094 『カッポウ・スズキ』★
《スシだ! やっぱりスズキの料理だ……どうする? いきなり聞いてみるか?》
{{ここは食事の場です。彼は案内受付ではありませんよ? 食事を楽しみながら自然と尋ねる方が良いのではないでしょうか}}
《そうだな。……自然に尋ねる自信がないから、エリクシル、文言を頼むぜ》
{{お安い御用です。ではメニューを決めてください}}
「お客さん初めてですよね?」
とここで、ロランの背後から女性が声をかけた。
このワフウな装いの女性はオカミマスターだ。
「あ……はい、そうです」
「こちら、おしぼりです。手を拭いてください。それからどうぞ、お茶です。熱いので気を付けてください」
オカミマスターは笑顔で陶器の湯飲みを置いた。
立ち上る湯気と香ばしい香りが漂う。
「ありがとうございます」
「メニューもありますが、今日は良い魚が入っています。初めてならおまかせがおすすめですよ」
コスタンはすかさず「では、おすすめを」と注文し、一安心した様子でおしぼりで手を拭き、お茶を啜る。
その穏やかな笑顔に、ロランも倣って「俺もおすすめで」と応じた。
異国情緒溢れる店の雰囲気に呑まれ、詳しく尋ねるのをためらったロランだったが、これが最良の選択だと確信する。
「……承知しました。おすすめふたつです」
「ッェェエッイ!!」
オカミマスターの声にイタマエシェフが威勢よく返事をすると、手際よく料理の準備を始める。
ロランも一息つき、お茶を啜りながら、思いついた疑問を口にする。
「……コスタンさん。さっきから気になっているんですけど、漂流者の末裔ってどんな人たちなんでしょう?」
コスタンは湯飲みを置き、少し考え込むように頷いた。
「ふむ、末裔ですか……。血も薄れ己の祖先が漂流者であることを知らぬ者もいると聞きます。知っていたとしても、それを話すかどうかはわかりませんな」
疑問に思ったロランに対して、エリクシルが通信で考えを述べた。
{{漂流者は元の世界に帰れない限り、定住する他ありません。元の生活を封印する方が都合が良い場合が多いでしょう。しかし、この店はその枠を超えた何か特別なものを持っているのかもしれません}}
《確かにな。普通ならこんな風に自分の文化をそのまま出したりしないよな……》
ロランはエリクシルの言葉に納得しつつも、この店がなぜ例外的に「スズキ」の名と文化を守っているのか、ますます興味をかき立てられた。
「情報が得られるかはわかりませんが、少しでも話を聞ければいいですね」
「うむ。それにはまず、この料理を楽しむのが礼儀ですぞ」
コスタンが微笑むと、ちょうどオカミマスターが料理を運んできた。
「本日のおすすめになります。朝獲れのヒレナガの焼き物にお造り3種、オオアゴのつみれ汁、ナスピの漬物とコマチナの和え物です」
小ぶりな皿に盛られた焼き物や、彩り鮮やかな小鉢がカウンターに並べられる。
ロランは漂う香りに思わず深呼吸した。
「うむ、これは良い香りですな!」
コスタンが箸を手に取り、ひと口味わう。
ロランも焼き物を口に運び、頷きながら感想を漏らす。
「うまい……これ、すごくうまいな!」
「うむ! これは素晴らしい! 素材の味を活かしているのですな。香辛料も控えめで、これほど魚の旨味を引き出せるとは驚きです!」
コスタンが上機嫌で感想を述べる中、ロランはイタマエシェフに勇気を出して話しかけた。
「このお店の名前……スズキって、どこか特別な由来があるんですか?」
シェフは一瞬手を止めると、柔らかい笑みを浮かべながら答えた。
「店名は初代が名付けたものですね。祖国の味を伝えるため、各地に店を構えたと聞いています。さきほどちらりと耳に入りましたが、私はたしかに漂流者の末裔ですよ」
「やっぱり! ……ちなみに祖国というのは?」
「……東の大陸、ハヌラーのさらに東にある島国――ラサリットです。この料理もその国の伝統を受け継いだもので8代続いています」
「8代目っ! それにラサリット……初めて聞く名前です。それがなんでまたここに?」
「ポートポランは貿易の要、様々な文化が交わり、海産物も素晴らしい。暖簾分けするならここだと決めていました」
「そこにはどうやって行くんですか? 」
「祖国の場所は聞いたことがありますが、実際に訪れたことはありません。船で長い旅になるでしょうし、途中の海域は荒れると聞きます。転移石については……私も詳しくは知らないのです」
シェフの言葉を受け、コスタンが湯飲みを置いて話に加わった。
「転移石は、この後向かう商業ギルドにありますな。詳細はそちらで確認するのが良いでしょう。ただ、一つだけ言えるのは、転移には莫大な金額が必要だということです。そして、大陸をまたぐような遠い地への転移には、途中で乗り継ぎが必要になるはずです」
「乗り継ぎ……?」
ロランが驚きながら尋ねると、コスタンは静かに頷いた。
「ええ、転移石にも距離の限界があります。それに、ラサリットに転移石があるかどうかすらわかりませんな。すべての場所に設置されているわけではないと聞きますから」
話が一区切りし、食事を楽しんでいると、コスタンが思い出したように口を開いた。
「そういえば、ラサリット出身かはわかりませんが、『フテンの一族』と名乗る冒険者に会ったことがありますぞ」
コスタンが箸を置きながら笑みを浮かべた。
「角馬に乗った弓使いで、見慣れぬ武具を携えていました。興味が湧いて声をかけたら……『失せろ!』と一喝されましてな!」
ロランはお茶を飲みながら、目を細める。
「……それ、ただのナンパだったんじゃ?」
{{ですよねぇ……}}
コスタンは慌てて手を振る。
「いやいや、純粋な好奇心ですぞ! 文化の違いを学びたかっただけですとも!」
ロランは呆れたような笑みを浮かべ、箸を置いた。
ロランたちは料理を味わいながら情報を収集し、満足げな表情を浮かべていた。
エリクシルがふと通信を通して告げる。
{{"賭け"についてお話しすると約束しましたが……}}
《あぁ、忘れてたな。帰りに話そう》
ロランは、賭けの件を思い出して苦笑いしながら提案した。
そして未練がましく「海の竜頭亭」のドラゴン焼きが脳裏をよぎるが、次回の楽しみにと心に決め、会計へと向かった。
『カッポウ スズキ』のおまかせ定食は二人分で60ルース。
ロランが支払いを済ませようとすると、コスタンも負けじと財布を取り出した。
「いやいや、ここは私が――」
「いやいや、俺が払いますよ!」
二人で押し問答をしている間に店の扉が開き、セクシーな風貌の女性冒険者が姿を見せる。
コスタンは一瞬で視線を奪われ、言葉を失った。
その隙に、ロランはすばやく代金を支払い、勝ち誇ったような表情を浮かべる。
コスタンがようやく気づき、「たはは」と苦笑しながら肩をすくめた。
《……これで確信した。絶対ナンパだったな》
{{わたしもそうおもいました!}}
エリクシルの淡々とした声に、ロランは肩を揺らして笑った。
外に出ると、コスタンは大きく伸びをし一息ついた後、気合を入れるように声を上げる。
「さて! お次は商業ギルドですな!」
街の喧騒が2人の背を押す中、ロランたちは次の目的地へと向かった。
――昼食代 60ルース
――所持金 2,660ルース
――――――――――――――――
セクスィー風冒険者。
https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16818023212644209312
フテンの一族。
https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16818023212644210668
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