076 崩れゆく巨影★

 

 エリクシルが討伐完了を報告する否や、コスタンとチャリス、ラクモが声をあげた。


「むむっ!?」「おっ?」「おや……」


 ロランはふうと息を吐き、安堵の表情を浮かべていたが、慌ててコスタンたちの方を向く。


「どうしました!?」


 非常事態かと思い心臓がバクバクと脈打つが、どうやらそうではないらしい。

 コスタンは手を握ったり開いたり、地面を足で軽く踏みしめたりしている。

 チャリスは腕をぶんぶん振り回し、ラクモは静かに柔軟体操を始めた。

 あまりにも珍妙な光景に、ロランは眉をひそめた。


「なんだか、身体の詰まりが取れたような感じがしまさあ! 力が入りやすいというか……まさか、覚醒か?」


 コスタンとチャリスが顔を見合わせ、ほぼ同時に頷く。


「……えぇ、えぇ、長いこと越えられなかった壁を越えたようです」

「ついに来ましたぜ!」


 ロランは戸惑いながらも、彼らの達成感を感じ取る。


(コスタンさん以外にもそれぞれの壁があったんだな……)


 そのとき、「ピシッ」と何かがひび割れる音が聞こえた。


「ん? なんだ?」


 ロランが音の方向を見ると、岩トロールの体表にひびが走り、やがて全身が砂のように崩れ始めた。

 突き刺さっていたダインスレイブも石畳に転がる。


「エリクシル、これは一体どういうことだ?」

{非科学的ではありますが……おそらく魔石が核として岩トロールの生命を維持していたのかもしれません}


 ロランが呆然と立ち尽くしていると、コスタンが崩れた瓦礫を調べ始めた。


「魔石は残っているのか?」

「こんだけ外殻がボロボロじゃ素材にもなんねえぜ!」

「おおっ、ここに頭の角が残っていますな! 討伐証として使えますな。……ただし、この大量の瓦礫は重たいですぞ」


 コスタンが苦笑しながら瓦礫を動かし始めると、村人たちも手伝いに加わる。

 ロランは少し手を止め、エリクシルに問いかけた。


《魔物の素材って価値あるんだな》

{ええ。牙や角は装飾品や道具として利用されることがあります}

《なるほどな……》


 納得したロランは再び瓦礫をかき分ける作業に戻った。

 エリクシルが魔石の位置を特定し、ロランが輝く魔石を発見する。


「ここにありました!」


 ロランは魔石を片手に持つと、ずしりとした重みを感じた。

 琥珀色に光るその表面には、煙水晶のような透明な模様が見える。


「エリクシル、これ、船に持ち帰ったほうがいいよな?」

{ええ。ただし、現在の設備では組成の詳細な分析は難しいので、簡易スキャンで確認するのが良いかと}


 ロランは端末を魔石にかざした。

 ピピピッ、と電子音が響き、スキャンが終了する。


{これは……非常に高い魔素濃度です! 期待以上ですね}

「よっしゃあ! でかい分だけ価値もあるってことだな!」


 コスタンとチャリスが魔石を覗き込む。


「……随分大きな魔石ですな!」

「こんなの初めて見ますぜ!」


 ロランが魔石を掲げると、光を受けて琥珀色の輝きが増した。

 その中に煙水晶のような透明な層が見える。


「これなら高値で売れそうですね」

「確かに格の高い魔物の魔石は流通しづらい。相当な値が付くでしょうな!」


コスタンとチャリスが魔石を手に取り、そのずしりとした重みを確かめながら顔を見合わせる。琥珀色の魔石が光を受けて鈍く輝き、その中に煙水晶のような奥深い層が見えた。ロランはふたりの表情を見つめながら、静かに口を開く。


「これを売って少しでも村の役に立ててもらおうと思って――」

「それは受け取れません!」


 コスタンの言葉は鋭く、揺るぎないものだった。


「私の依頼で村を救ってくださったばかりか、このような貴重な魔石まで……これ以上は流石に甘えられません!」


《……エリクシル、どう思う?》

{{討伐証で得られる報酬を寄付してはどうでしょう?  魔石は私たちが確保したいところです。槍や弾丸の補充にも役立ちますから}}


 ロランはコスタンに提案する。


「じゃあ、討伐証で得た報酬を村の資金にするってのはどうですか?」

「そちらも受け取れません……。討伐証の報酬はロランさんに支払われるべきものです」


 コスタンの毅然とした態度に、ロランはしばし言葉を失う。


{{……コスタンさんの意志は固いようです。お金ではなく、物資の形で村を支援するのはいかがですか?}}

《それだ!》


「わかりました……。ではひとまず魔石と討伐証は俺たちが貰いますね」


 ロランは魔石をしまうと、今度は岩トロールの角を両手で持ち上げ、村人の持つ松明の傍に掲げてみる。

 何も変哲のない尖った岩のように見えるが、これだけは崩れることなく残っていた。

 明りにあててよく見ると、岩の中にきめ細かいガラス質のようなものが混じっているのが見える。


「重いっ! ただの岩とは思えねえぞ!」

{火山岩のようにも見えますが……うーん。ロラン・ローグ、分析のために岩トロールの残骸から欠片を取っておいてくれませんか?できればその角も少々……}

「あぁ、わかった」


 ナイフで角を叩くと、堅牢な響きが室内に反響する。

 幾度か試すうちに、ようやく付け根の端が欠け落ちた。

 ロランはそれを拾い上げ、さらに瓦礫の中からも一片を取り出してポケットに収める。


「さて、見事な魔石も手に入ったことですし、ゴブリンどもを片付けて皆で帰りましょうかな」


 コスタンが砦の出口に向かうと、足を止めた。


「おや……これは?」


 壁の一部が、まるで古びた絵画のように変色している。

 その中に干からびた何かが張り付いていた。


 ロランも立ち止まり、息を呑む。

 それは人型のシルエットをしており、耳を模した奇妙な首飾りが埋め込まれていた。


「……べしゃんこになった死体に見えますね……」

「かろうじて頭の角も残っていますな。この特徴は小鬼ゴブリン吠者ハウラー、吠える者でしょう……」


 ロランがエリクシルの翻訳情報を受けって繰り返す。


「元はこの砦の主だったのかもしれません……。小鬼ゴブリン祈祷師シャーマンが配下になっていた理由が、なんとなくわかりましたな」


 ロランはその言葉に頷きつつ、エリクシルからの情報を確認する。


「……魔物同士で縄張り争いをするって話でしたよね」

{ええ、このゴブリンも岩トロールには敵わなかったようです……。ただ、それにしても……}


 エリクシルの声が、思わず途切れる。

 視線は干涸びた死体から、その背後に広がる黒ずんだ壁へと向けられていた。


 乾いた死体とは異なる、奇妙な爛れを見せ、不気味な気配を漂わせている。


「穢れですな……」

{これが……! 魔物の肉が腐って毒となり、土地が穢されることで草木も生えなくなるという……}

「それですな。流石エリクシルさん、よく覚えていらっしゃる」


 以前の説明を正確に理解していたことが嬉しかったのか、コスタンは目を細めて微笑んだ。


「このまま放置すれば、穢れは一帯に広がります。不浄の地と化せば、幽鬼やゴーストが群れを成し、さらなる厄災をもたらすことでしょう」


 コスタンはそう言うと、死体に向かい静かに手をかざした。


「火よ――」


 その呪文の響きと共に、吠者ハウラーの死体は勢いよく炎に包まれた。

 バチバチと音を立て、焦げる匂いが漂う。

 やがて全てが灰になり消えたその瞬間、胸元から一筋の光が漏れ出した。


「おや、これは……吠者ハウラーの魔石ですぞっ!」


 コスタンが拾い上げ、嬉しそうに微笑む。

 ロランはその様子を見て、笑いながら手を差し出した。


「それはコスタンさんが見つけたものです。どうぞ、そ村の復興のために使ってください」

「では……ありがたく頂戴します」


 そう答えたコスタンの手には、わずかに震えが見えた。

 その場の空気が一息ついたところで、エリクシルが思案深げに声を上げる。


{……話は変わりますが、岩トロールは基本的に縄張りから動かないと言われています。一体なぜ砦に現れたのでしょう?}


 ロランはその疑問に考えを巡らせるが、コスタンが先に口を開いた。


「……近くの山から下りてきたのではありませんかね。とはいえ、理由までは想像もつきませんが……」


 コスタンは腕を組んで壁に目をやる。

 思考を巡らせる仕草だったが、その瞳には疲労の色が濃い。


 ロランもまた、エリクシルの指摘を反芻しながら周囲を見渡したが、やはり答えは浮かばない。

 彼は肩をすくめ、深く息をついた。


「……コスタンさん、ありがとうございます。とりあえず、小鬼ゴブリンを片付けて戻りましょう。さすがに皆さんも夜通しで疲れたでしょうし」


 ふと、足元の疲労が意識に追いついたのか、周囲の村人たちも無言で頷いた。

 歓迎会から始まった長い一日は、そろそろ休息を求めるべき頃合いだった。


 コスタンはロランの言葉に同意し、笑みを浮かべる。


「……それもそうですな。では、行きましょうか」


―――――――――――

不浄。

https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16818023211961858252

岩トロールの魔石。

https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16818023213155448112

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る