105 新たな仲間と道標
その耳はピンと立ち、まるで風を切るような軽快な足音が近づいてくる。
振り向いたロランの目に映ったのは、背中に弓を背負い、大きな麻袋を携えたラクモの姿だった。
「おはよう、みんな」
ラクモが気さくに声をかけると、ニョムが勢いよく手を振りながら駆け寄る。
その小さな足音が地面を弾むように響いた。
「ラクモ! 昨日ぶりー!」
「おはよう、ニョムちゃん。元気だね」
そのやり取りにロランも口元を緩めた。
こうした飾らないやり取りが、ラクモの持ち味なのだろう。
「おはようございます、ラクモさん」
「ロランさん、ポートポランはどうだった? 美味しいもの、たくさん食べた?」
予想通りの質問にロランは思わず吹き出しそうになるが、少し誇らしげに答えた。
「はい、ラクモさんも気に入りそうなものばかりでしたよ」
「はは、それはいいね」
満足げに頷くラクモの表情には、どこか抜けたような柔らかさがあったが、それを見ていたコスタンが静かに口を開いた。
「ラクモさんはただの食通ではありませんぞ。彼にはダンジョン経験があるのです」
その一言に、ロランの顔に驚きが走った。
ダンジョン攻略とラクモの柔らかな雰囲気はどうにも結びつかない。
だが、砦攻略の際に見せた的確な判断力や冷静さを思い返すと、腑に落ちるものがあった。
「冒険者登録しているわけじゃないけどね」
ラクモは軽く肩をすくめた。
「……森で狩人をしているうちに、たまに冒険者に案内を頼まれることがあってね。それがダンジョンに入るきっかけだった」
ラクモは軽く肩をすくめると、麻袋から革鎧を取り出して作業台にそっと置いた。
その動きには飾らない優雅さすら感じられ
「森で狩人をしているうちに、たまに冒険者に案内を頼まれることがあってね。それがダンジョンに入るきっかけだった」
{狩人として食材を自分で集めるとは……素晴らしいですね!}
「ラクモさんは耳が良く鼻も利きますからな。索敵においては、エリクシルさんほどではないにしても、大いに役立つでしょう」
ラクモは壁にもたれかかりながら、少し謙遜したように笑う。
「僕の感覚なんて微々たるものだけど、役に立てればいいな。エリクシルさんの能力は反則級だしね」
{反則級……! ありがとうございます!}
エリクシルが嬉しそうに揺れる。
ホログラムからは、楽しげな紙吹雪まで舞い始めた。
それを見たラクモは、思わず目を丸くし、紙吹雪を摘まもうとしていた。
「ラクモさん、例の近道についてもロランくんに話しておくと良いでしょうな」
「……あぁそっか、ロランさんの船までの近道だったね」
「……えっ近道!?」
{それは……!?}
ロランとエリクシルが身を乗り出すと、ラクモは少し得意げに続けた。
「東の山の麓に古いな
エリクシルのホログラムが軽く揺れながら応じる。
{それは素晴らしい情報です! ぜひ案内をお願いします}
ロランとエリクシルはハイタッチを交わし、思わず声を上げた。
「歩いても行けるんじゃねえか!?」
{大助かりです!}
{では、明日の朝出発でいいですかっ? 糧秣は不要なので着替えや装備だけで十分ですよ}
「漂流者の船かぁ、楽しみだなぁ」
そのやり取りを聞いていたチャリスが、大きな溜息をついた。
「くぅ~っ! 俺も行きたかったのになぁ!」
コスタンがチャリスをなだめるように笑う。
「村の防衛を頼めるのは君しかいないのですぞ。村の修繕ができるのも君の腕があってこそですからな」
その言葉を受け入れるように、チャリスはハンマーを掲げて叫んだ。
「仕方ねぇ! 俺の分までしっかり楽しんできやがれ!」
大きな声が鍛冶場に響く。
その無邪気な姿にロランは思わず口元を緩めたが、ふとエリクシルが静かに声を上げた。
{ロラン・ローグ、投影装置を村に設置すれば防衛に役立つかもしれません。試算が必要ですが、可能だと思います}
「えっ、本当に作れるのか?」
ロランが驚くと、エリクシルはすぐに応えた。
{船内の装置を流用すれば十分可能です。船内にはもう装置がなくても困りませんから}
「その手があったか!」
チャリスやコスタン、ラクモも耳を傾けていたが、話が進むにつれ三人とも顔を見合わせて首を傾げた。
「なんだか難しい話だなぁ……」
チャリスが呟く間も、ニョムはその辺の小枝や木片を炉に放り込んで遊んでいた。
エリクシルはその間も、話を簡潔にまとめていく。
{――では、出発してから3日後の朝10時にデバイスをお渡しします。その間に目印も設置しますので、道に迷う心配はありません}
「了解ですぜ!」
チャリスはハンマーを軽く振り上げると、満足げに踊り始めた。
その無邪気な様子に、ラクモは肩をすくめながら微笑んだ。
「チャリスさん、そんなにはしゃぐとまた転びますよ」
「へっ、大丈夫さ! 問題なんざありゃしねぇ!」
言葉の勢いそのままにチャリスは炉へ向かい、鍛冶の準備を始める。
その姿は普段にも増して力強く、周囲に熱気を漂わせていた。
一方で、エリクシルはロランの腕輪を通じてデバイスの設計図を投影していた。
{設置した場所に合わせて視覚的な支援も行える予定です。たとえば、魔物の進行方向を示すなどですね}
「ほう、それは大変有利ですな」
コスタンの言葉に、ラクモが軽く笑いながら言葉を添える。
「漂流者の技術って、本当に驚きだよね。僕たちの常識を超えてる」
「いやいや、大したことはないです。エリクシルが優秀なだけで」
ロランは控えめに言ったが、その姿にラクモは感心した様子だった。
その時、炉のそばで遊んでいたニョムが手を振りながら声を上げる。
「ロラン! 早く船に行こうよ!」
ロランは苦笑いしながら首を横に振った。
「いや、お前はダンジョンには行けないからな」
{ニョムちゃんはお留守番ですよ。危ないですから}
ニョムは頬を膨らませて抗議の声を上げたが、ロランは優しく説得を続ける。
「危ないから仕方ないんだよ。それに村を守るチャリスさんがいるから、ニョムも手伝ってくれると助かるな」
その言葉に、ニョムはしぶしぶ頷いた。
鍛冶場を後にしてムルコの家へ戻る道中、エリクシルが嬉しそうに話しかけてきた。
{お次はケーキの試作です! ムルコさんも楽しみにしているはずですよ}
「そうだな。村の名物として自信を持って送り出せるものを作りたいよな」
ロランの言葉に、エリクシルは元気よくうなずく。
{見た目の工夫を取り入れる案も準備しています。特にカフェで出されていたケーキに負けないように、華やかさを追求しましょう}
「よし、急いで戻って取り掛かるか」
ムルコの家に着くと、子どもたちの元気な声が出迎えてくれた。
台所から顔を出したムルコも微笑みながら言葉を投げかける。
「おかえりなさい。早かったねえ。……ケーキの話、さっそく始めましょうか?」
{もちろんです! 今日は見た目の工夫に挑戦します!}
ムルコはその言葉に頷きながら、エプロンの紐をきつく結び直した。
その眼差しには、村の未来を思う強い意志が宿っているようだった。
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