086 冒険者の第一歩★


 ロランは顔をしかめ、手引き書を持ち上げてみる。

 重い。まるで煉瓦だ。


《こんなの、何日かかっても読み切れる気がしないぞ……》

{{心配いりません。わたしが速読スキャンで情報を収集します。ロラン・ローグはただページをめくるだけで結構ですよ}}

《ページをめくるだけ? そんな簡単な話なのか?》

{{はい、何事も適材適所ですからね。得意なことは任せてください}}


 ロランは渋々と手引き書を開き、ページをパラパラとめくり始めた。

 彼自身は内容を全く追っていないが、エリクシルは映像データから内容を次々と吸い上げていく。


「ロランくん……? なんだか、適当にめくってるように見えますが……?」

「え、えっと……これで大丈夫です」

「そうなんですか?」


 コスタンは首を傾げながら、ロランの手元をじっと見つめる。


{{情報の抽出は順調です。さぁ、あと少し頑張ってください!}}

《助かるけど、これを人前でやるのは妙に目立つな……》


 エリクシルはスキャン中に収集した内容を整理し、ロランの視界に拡張現実ARの形式で表示する。

 冒険者ギルドの仕組み、登録後の特典、依頼と貢献度と等級制度、メンター制度。

 細かい規則や詳細な説明が一覧化され、ロランの目の前に広がる。


{{これで手引き書全体の要点は収集完了です。仕組みは思った以上にしっかりしていますね。中世的な社会制度としては非常に高度な管理体制です。要約すれば――}}


 個人の成長と社会の秩序を両立させ、罰則や活動状況の確認で規律を保つだけでなく、国や領主の裁定に基づく運営や他ギルドとの提携を通じて広範な連携を実現する仕組みになっているらしい。


《……たった数分で全部読んだのか? 本当にすごいな、エリクシル》

{{当然です! これくらいで驚かれては困ります}}


 扉の奥から軽快な足音が響き、ロランが振り返ると、戻ってきたビレーの姿が目に入った。

 タイミングを見計らうように彼は声をかける。


「えーっと、ビレーさん」

「はい?」

「もう読み終えたので、大丈夫です」

「えっ!? 読み終わったんですか? そんなわけないでしょう~!」


 ビレーは半ば呆れたように、ロランと分厚い手引き書を交互に見た。

 しかし、ロランは視界に浮かぶエリクシルの整理したデータを確認しながら、すらすらとギルドの仕組みについて語り始めた。


「冒険者ギルドでは登録者に認識票を発行して、主要都市の入場税が割引になりますよね。それから併設された施設と関連施設の利用料や武具の修理代も安くなって……」


 ビレーの顔から笑顔が消え、口がぽかんと開いた。


「……ほんとに、読んだんですか?」

「はい、ちゃんと頭に入っています」


 ロランは胸を張って堂々と答える。

 その姿には少しの迷いも見えなかったが、背後ではコスタンが口元に手を当てて笑みをこぼした。


「……まっ、死なずに依頼を達成していただければ、それでオールオッケーです! あ、失敗されたら残業確定なので、そこだけ勘弁してくださいね~!」


 ビレーが話を切り替えるのが早いところを見ると、どうやら彼女は信じていないのだろう。


(まぁ、当然だわな)


「……次に、冒険者登録の手続きに移りますね~。まずはこの書類に記入をお願いします!」


《えっ、俺、字書けないんだけど……》

{{拡張現実ARにてサポートします。大丈夫、上からなぞるだけですよ}}

《助かるなぁ……!》


 ビレーが用意した用紙をテーブルに広げ、その内容に目を通したロランは、思わず眉をひそめた。


「……希望する職能ジョブと得意武器、かぁ……」


 欄外に目を落とすロランの頭には、真っ先に自分が扱える武器――銃――のことが浮かぶ。

 しかし、それはこの世界では極めて特殊なもので、自分が漂流者であることは伏せておくべきだ。


《どうする、エリクシル? 俺、他に何が得意かわからないぞ》

{{近接武器、特に剣の扱いを多少習得していましたよね? これまでの実戦では小鬼ゴブリンを剣で倒しています}}

《そうか、剣か……。でも俺、プロってほどじゃないし……》


 ロランの表情に影が差し、彼が何かを言いかけては口をつぐむ様子を見かねたのか、隣で控えていたコスタンが口を開く。


「……剣ですな。ロランくん、小鬼ゴブリン相手に見事な身のこなしだったと思いますぞ」

「コスタンさんがそういうなら……」


 元冒険者のコスタンから見ても剣が相応しいようだ。

 ロランは頭を下げてコスタンに礼を告げた。


「……いいですねぇ~! 戦士タイプってことですね! それで、魔法は使えたりするんですか?」

「いや、魔法は全然……」


 ロランが肩をすくめながら答えると、ビレーは気にすることなく微笑んだ。


「なるほど~! まぁまぁ、それが普通ですって! 魔法が使える冒険者なんて、最初からはほとんどいませんよ。魔法書を手に入れるのが大変ですし、読めたとしても習得には根気が必要ですからね!」


 その言葉にロランは驚いたように目を瞬かせる。

 ビレーは楽しそうに続けた。


「だから心配しなくていいですよ! 冒険者って、本当に色んなタイプがいますから。剣で戦う人もいれば、弓や道具を駆使する人も。みんな自分の道を見つけて成長していくんです!」


 ロランはビレーの明るい励ましに一安心したものの、胸の中にはまだ少し迷いが残っているようだった。


《俺、戦士としてやっていけるかな……》

{{初めは誰もが初心者です。得意分野は冒険者生活の中で見つけていくもの。適応力があなたの武器ですよ、ロラン・ローグ}}


 エリクシルの声に背中を押され、ロランは気を取り直して書類にペンを走らせた。


「オッケー! 希望職能ジョブは戦士、ですね! 登録が終われば、すぐに基礎訓練や簡単な依頼をこなせるようになりますよ!」


 ビレーの元気な声が響き渡り、ロランの心にも少し自信が芽生えてきた。


「では次に冒険者鑑定と登録に移りますね! これが済めば、ロランちゃんも晴れて1等級の冒険者です!」


 エリクシルが拡張現実ARに表示した補足によれば等級は1から最大10まで。

 最高等級ともなる冒険者の存在とは、ふとした疑問をロランは口に出す。


「……そういえば、10等級にはどんな人がなるんですか?」

「それはですね~最高等級はドラゴンを討伐するような猛者だけが到達できるんですよ~」


 ビレーが熱っぽく語る言葉に、ロランは驚いたように聞き返す。


「ドラゴン……本当に討伐できるんですか?」

「できますとも! 竜狩りのクラン『玉翁ぎょくおう』の盟主が10等級の代表例です。彼らは旧街道の竜を討伐したことで有名なんですよ~!」


 その話を聞いたロランは、以前ニョムが語っていた竜の骨の話を思い出した。


《やっぱりドラゴンがいるのか、白花の丘を飛んで行ったのもそうかもな》

{{音速で飛翔する生物をも討伐してしまう冒険者集団とは、恐ろしいですね。想像もつきません}}


 エリクシルの冷静な分析に、ロランは小さく頷いた。


「お待たせしました~お次は鑑定タイムでーす! まずはロランちゃんが身分を偽っていないか確認しつつ職能ジョブも登録しちゃいます~。こ・こ・に~手を置いちゃってください!」


――――――――――――――――

依頼掲示板のイメージ。

https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16818023212095311260

犯罪についての補足ノート。

https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16818023212109649478

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