクの音を警戒してるんだろうね、本能かな、賢いよ」

「えっ……音はわかるんですけど、俺、臭かったですか?」


 慌ててロランは腋の匂いをクンクンと嗅ぐ。

 それを見たコスタンも臭いチェック。


「くっく……、コスタンさんはおじさんの匂い。ロランさんはたぶん武器の匂い、危ない匂いだよね」

「グサーッ!……おじさんなのは事実ですが……トホホ」

{ああっ、火薬ですかね…… }「武器のかっ! 焦った!」 


 コスタンはがっくり項垂れ、ラクモは笑いを堪えている。


{初探索からずっと火器を携帯していたのは幸いでしたね。しかしゴブリン以上に嗅覚が鋭く知恵の回る魔物もいるとは……今後は更に警戒を強めておく必要がありますね }


 もしかすると高濃度の魔物は、ここ一帯の主の可能性もある。

 ダンジョンの管理を放棄するような未開の地にある危険な森だ、本来であれば相応の経験者が訪れる場所なのだろう。

 そんな森にチャリスを一人で招いて危険はないのか、エリクシルは一抹の不安を覚える。


{……あの、チャリスさんが来るとき、洞窟まで迎えに行った方がいいかもしれませんね }

「うむ、確かに。ロランくんの匂いの」 「武器のね」 「……ゴホン、武器の匂いが牽制となっているのであれば、その通りでしょうな」

「んじゃぁ、10時前に迎えに行こうか。確か3日後だよな。リマインダーよろしく!」

{承知しました }


 *    *    *    *


 森を切り拓くこと3時間、ようやく船の姿を確認した。


「……やっとついた!」「おおおおっっ!!!」「これが……!!!」


 皆汗を拭いながら装備をしまい、キラキラとした驚嘆の表情を見せる。

 ロランはそれを見て自分事のように少し照れながら、ハッチを開く。

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