068 タングステンの重み

「頼みますぞ、ロランさん、エリクシルさん!」

{「はい!」}


 ロランとエリクシルは急ぎバイクに向かう。

 農地の先に隠したバイクを見つけると、カバーを外し乗り込んだ。


「さぁ、帰るぞ!」

{急ぎつつ安全運転でお願いします}


 ロランは端末を操作し、ヘッドセットに音楽を流した。

 電子的なシンセサウンドが暗闇に響き渡る中、バイクのエンジンが唸りを上げた。


 彼はエリクシルの指示に従い、砦近くのセンサー設置地点を目指す。


{そろそろセンサーの設置場所に到着します。回収して砦近くに設置し直しましょうか}

「ここに設置するか」


 ロランは手頃な木の洞を見つけ、センサーをセットした。

 砦近くの魔物の動きがエリクシルのスキャンによって浮かび上がる。


{砦の周囲にも魔物の反応があります。移動している様子から、別の集落から来た可能性も……}

「なるほど。……増援が増えると面倒だな」


 もうすぐ集落への小道に続く森だ。

 このまま一気に突き抜ける。


「……小鬼ゴブリンが全くいねえ」


 集落はもぬけの殻で難なく通過することができた。

 しかしそれは、いよいよ集落の小鬼ゴブリンが砦に集結している線が濃くなったことを示している。


{……さらなる増援があったとしても、センサーでいち早く感知できます。今は急いで帰りましょう}

「ああ、宵闇の刻が始まる前に船に戻らねぇと……!」


 白花の丘を通り抜けると『タロンの原生林』に入る。

 拡張現実ARが道順を示すため迷うことはない。

 タロンの悪魔の木を横切り、大樹を迂回し遺跡跡を通ればもう船だ。


{時刻は11時19分。想定よりも早い到着です。偉いですね。このまま船の外装を回収しましょう}

「オッケー」


 ロランはイグリースのハッチを開け、バイクを船内に停めると、左エンジン部へ向かった。

 宙賊の魚雷で無残に破損したエンジン部分。

 ロランは無言でそれを見上げると、小さく息を吐き、左肩に手を触れた。


 <強化服・起動> 残量90%


 船の外装に手を掛け、強化服の力を借りて押し引きすると、ギシギシと金属が軋む音が響く。


{ロラン・ローグ!お待ちください!}


 エリクシルが慌てた声を上げたが、ロランは作業を止めない。

 イヤーマフ越しに流れる音楽が彼を現実から遮断しているのだ。


{{……無声通信に切り替えます! ロラン・ローグ、停止してください!}}


 無声通信の声にようやくロランが反応し、動きを止めた。

 イヤーマフを外しながら振り返る。


「ん? どうした?」


 エリクシルは一瞬沈黙し、できるだけ冷静に言葉を選ぶ。


{工具を使って必要な部分だけを取り外してください。無理やり剥がしたら、余計な部分まで破損して再出力が必要になります……}


 ロランはその説明を聞き、ほんの少し肩をすくめて笑った。


「あー、そうかそうか……すまん。なんか豪快にやりたくなっちまってさ!」


 あまりにも軽すぎる返答に、エリクシルは額に手を当てた。


{ロラン・ローグ……。あなた、脳筋という言葉を体現していますね}


 ようやく彼も反省したのか、強化服を停止する。

<強化服・停止> 残量89%


 ロランは近くの工具箱を手に取り、エリクシルの指示に従って部品を取り外し始める。


{タングステンの必要量から、回収すべき部品を特定しました。ハイライトします}


 ロランの拡張現実ARに、金属の外装の一部が淡い光を放って浮かび上がる。

 その精緻な表示は、船の構造を熟知したエリクシルの仕事ならではだった。


「ほう、これか! 便利だなぁ。最初からこうしてくれればいいのに」

{……初手で強化服を使って船をむしり始める人がいなければ、最初からそうしました!}


 エリクシルの怒りは、ぷんぷんとした怒りエモートとなって浮かび上がる。

 小さな炎のように揺れるアイコンが、彼女の感情を見事に代弁していた。


「あはは、また一人で突っ走っちまったな。悪かった、次から気を付けるよ」


 ロランが額を軽く叩きながら笑うと、エリクシルは溜息混じりに腰に手を当てた。


{……まあ、わかればよいのです。続けましょう}


 ロランは手際よく指定された部品を工具で取り外していく。

 その手に収まる部品は小ぶりながらも、金属の冷たさと重さがずっしりと感じられた。


「よし、これを運んで……って、見た目より重いな」


 片手で抱えられる程度の部品だが、その重量は異様だった。

 ロランは思わず片膝をついてバランスを取る。


{タングステンは金よりも比重が重いのです。そのため、少量でもこうして重みを感じますね}

「なるほど、頑丈で重いからこそ、宇宙船の素材として使われるわけだな。宇宙に出れば重さなんて関係ないし」

{その通りです。ソーラーフレアや放射線への耐性、大気圏突入時の高熱にも耐える強度が必要ですから、タングステンは最適なのです}

「けど、その重さが厄介な場面もあるよな。離陸の時なんか、えらく大変だった記憶があるぜ」

{そうですね。船体の重量に重力が加わるため、離陸時は最も燃料を消費します}


 ロランはエリクシルの言葉を思い出しながら、空いた手でハッチを閉める。

 その金属音は、彼にとって懐かしくも頼りがいのある響きだった。

 イグリース――宇宙貨物輸送用に購入したこの船は、ロランにとって長年の相棒だった。


 惑星間輸送業の多忙な日々を支えた船だったが、実際に惑星へ降り立つことは稀だった。

 多くの時間を宇宙ステーションで過ごし、貨物の積み替えが行われる。

 地上の引力を感じることなどほとんどない暮らしだった。


「だからこそ、燃料を満タンにしておかないと、話にならないってわけだな」


 重力のある世界で、この船を再び飛び立たせて脱出する――それが彼の目標だ。


{その通りです。燃料の調達は重要ですから、忘れずに進めていきましょう}


 タラップを上り終えると、船内の懐かしい風景がロランを迎えた。

 頑丈で無骨な金属の壁、制御パネルの僅かな点滅がリズムを刻むように瞬く。


「はぁ……家に帰ってきたな……。なんだか、ずいぶん長い旅をしていた気分だよ」


 ロランは金属の壁を軽く叩き、船内に漂う静けさを味わうように深呼吸した。

 だが、すぐに気を引き締める。

 やるべきことが山積みだ――槍の穂の製作、武器の調整、そして村への帰還。


{さっそく取り掛かりましょう!}

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