070 エリクシルの傑作★

 

{その通りです。溝の刃が岩を削り、体内を損傷させる設計です。ただし、村人では扱いきれない可能性が高いので、あなたに投擲してもらうことを考えています}


 ロランは槍を手に取りながら、その重量と鋭利さをじっと見つめた。

 タングステン製の溝刃は工業用のドリルを彷彿とさせ、異様な存在感を放っている。


「この重さだもんな、強化服で投げるって話か。質量弾って感じだ……えぐい形だな。で、この溝の刃は研いだのか?」

{いえ、刃の形状は設計段階で設定し、レプリケーターでそのまま出力しています。タングステンは非常に硬いですが、加工には時間がかかりますので初めから研ぎ済みの形状を選びました}


 エリクシルはタングステンの利点と欠点を淡々と説明する。

 硬いが衝撃には脆い性質のため、芯には靭性を確保する軟鋼なんこうを組み合わせたという。


「つまり、複合合金ってわけか。これはとんでもない代物だな……」

{はい、自信作です。ですが、これだけの技術を使った武器を外部に持ち出すことには少々ためらいがあります……}


 エリクシルがちらりと村人用の鋼製槍を示す。

 それはタングステン製のものに比べれば明らかに簡素だが、実用には十分だった。


「まあ、缶詰の技術を超えてるどころじゃねぇもんな。けど、これは俺専用ってことで納得だ!」

{はい、ロラン・ローグが遠征中でも最大限戦えるよう考慮しました。弾丸の節約にも役立つはずです}


 ロランは槍を再び掲げ、陽気に笑った。


「伝説の武器ダインスレイブってとこだな! 気に入ったぜ!」

{ダインスレイブ……北欧神話に登場する魔剣と同じ名称ですね。それは槍ですが}

「へっへ、違うぞ。神の杖なんだなぁ、これが」

{……? では、今後そう呼びますね}


 不思議そうなロランをよそに、槍を見つめるロランの瞳には、少年のような興奮が宿っていた。

 彼は手元の武器に見惚れながら、ふと呟いた。


「……俺のナイフもこれみたいに作り替えられねぇかな?」


 その言葉を聞いたエリクシルは待ってましたと言わんばかりの笑みを浮かべる。


{そのお言葉を待っていました! どうぞ!}


 アームが差し出したのは、艶やかに光る新しいハンティングナイフだった。

 ロランがそれを手に取ると、目を輝かせて叫ぶ。


「うわ、すげぇ! これ、何でできてんだ?」

{カーボンスチール、チタン、タングステンのハイブリッド仕様です。刃の強度と耐久性が向上し、解体用としても最適化しています}


 ロランはナイフを光にかざしながら、満足げに微笑んだ。


「これなら岩トロールも楽勝だろう! ありがとうな、エリクシル!」


 ナイフは反り返った刀身に波を模した片刃が美しく輝き、握りやすいグリップは手の形にしっくりと馴染む。

 全体が軽量化されながらも頑丈さを兼ね備えた作りだった。


 ロランはジャンプして喜びを表現すると、刃物をヒュンヒュンと振り回す。


{魔石もそうですが、岩トロールの討伐証も必要でしょうからね。それに組織サンプルもあった方が今後の分析に役立てられますし}


 もちろんエリクシルにはしかるべき理由があってロランの武器に手を加えたのだ。

 惜しくも主人に対してプレゼントを、といった気遣いによるものではなかった。

 しかしロランにしてみれば、初めてエリクシルが作ってくれたプレゼントなのだ。

 それがロランを余計にはしゃがせる。

 そしていつかエリクシルにもお返しをしなければと思うのであった。


「名前何にしよっかなぁ~~~!」


 ロランがナイフを振り回して感触を確かめる中、分析台の角に刃が触れた。

 "カッ"という音とともに角が切り落とされ、火花が散る。


「あっ」

{あっ!!}


 二人の間にしばし沈黙が流れる。


{……イグリース内で刃物を振り回すのは禁止します!}


 エリクシルは赤い禁止マークのエモートを表示し、腕を組む。


「……ごめん、気を付けるよ」


 最後にロランは装備を点検し、槍とナイフをしっかりと固定する。

 エリクシルはアームで膝装具を渡した。


{こちら、コスタンさん用の膝サポーターです。簡易スキャンの結果に基づき設計しました}

「膝サポーターか。これで本当に歩きやすくなるのか?」

{はい。損傷している靭帯をサポートし、関節の過伸展を防ぎます……簡潔に言うと、痛みが軽減されるでしょう}


 ロランは説明を半分も聞かず、装具をバッグに放り込んだ。


{むぅ、これも勉強だと思って聞いた方が良いと思うのですが……}


 これに対してエリクシルはややご機嫌斜めに返答した。


「まぁまぁ、見た方が早いだろう、こういうのは!」

{……ロラン・ローグは映像で見たり聞いたりして覚えるのが得意な"感覚派"でしたね……}


 エリクシルは、ロランがマニュアルも読まず彼女に全て任せてきた過去を思い出し、ため息をついた。

 そして膝装具の使用者はコスタンであることを思い返し、簡潔に説明する方針に切り替えた。


「そういうこと!」


 ロランの軽い返事にエリクシルはふと苛立ちを覚える。

 その感情を自覚すると、逆に驚きと喜びが湧き上がる。


{これが腹立たしいという感情なのですね! 初めて理解しましたよ!}

「お、おぉ……悪かったな」


 ロランが苦笑いするのを横目に、エリクシルは花火のエモートを表示して喜んでいる。


{……時刻は2時50分。そろそろ出発の時間です}

「よし、準備完了だ!」


 タラップを降りてバイクに跨ると、イヤーマフを装着し、端末のプレイリストを起動する。

 軽快なドラムのリズムと女性ボーカルの歌声が流れる。


 ロランは深呼吸し、静かに目を閉じた。


「出発だ!」


 エンジン音が高らかに響く。

 ロランはバイクを勢いよく走らせ、船を後にした。


―――――――――――――

新装備を見つめるロラン。

https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16817330666656185828

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