104 冒険の足音★


{おはようございます。ロラン・ローグ、定刻になりました。恒星間年月日は統一星暦996年9月15日の6時です}

「ふぁ……おはよう……」


 ロランは目をこすりながらベッドから抜け出し、深呼吸して目を覚ます。


{今日はコスタンさんの家を訪ねて、ダンジョン攻略の準備を進める予定ですよ。それから、ケーキの試作をムルコさんと行います。見た目の工夫、味の安定性、量産体制――課題はたくさんありますね!}


 その意気込みに、ロランは苦笑しながら頷いた。


「分かった、ムルコさんを助けて最高のケーキを作ろう。……でもまずはダンジョンの準備だな」


 身支度を整え、子どもたちを軽く起こしつつ、ロランは朝食の席に着いた。

 ムルコがすでに食卓を準備しており、パンやスープ、干し肉の香りが部屋に満ちていた。


「おはよう、ロランさん。今日は忙しくなりそうだね」

「おはようございます。……ダンジョンの準備が終わったらケーキ作りを進めましょうか」


 ムルコはにっこりと笑って頷いた。


「ダンジョンに行く準備も大変そうだね。しっかり食べて行ってね」

「はい、ありがとうございます」


 *    *    *    *


「ニョムも行くーっ!」


 ムルコの制止を振り切ってニョムロケットが扉を飛び出した。


 朝食を済ませたロランは、子どもたちの「いってらっしゃい!」という明るい声を背に受け、ニョムを連れてコスタンの家へ向かった。


 ニョムはロランを置いていく勢いで先を行き、軽やかに足を弾ませていた。

 小さな背中が朝の陽光にきらきらと輝き、まるでロケットのように勢いよく先導する。


「あっちだよ! こっちじゃないよ!」


 振り返っては手を振り、ロランの歩調をせきたてる。


 ロランが苦笑しながらその後を追うと、玄関先にいたサロメが迎えてくれた。

 サロメによると、コスタンは隣人のチャリスの家にいるらしい。


「チャリスさんの家か……初めて行くな」

「ここだよーっ!」


 ニョムが嬉々として先導し、コスタンの家から数軒離れたチャリスの家に到着した。


 チャリスの家は、鍛冶屋の特徴を色濃く反映していた。

 家の横には半屋外の作業場――アウターリビングが広がり、炉がしっかりと火を灯している。

 金床や釜戸、磨ぎ機などの鍛冶道具が整然と並び、活気ある職人の空気を漂わせている。


 ニョムはロケットの勢いそのままに扉を押し開けた。


「おはよー、おじさんたちー!」


 その声に驚いてロランも慌てて続く。


「ごめんくださーい!」


 家の中はムルコ家に似た温かみがありつつも、落ち着いた雰囲気が漂っていた。

 壁際には手作りの棚や椅子が並び、隅には小さな玩具が置かれている。

 子供たちが成長し家を出た後も、大切に保管されているようだった。


「あら、いらっしゃい」


 顔を見せたのは、小柄で華奢な女性だった。

 薄褐色の肌に明るいブロンドの髪が特徴的で、その穏やかな笑みがチャリスの豪快な雰囲気とは対照的だった。


「初めまして、ロランさんとエリクシルさんですね? 村のためにありがとうございます。私はサハヤと申します」


 ロランとエリクシルは丁寧に挨拶を返した。


「あぁ、以前ニョムを送り届けた時にはお会いできませんでしたね」

「ええ、あの日は体調が悪くて家で休んでおりました。でもお話は聞いていますよ。ニョムちゃんも大変お世話になったと感謝しています」


 その声には本当に感謝している様子が滲んでいた。

 ロランは恐縮した様子で、村のためにできることをしただけだと控えめに答える。

 エリクシルもそれに同意するように礼儀正しく感謝の意を述べた。


「おっ! 来ましたかロランさん、待ってましたぜ!」


 鍛冶用のエプロンを腰に下げたチャリスが陽気に声を上げ、家の奥から現れた。


「おや、おはようございます。ロランくん」


 テーブルで話し込んでいた様子のコスタンもこちらに気付き、挨拶を交わす。

 ロランがふと壁に目を向けると、手作りの棚にはいくつもの雑貨が並んでいる。

 奇抜なデザインのものから、素朴で温かみのあるものまで、さまざまだ。


「……おっと、俺が渡した缶詰じゃないか」


 その缶詰は棚の中央に置かれ、まるで祭壇のように飾られている。

 ロランがぽつりと呟くと、サハヤが少し照れたように笑った。


「主人が気に入ってしまって。ロランさんからの贈り物だと言って、大事にしているんですよ」


 そのやり取りを聞きながら、ニョムは棚の周りをぐるぐると駆け回っていた。

 それを見かねたチャリスがニョムを軽々と抱き上げる。


「ニョムちゃん、元気だな!」

「うんっ!」


 笑い声に包まれながら、本題が始まる。


「『タロンの悪魔の木』を殺すって話、聞きやしたぜ! これまた随分と野心的だ!」

「はい! ……最終目標は殺して村の安全を確保することなんですけど、ダンジョンで手に入れた素材を持ち帰れれば村も少し潤うと思って」

「ぬぅん! ロランさんは村のために何から何まで! 俺も負けちゃいられねえや! ちょっと外で一仕事してますぜ!」


 そう言うとチャリスは鍛冶用の手袋をはめ、作業場へと向かった。


「あのダンジョンは森の中だ。魔物も獣や虫が多いはずです! 盾のひとつやふたつあった方がいい! ……おっとニョムちゃん、気を付けるんですぜ!」

「うんっ!」


 しれっとチャリスに着いていったニョムは、おもむろに磨ぎ機を回して遊び始める。

 皆で微笑ましくニョムを見守りながら話を進める。


「……ロランさんには盾は必要ないかもしれませんが、ダンジョン内には素早い敵が多いこともあるので、盾で受けられるようにするべきだと相談していましてな」

「なるほど……」

「このラウンドシールドを調整すればすぐにでも使えますぜ!」


 チャリスが棚から木製のラウンドシールドを取り出し、作業台に置いた。

 その縁は金属で補強されており、堅牢な印象を与える。


「んじゃコスタンさん、腕の寸法に合わせてベルトをつけますぜ」


 作業を始めるチャリスの手際は見事だった。

 革のベルトを切り、金具を叩き、ベルトを取り付ける。

 無駄のない動作にロランは目を見張った。


「……コスタンさん、ダンジョン経験者って、もしかしてチャリスさんですか?」


 チャリスはダンジョンにもある程度詳しいように見える。 

 あの逞しい身体から放たれる一撃は強力だろう。

 もし彼が同行してくれるなら頼もしい。


「いや、彼は頼れる鍛冶屋ですが、ダンジョン攻略は未経験ですぞ。噂をすれば……」


 窓の外、細身で長身の影が近づいてくる。

 その耳はピンと立ち、姿はまるで……イヌミミ?


――――――――――――――――

チャリスの妻サハヤ。

https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16818023213256361234

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