商業ギルド
095 ギルド喫茶★
「さて! お次は商業ギルドですな!」
街の喧騒が2人の背を押す中、ロランたちは次の目的地へと向かった。
「ギルドには喫茶も併設されています。村のケーキが通用するものなのか、比べるためにも味わってみましょうか」
「それはいいですね! ケーキ、売れるといいなぁ」
幸い『スズキ』の料理は控えめなボリュームだったため、甘味なら問題ない。
ロランは少し期待を胸にコスタンの提案を承諾した。
商業ギルドは冒険者ギルドとは雰囲気が一変していた。
磨き上げられた大理石の床や木製の調度品が洗練された印象を与え、芳醇な紅茶の香りが漂う。
中央には透き通った青い水晶が台座に浮かび、淡い光を放ちながら金属のリングがゆっくりと回転している。
その荘厳な雰囲気に、ロランはしばし足を止めた。
「あれが転移石ですな」
コスタンが小声でつぶやいた。
ちょうどその時、水晶が輝き、光の中から一組の男女が現れた。
光の粒子をまといながら、徐々に実体化するその様子はまるで魔法のようだった。
「……本当にヒトが出てきた!」
ロランが驚きの声を漏らすと、エリクシルが通信で応じた。
{{転移によるものと思われます。非常に高濃度の魔素反応を検知しましたが、詳細は解析不能です……}}
《すごいな。帰りに詳しく見ていこう。それよりも今はケーキだな》
興奮気味のエリクシルをなだめつつ、ロランはコスタンと共にギルドのカウンターへ向かった。
カウンターには清潔感のある制服を着た男性職員が立ち、柔らかい口調で声をかけてきた。
「いらっしゃいませ。ご用件をお伺いします」
「商談の取次をお願いしたいのですが」
「ご予約はございますか?」
ロランは心の中で(予約なんてしてないよな)と思いながら、コスタンを横目で見る。
「いえ、飛び込みです」
「左様ですか。商品は現在お持ちですか?」
「はい、このケーキなのですが……」
コスタンはロランの抱えていたバスケットの布をめくり、中のケーキを見せた。
「……少々お待ちください」
男性職員はカウンター裏の部屋へと姿を消す。
間もなく戻ってきた彼は、書類を手に軽く頷いた。
「30分ほどお待ちいただければ、取次が可能です。それまでに喫茶でお待ちいただくのもよろしいかと」
「ありがとうございます。では、そのように」
「承知しました。ご予約のためにステータス開示をお願いします」
「……ステータス開示」
コスタンの名が端末に映し出され、職員が確認する。
続けてロランの方を向き、事務的な口調で尋ねた。
「お連れ様も同席なさいますか?」
「もちろんです」
職員の視線がロランに向けられると、コスタンがロランに目配せをする。
「……あ、はい。ステータス開示」
ロランがステータスを開示すると、職員の視線が一瞬鋭くなり、その後すぐに柔らかさを取り戻した。
だが、その一瞬の変化をロランは見逃さなかった。
「
職員の落ち着いた口調を聞きながら、ロランは眉をひそめた。
《……なんか、じっと見られてた気がするけど……》
{{自由民を強調していましたね。苗字持ちであることに注意を払ったのではないでしょうか}}
《あぁ、そういうことか……》
「さて、喫茶に向かいましょう。丁度良かったですな」
* * * *
商業ギルドの一角にある喫茶スペースは、柔らかな光が差し込む落ち着いた空間だった。
ティーポットの絵が描かれた看板が目を引き、漂う紅茶の香りが来訪者を優しく迎える。
ロランとコスタンは空いているテーブルに腰を下ろすと、羊皮紙で作られた年季の入ったメニューに目を落とした。
「どれどれ……」
メニューの1ページ目には飲み物と挿絵が並んでいる。
『ラクシュメル産 シャンドニティー』 ――6ルース
『アウルム産 スノック』 ――6ルース
『フィラの湧水・ソーダ』 ――4ルース
《紅茶一杯7ルース……》
{{
《喫茶店の飲み物が高いのは当然なんだろうけどよ……》
{{ロラン・ローグ、あなたの好みのコーヒーも高価なものですよ。嗜好品は高いものです}}
《その辺のコーヒーと比べたら断然旨いからな? ……こっちはケーキか》
次のページには焼き菓子があった。
『季節の果実ケーキ』 ――8ルース
『モカカンポタルト』 ――8ルース
『エルフの焼菓子』 ――7ルース
『ポンヌコワ』 ――5ルース
『ラスキスプラ』 ――5ルース
『シェガール』 ――5ルース
《挿絵はあるけど、果実ケーキとエルフの焼き菓子しかわからねぇぞ……!》
{{シアン族のように、種族語がそのまま商品名になっているのかもしれませんね。このままでは選ぶのが難しいです}}
エリクシルがロランとやりとりしていると、コスタンがメニューをパタンと閉じた。
「私はこのおすすめケーキセットに決めましたぞ! 正直挿絵を見てもわかりませんでしたから、季節の果実ケーキとそれに合う秋摘みアミルティー。村のケーキと比べるならこれがいいと思いましてな」
迷いなく選び終えたコスタンが笑顔を向ける。
ロランはその姿を見て感心しつつ、再び自分のメニューへと視線を落とした。
「なるほど、比べるのも楽しみですね……」
「そうですが、ロランくんは好きなものを選ぶと良いですよ。私のも味見して構いませんしな!」
「そう言われるとありがたいですけど……うーん、でも何を選ぶか迷うなぁ……」
メニューを睨みつつ考えていると、ふとラクシュメルという文字に目が止まった。
《このラクシュメルってのに……聞き覚えがあるんだよなぁ》
{{ラクシュメルといえば、コスタンさんのご子息が砂の都サンディナバルのダンジョンを攻略した国ですね。せっかくですから、それにしてみてはいかがですか?}}
《なるほど、……ものは試しだ!》
ようやく決心がついたロランは、顔を上げて巾着袋を取り出した。
「俺はモカカンポタルトとシャンドニティーのセットにします! ここも俺が持ちますね!」
「ありがたい、ではお言葉に甘えますぞ」
ウェイターが注文を取りに来ると、すぐに品物が運ばれてきた。
テーブルに置かれたケーキと紅茶は見た目も美しく、思わず2人は視線を釘付けにした。
ロランはまず、モカカンポタルトを一口。
「……うまい! この酸味と甘味のバランス、たまらないな!」
果実の酸味とカスタードの甘味が口の中で溶け合い、サクサクとしたタルト生地が食感を加える。
一方コスタンは、季節の果実ケーキを楽しんでいた。
「む、これは……! クリームも軽やかで、果実の香りを引き立てていますな!」
ふんわりとしたスポンジと新鮮な果実のジューシーさが見事に調和し、感嘆の声を漏らす。
2人でそれぞれのケーキを味わい尽くし、次第にお互いの皿を交換し合う。
「ロランくん、この果実ケーキも試してみたまえ!」
「コスタンさんも、こっちのタルトをぜひ!」
笑顔を交わしつつケーキを味わう2人の姿に、エリクシルがぽつりとつぶやく。
{……いいなぁ。私もいつか……}
「そのうちきっと味わえるさ」
ロランが微笑みながら応じると、コスタンがふと真顔になった。
「……これは、見た目も味も想像以上ですな。村のケーキでは到底太刀打ちできないかもしれませんぞ」
コスタンの声には、村の未来を案じるような響きがあった。
ロランもその言葉に気を引き締める。
「でも、見た目の勝負だけが商談じゃないはずです。やれるだけやってみましょう」
その言葉に、コスタンが微笑んで頷く。
「うむ、シャイアルケーキも味は負けてませんな!」
コスタンが気を新たにし、紅茶の最後の一口を啜ったところで、先ほどのギルド職員が近づいてきた。
「コスタン様、ロラン・ローグ様。商談の準備が整いました。こちらへどうぞ」
「ありがとうございます。では、行きましょうか」
ロランも腰を上げ、少し緊張した面持ちで後に続く。
心地よい甘味の余韻を胸に秘めながら、次なる挑戦――商談の場へと足を踏み入れた。
――甘味代 27ルース
――所持金 2,633ルース
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商業ギルドの内観。
https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16818023212729108101
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