075 決戦!岩トロール★
「ゴガアアッ! ゴォォガアアァァ!!」
岩トロールの咆哮が空気を震わせ、部屋全体に響き渡った。
差し込む夜明けの光が崩れた柱を浮かび上がらせ、その奥にそびえる巨体が威圧感を放っている。
「……まずは俺が中に入って槍と銃で弱らせます。合図があるまで耳を塞いで待機してください」
彼の言葉に、エリクシルが静かに応じる。
{了解しました。合図後、皆さんの動きをサポートします}
《……さて、エリクシル。ダインスレイブから使うぞ?》
ロランは事前に相談していた先制攻撃の武器についてエリクシルに確認した。
エリクシルはどこか楽しげな声音で返す。
{{ええ、ぜひお願いします! 実戦データを取る絶好の機会ですからね!}}
ロランは苦笑しながらバックパックを置き、ダインスレイブの組み立てを始めた。
その様子を見ていたチャリスが、目を輝かせて「ほぉ~」と感嘆の声を漏らす。
(……興味津々なのはいいけど、今は集中してくれよ!?)
心の中で呟きつつ、ロランは完成した槍を握り締めた。
身の丈を超える長さのダインスレイブをしっかりと握り、部屋の入り口に立つ。
「行くぞ」
ロランが部屋に突入すると、岩トロールは天を仰いでいた。
隙を逃さず距離を詰めるロランに気づき、岩トロールが視線を向ける。
「ゴガアゴォアァァ!!」
巨体が咆哮を上げ、威圧感が部屋を支配する。
ロランは全身に力を込め、ダインスレイブを構えた。
改めて対峙して気付く。
丸太のような腕、鎧のように固そうな岩肌、異様に短い脚――その全てが異形の力を物語っている。
(……本当に、俺にこんな化け物が倒せるのか?)
ロランの手は震え、足元がぐらつく。
これまでの戦闘では麻痺していた恐怖が、岩トロールの眼前で一気に押し寄せてきた。
恐怖が全身を支配しようとした瞬間、エリクシルの声が響いた。
{大丈夫です――わたしがいつでも傍にいます。為すべきことを為してください}
ふと視線を落とすと、震える手にエリクシルが手を添えていた。
彼女の温もりを感じることはない。
だが、その目に宿る揺るぎない信頼が、ロランの心を支えた。
(……そうだ、俺にはエリクシルがいる)
気づけば震えは止まっていた。
(仲間を、ニョムを、村を守ると決めたんだ。負けるわけにはいかない!)
ロランは深く息を吸い込み、拳を握りしめた。
心の中にあった恐怖が徐々に覚悟と闘志に塗り替えられていく。
もう一度、岩トロールの巨体を見据える。
(大丈夫だ、俺ならできる。絶対に勝つ!)
岩トロールが両腕を振り上げ、大きく威嚇の動きを見せる。
その隙を見逃すことなく、ロランは身体を反らせ、全力でダインスレイブを投げ放つ準備に入った。
(今だ!)
全身の力を込めた回転が、槍に圧倒的な勢いを与える。
ーーッボッ!!
音を立て、放たれたダインスレイブが岩トロールの右肩を正確に射抜く。
ガキィッという鈍い響きが部屋中に反響する中、槍は深々と突き刺さった。
岩トロールは苦痛に顔を歪め、低い唸り声から怒号へと変わる叫びを放つ。
「ゴオォォアアアアッ!!!」
だが、巨体の反撃は止まらない。
左腕を振り下ろし、石畳を砕くと、瓦礫を四方八方に飛ばしてきた。
「くっ……!!」
ロランは瓦礫の嵐を避けつつ、近くの柱に身を隠す。
息を整え、今度は
「これで終わりじゃないぞ……!」
ガガッ!! バキィンッ!!
破片が光の粒のように舞い、地面に音を立てて転がる。
左目の周囲が血に染まり、視界が遮られたのか、岩トロールの巨体が一瞬揺らぐ。
「よし、効いてる……!」
岩トロールは小さな目を見開き、怒りの叫びをあげる。
「ゴォアァァァァァァァッッ!!!」
その咆哮が轟くと同時に、空気が震え、部屋全体に不気味な圧力が広がった。
ロランの視線の先で、岩トロールの体表に異変が起きる。
岩肌がまるで墨を垂らしたようにじわじわと黒く染まり始める。
その黒い波が身体全体へ広がり、皮膚が隆起していく様は、鎧が自ら形を変えていくようだ。
「なんだこれ……!?」
目の前で繰り広げられる光景は異質で、明らかに危険の兆候だった。
ロランが目を凝らす間にも、岩トロールは両腕を振り上げ、地面に叩きつける。
石畳が鈍い音とともに砕け散り、飛び散った破片が四方に降り注ぐ。
「……さっきより威力が上がってる?」
岩トロールは傷ついた左腕も構わず柱を握り砕き、その瓦礫をロランに向けて投げ放った。
「あんなの避けられるかよっ!」
{急いで回避を!}
ロランは身を翻し、飛来する瓦礫を間一髪でかわした。
柱が崩れ、足元が揺れる中、彼は銃口を構え直す。
無数の
{先ほどよりも効いていないようです! 硬質化している!?}
「
ロランは素早くリロードし、撃ち続ける。
「ゴワァアアアァアァッッッ!!」
硬質化した黒い岩肌に
ダガガガガガッ! ガギィンッ――!
高音の衝撃音が部屋中に反響し、火花と粉塵が飛び散るたびに岩肌がわずかに削り取られていく。
黒い表面には亀裂が刻まれ、細かい破片が剥がれ落ちて石畳にカツカツと跳ねた。
ロランは銃口を固定したまま、額に流れる汗を感じながら撃ち続ける。
「……効いてる、効いてるぞ!」
岩トロールは痛みに耐えるように体を揺らしながらも、防御のために左腕を持ち上げた。
その動作に合わせ、弾丸が腕に叩き込まれるたび、より鋭い高音が響き、黒い岩肌が剥がれていく。
カチ、カチッ――銃が空を告げる。
「弾切れ……!? くそ、もうこれしかないぞ!!!」
ロランは銃を下げ、腰のハンティングナイフを抜いた。
震える手を抑え、覚悟を決める。
粉塵が晴れると、満身創痍の岩トロールの姿が見えた。
両腕は砕け散り、顔面には無数の傷跡が刻まれ、血が胴体にまで滴り落ちている。
「フシューフシュー……」
岩トロールはぐらりと姿勢を崩すが、ボロボロの腕でなんとか身体を支え、苦痛に表情を歪めていた。
{……立つのがやっとのようですね。合図を送ります}
コスタンを先頭に村人たちが武器を握りしめ、部屋へ突入する。
瀕死の岩トロールを見て、チャリスが驚きの声を上げた。
「すげー音がしてるとは思ったが、ボロボロじゃねーかっ! たった一人で……なんちゅー武器だ!」
村人たちも槍を握り締め、全身に力を込める。
だが、コスタンが手を挙げて制止した。
「皆さん、魔物の最後の足掻きには特に注意が必要です。ここは私が引き受けましょう」
懐から取り出したのはスタン
コスタンがそれを構え、岩トロールの注意を自分に向けた。
「ゴガァ……アァアアア!」
コスタンの声に反応し、巨体がゆっくりと向きを変える。
その動きが完全に彼を捉えた瞬間――スタン
電極ダーツが巨体を撃ち抜き、バチチチチチッ!という音と共に硬直する。
岩トロールは振り上げた腕を支えきれず、地響きを立てて倒れ込んだ。
「ゴッゴガァァ……ァ……ァァ………」
ズズン――!
地響きと共に岩トロールは床へ崩れ落ちた。
村人たちは歓声を上げようとしたが、ロランの鋭い声がそれを制した。
「まだ終わっていません! 動けない今のうちに槍で装甲の薄い部分を狙ってください!」
全員が気を引き締め、岩トロールに向かって槍を突き立てる。
柔らかそうな脇腹や装甲が剥がれた箇所を狙い、何度も何度も攻撃を繰り返す。
コスタンも剣を抜き、巨体の首元に深々と突き刺した。
最後の足掻きを見せるように、岩トロールは痙攣するが――やがて動きが止まる。
{岩トロールの生命反応が消失。……討伐成功です}
* * * *
――――――――
コスタン。
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