099 マジックアイテム★
「これが魔法のスクロール……!」
ショーケースには癒し、解毒、剛腕、鑑別など、さまざまなスクロールが並べられている。
どれも『初級』と記されているが、値段は安くない。
その中で『鑑定のスクロール』は目立たず、木樽に無造作に突っ込まれていた。
値段の安さゆえだろうか。
{{どれもパピルスに高濃度の魔素反応が見られます。これは魔素を表面に蒸着、いえ焼き付けているのでしょうか……?}}
《焼き付けってなんだよ……》
ロランは頭を抱えながらも、癒しのスクロールについてコスタンに尋ねた。
「コスタンさん、この『癒しのスクロール』って具体的にはどのくらいの怪我を治せるんですか?」
「打ち身や切り傷なら、すぐに治せますな。ただし骨折や重傷には効かないでしょう」
納得しつつも、ロランはふとラエノアを見る。
彼女は軽く眉をひそめていたが、「何かあればお申し付けください」とだけ告げ、無言でカウンターへ戻っていった。
「……以前、膝を怪我したときの話ですが」
「えぇ、あの時は上級の癒しを受けましたな。ですが、完治には至らず、結局引退せざるを得ませんでした。治療費も3,000ルースと高額でしたが、さらに高位の魔法治癒を受ける余裕はありませんでした」
ロランとエリクシルはこの世界の医療が魔法に大きく依存している一方で、その限界を痛感させられた。
教会での治療はスクロールの半額ほどで受けられるが、戦闘中にはスクロールの即効性が重要だ。
僧侶がパーティにいなければ冒険には欠かせない、とコスタンは語る。
「さて、スクロールはこれでいいとして……魔法書も見てみるか」
ショーケースの隣には、ドーム型のガラスに覆われた台座があり、中には古びた本が収められていた。
「これが……魔法書」
表紙には不思議な幾何学模様が描かれ、どこか神秘的な雰囲気を放っている。
『初級:火の魔法書』 ――20,000ルース
『初級』と記された魔法書の値札を見て、ロランは思わず目を見開いた。
信じられない額にぼんやりと見ていると、プニョちゃんが容器越しにピタリと反応していた。
{プニョちゃんも反応しているようですね。この魔法書、相当な魔素を内包しているようです}
《……もしかして食う気か……?》
船の外装に穴を開けるほどの食欲を思い出し、ロランは冷や汗を流す。
「あぁ、これは私が学んだ魔法と一緒ですな」
コスタンの声で、ロランの意識が現実に引き戻される。
以前、コスタンが魔法書を割安で読ませてもらったという話を思い出す。
魔法書は極稀にダンジョンでも見つかることがあり、その希少性がこの価格にも表れているのだろう。
ロランは、皆がこぞってダンジョンに挑む理由が少しわかった気がした。
{いつかロラン・ローグが魔法を会得できれば……と思っていましたが、この値段では難しいですね}
《こんなの図書館で読めたらなぁ……》
軽くため息をつくロランだったが、ふと思い出したことがあった。
「……そうだ、
「あぁ、ラエノアさんによれば、ずいぶん前に取り扱いをやめたそうです。専門店ができたのを機に事業を縮小したらしいですな」
「そうなんですね……。そっちも時間があれば寄ってみたいな」
ロランは首を軽くひねり、気を取り直すとスクロールをいくつか取ってカウンターへと向かった。
「これをください」
『癒しのスクロール』 x 1
『鑑定のスクロール』 x 2
『鑑別のスクロール』 x 1
『火の魔石』 x 5
『氷の魔石』 x 5
『
ロランは巾着袋から慣れない手つきでルースを取り出しながら、ふとラエノアの後ろに目をやった。
頑丈そうな棚に飾られた一振りの短剣が目を引く。
鱗模様の鞘、鍔には宝石か魔石、柄には古びた布が巻かれ、柄頭からは鎖が垂れ下がっている。
刀身の湾曲した形状はジャンビアのようだ。
{{とても強大な魔素反応のある短剣ですね}}
《周りの棚もなんだか不気味だ》
{{棚にも魔素が循環しているので、盗難防止用の魔道具かもしれません}}
《ふーん……》
「……ラエノアさん、後ろの短剣は?」
お釣りの準備をしていたラエノアは一瞬手を止め、冷静な声で答えた。
「あぁ、さすがお目が高い。これは銘品『キューデレザル』、魔法の短剣です」
その一言に、ロランもコスタンも目を輝かせた。
ゴクリ……と喉が鳴る。
「魔法の、短剣……。一体どんな効果が……」
ラエノアは微笑を浮かべながら片眼鏡を持ち上げる。
彼女の冷静な態度とは裏腹に、ロランとコスタンは完全に惹き込まれている。
「フフッ、興味がありますか。手に持ってみますか?」
ラエノアは返事を待たずに棚に手をかざし、小さく呪文を唱えて短剣を手に取った。
柄の部分をロランに向けて差し出す。
ロランは少し躊躇したが、意を決して柄に手を伸ばす。
スラリと鞘から抜かれた刃が淡い緑色の光を帯び、糸を引くような軌跡を残した。
「――刀身が緑色に光ってる!!」
滑らかな刀身は装飾を排した実用的なデザインながら、その光の美しさにロランは目を奪われる。
一方、エリクシルは刀身の魔素反応に興奮し、内部で何かをブツブツ言っている。
「わ、私もっ!」
コスタンも短剣を手に取ると、ランプの光にかざした。
「美しい……。持つだけで、英雄になったかのような力を感じますな」
ラエノアは2人の様子を見ながら静かに語る。
「……神話に謡われるリザール族のジャムハリは、天敵に襲われると尻尾を切り捨てて逃げると言います。しかしどうやら彼はその尾っぽの刺に敵を蝕む猛毒を仕込ませていたのだとか。……そんな逸話が残されたこの短剣は彼の尻尾切りが名前の由来となっています」
「「おぉっ……」」
2人は息を飲む。
神話に謡われる――それだけで、価値が計り知れないものに思える。
「そして最後の持ち主はリザール族の戦士でした。彼はダンジョンで命を落とし、この短剣だけが遺品として発見されたのです。その後、冒険者の手に渡り『魔法のアイテム』として市場に出回ることになりました」
「ダンジョンで遺品が出るんですね……」
「……ええ、
ロランは思わず唸る。
これほどの武器ならば、一度は手にしてみたい――そう思った瞬間、ラエノアが片眼鏡を持ち上げ、値段を告げた。
「この短剣のお値段は、15万ルースです」
{「「15万ルースっ!!?」」}
「……おや? 今、女性の声が聞こえたような」
「いえ、いえっ! 気のせいですぞ。しかしぃ! 15万ルースとは高いですなぁっ」
コスタンが慌てて取り繕う。
ロランはその機転に心から感謝した。
「う、うん、魔法の短剣、興味はあるんですけど……」
それだけの価値がある逸品かもしれないが、正直、自分の銃のほうがまだ信頼できる。
威力も、多分……負けてないはずだ。
そう自分に言い聞かせながら視線を逸らすロランだったが、ラエノアが彼の左腕に目を止めた。
「ロランさん、あなたの左手の腕輪、とても良い品に見えます。交換であればお譲りしますが……」
その一言に、ロランの脳内に警鐘が響き渡る!
{{んぜぇったいに!!! ダメーーーーッ!!!}}
《バカ! 頭ん中がいてぇ!! エリクシル! お前を手放すなんて絶対しない!》
こめかみを押さえ、苦悶の表情を浮かべたロランは、きっぱりと言い切った。
「すみませんが、この腕輪は俺の命よりも大切なものなんです」
その言葉にコスタンは深く頷くと、ゆっくりと短剣を鞘に納めた。
直後、エリクシルからの嬉しい悲鳴が脳内に響く。
{{ロラン・ローグぅ……! ありがとうぅぅ!}}
「……命よりも大切……ますます興味深い品ですね」
当然だ。
エリクシルはただの道具じゃない。
今や感情を持った大事な相棒――代わりなど存在しないのだ!
ロランは負けじとラエノアを見返すが、彼女の瞳は決して諦めの色を見せない。
「……いくら積まれても、すみません!」
「……残念ですね」
ラエノアは眉をわずかに下げ、短剣を棚に戻した。
「この短剣の主に相応しいと思ったのですが……素敵なご主人に買ってもらえなくて残念ね、キューデレザルちゃん」
涙目になってないか? ……やめてくれーっ!
なぜか責められているような気分になり、ロランは視線を逸らした。
「ラエノアさん、あまり私の弟子を虐めないでくだされ、今日冒険者登録を済ませたばかりでしてな」
「……フフッ、そうでしたか。期待の新人でしたものね」
ラエノアは柔らかな微笑みを浮かべながら、短剣を丁寧に棚へ戻した。
そしてお釣りを20ルース手渡す。
本当なら9ルースのはずだが……。
{{先程の無礼!
怒り心頭のエリクシルを置いて、とりあえず冷静に礼を述べるロラン。
「……ありがとうございます」
「今後とも御贔屓に……」
ラエノアの営業スマイルを背に、一行は『サエルミナの魔法雑貨』を後にする。
ロランは彼女を恐れつつも、生きるための努力を怠らない、ヴォイドに生きる住民たちを尊敬するのだった。
――買い物 1,161ルース
――所持金 1,472ルース
――――――――――――――――
ジャムハリ。
https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16818093083082822183
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