100 『グッドマン武具商会』★

 

 ラエノアの営業スマイルを背に、一行は『サエルミナの魔法雑貨』を後にする。

 広がる市場の喧噪の中、ロランは振り返るように口を開く。


「えーっと次は、俺の番! 武具屋に寄っていいですか?」

「ええ、ではそのあとに水薬ポーション屋ですな」


 コスタンはいつも通り穏やかな笑みを浮かべている。

 ロランの足取りも軽かった。


 ――『グッドマン武具商会アーマリー

 ジリンジリン……。

 扉を開けると、透明感のあるベルの音が店内に響いた。

 その瞬間、ロランは目の前に広がる光景に釘付けになった。


 右手には槍や剣が整然と掛けられ、左手には革鎧や金属の鎧が並べられている。

 壁いっぱいに広がる武器の数々は圧巻で、中央にはショーケースが置かれ、そこには宝石細工のような装飾が施された高級品が納められていた。


「うわぁお! すっげぇ!!」


 声を上げるロランの横で、コスタンが小さく笑みを浮かべる。


「この店は良い品揃えですな。どれも丁寧に手入れが行き届いている。ロラン、この機会にじっくり学ぶといいでしょう」


 ロランは頷きながら、目の前に並ぶ武器や防具に目を輝かせた。

 その姿に、店主がにこりと微笑みながら声をかける。


「いらっしゃいませ。どうぞごゆっくり見ていってください。冒険者の方でしたら、装備の選び方や使い方についてのアドバイスもいたしますよ」


 その声は穏やかで、長年この仕事に携わってきた者ならではの自信に満ちていた。


 ロランがショーケースの中の剣を食い入るように見つめていると、コスタンが槌のような武器を手に取り、話しかけてきた。


「例えば、岩トロールが相手だとすると、奴らの硬い装甲には槌や斧のような打撃武器が向いているんですな。一方で、剣や槍は剥き出しの柔らかい部分を狙うのが良い。討伐対象によって武器を変えるのは当然なのですよ」

「へぇ……武器を変える……。でもそんなにたくさん持ち歩けるもんなんですか?」


 ロランの素朴な疑問に、コスタンはふっと笑みを深める。


「ええ、持ち運びの工夫は色々あります。パーティ内で武器を貸し借りすることもありますし、荷物持ちポーターを雇うこともあります。それに、『魔法のマジックアイテム』があれば、持ち運びが楽になる場合もありますからな」


 その話を聞いて、店主が微笑みながら加わる。


「装備は討伐対象によって変えるのが基本です。それに、防具も重要ですよ。魔物に近接する方なら動きやすい革鎧、あるいは攻撃をしっかり防ぐ重装鎧が向いています」

「防具ひとつ取っても奥が深いんですね……」


 ロランは感心しつつ、ショーケースの値札に目を向けた。


「標準的な鉄の剣で500ルース……鋼鉄の剣は5,000ルースか。防具も革鎧で1,000ルース、重装鎧は20,000ルース……高いな……」

「当然これらの装備の維持や修理にも費用がかかります。摩耗が激しい場合は買い替えるほうが安上がりなんですよ」


 店員の言葉に、コスタンは苦笑しながら付け加えた。


「冒険者の収入は、ほとんどが装備や補給品に消えるものです。だが、それで命が守れるなら惜しむべきではありません」


 ロランはその言葉に小さく頷いた。

 装備の重要性は十分理解したつもりだったが、こうして具体的に数字を突きつけられると、改めて冒険者という職業の厳しさを思い知らされる。


 店主はロランの視線を感じ取ったのか、微笑みを浮かべながら補足した。


「いい装備は、冒険者にとっての誇りでもあります。自分の命を守るものですから、慎重に選んでくださいね。それに、戦闘を長引かせれば装備が壊れやすくなるし、怪我のリスクも増す。だから装備の選び方だけでなく、戦術も重要なんです」


 コスタンも真剣な表情で頷き、ロランに目を向ける。


「戦闘を短期で終わらせる、それが命を守るための基本です。戦いは効率がすべて。長引くほど収益も減りますし、損耗が激しくなれば修理費だってバカになりません」

「……効率か……」


 ロランはその言葉を噛みしめるように反芻した。

 武器や防具はただの道具ではない。

 それを支える知識や戦術がなければ、冒険者としては一人前にはなれないのだろう。


 その場の空気を和らげるように、店主が柔らかく笑いながら言葉を添える。


「とはいえ、迷ったときは何でもご相談ください。当店では、お客様にぴったりの装備をご提案いたしますよ」


 その言葉にロランは一瞬驚き、エリクシルにそっと通信を送った。


《……この店員さん、やたら親切だな》

{{『グッドマン』という店名に恥じない対応です。ロラン・ローグ、良い店に巡り合いましたね}}

《ああ、確かに。こういう店なら安心して装備を選べそうだ》


 ロランはショーケースを見回しながら、展示されている武器を一つひとつなぞるように目で追った。

 ある剣の鍔には精緻な彫刻が施され、鞘の表面には艶やかな革が使われている。

 少し手を伸ばせば届きそうな距離に、その刃の冷たい鋼の感触があるように思える。


《でもさ、こういう武器や防具って、俺たちの世界じゃ博物館に飾られてるようなものだよな》

{{おそらく、この世界では中世の技術がさらに発展したものです。ただし、対人戦闘ではなく、魔物を相手にすることを前提に進化していますね。素材の選び方や作りの細やかさからも、その特化ぶりが感じられます}}

《対魔物用……か。確かに、こんなにゴツい防具を人間同士で使うとは思えないもんな》

{{防具の形状だけでなく、武器の設計にも魔物との戦闘経験が反映されているのでしょう。岩トロールのような大型魔物、あるいは飛翔する敵への対処を考えた結果の進化と思われます}}


 この世界の冒険者たちは、命を賭ける代わりに、こうした技術の粋を結集した装備を手にする。

 それがどれだけ重みのある選択なのか――今はまだ、彼には完全には理解できない。


 そうした中で、ふと投擲用の短剣に目が留まった。

 ほかの装備と比べれば目立たないその刃は、実用性を最優先に作られた無骨な形状をしている。

 柄はシンプルだが、投げやすさを考えてか、微妙に重心が調整されているのが見て取れた。


「使うかわからないけど、これにしよう」

{{値段も手ごろです!}}


 教えてもらった知識への感謝を込め、ロランは最も安価な投擲用の短剣を10本購入することに決めた。


「1本13ルースですが、10本で100ルースにしておきますよ」

「本当ですか! ありがとうございます!」


 店主の心遣いに感謝を述べ、ロランは短剣を大切にしまい込む。


 店を出たころには幾分か日も暮れてきていた。

 "例の賭け"のためには|水薬ポーションもあった方が良い。

 予定時刻を過ぎる可能性もあるが、寄るべきだろう。


「コスタンさん、次は水薬ポーション屋ですよね!?」

「ええ、それはもちろん。今日はそれを最後にして、物資を買って帰りましょうか」


 ロランの足取りには、冒険者としての自覚と少しの期待が込められていた。


 ――買い物   100ルース

 ――所持金 1,372ルース

――――――――――――――――

人物名鑑孤高の冒険者。

https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16818023213086154741

西洋風の甲冑。

https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16818023213153864926

グッドマン武具商会のロゴ、看板。

https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16818093079563147528

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