067 岩トロール討伐計画

 

「ふむ、長槍であれば比較的安全な位置から攻撃ができますな。しかし岩を貫けるとは思えませんが……」


 コスタンは険しい表情を浮かべながら言葉を切った。


「俺が弱らせた後、皆さんにはとどめを刺してもらおうと思っています。岩トロールの関節が弱点かもしれないので、そこを狙います」


 ロランが説明すると、村人たちが互いに顔を見合わせる。

 緊張の色が広がり、場の空気が一層重くなる。


「堅固な岩の鎧が薄いであろう脇の下などを狙うのですな?」

「そうです。まずは視界を奪うのが俺の役目です。その後、動きを封じてから槍で弱点を突く、という流れですね」


 ロランは冷静に話すが、村人たちの表情には不安が色濃く浮かんでいた。

 槍を持って戦う自分たちの姿を想像するのが難しいのか、ざわざわとした声があちこちから聞こえる。


「先ほどは少し不安な様子でしたが」


 コスタンの心配そうな問いに、ロランは力強く頷く。


「今度は60発分の攻撃ができます。それだけあれば大丈夫だって、エリクシルが計算してくれました」


 エリクシルが想定していたのは10発で無力化できるという計算だ。

 30発入りのマガジンを2個使えば確実だろう。

 ロランが説明すると、コスタンは目を大きく見開いた。


「60回……高位の魔術師でも、石の矢礫ストーンアローをそれほど唱えられる者はいませんな」


 祈祷師シャーマンを倒した銃の威力を思い出したのか、コスタンの口元に不敵な笑みが浮かぶ。


「なるほど、これならいけるかもしれませんな。目を潰し、その後、皆で槍を突き立てれば……」


 コスタンの言葉に、村人たちは小さく息を呑む。

 その目には恐れと希望が交錯していた。


 その時、鍛冶師のチャリスが木の棒を担いで戻ってきた。


「これでどうでさあ!」


 彼が床に置いたのは、長さ2.5メートルはあろうかという8本の細長い木の棒だった。

 村人たちの視線が棒に集中する。


{すべての柄の大きさを測定……把握しました。これで槍の穂も問題なく作れるでしょう}


 ロランが端末をかざし、エリクシルがスキャンを終える。

 その様子を見ていたチャリスは驚きを隠せない。


「何をしたのかわかりやせんが、そんなすぐに槍の穂を作れるんですかい?」

「はい。一度俺たちの拠点に戻れば、3時間もあれば作れます」


 皆が「そんなことができるのか?」と囁きあっている。

 コスタンの不安気な顔を見たエリクシルが口を挟んだ。


{詳細はお話しできませんが、寸法も形状も既に確定しています。時間内に完成させますので、ご安心を}


 コスタンは顎髭を撫でながら小さく頷いた。

「できる」と言われれば信じるしかない――彼の表情が少し柔らぐ。


「……拠点で穂を作り、この村に戻ると?」

{その通りです。そして討伐に参加する10人のパーティーについてですが、槍を完成させるにはチャリスさんの手助けが不可欠です。それにコスタンさんも参加してください。それ以外で戦闘経験のある7人を選んでいただけますか?}

「わかりました。私が責任を持って選びます」


 チャリスが手を上げて問いかけた。


「俺の荷物は釘と金づちだけでいいですかい? 念のため端材も持って行こうか?」

{寸法に誤差はありませんので、釘と金づちだけで十分です}


 その自信に、チャリスは驚いたように目を見開く。


「へぇ、ずいぶんと自信があるじゃねえか! これは楽しみだな!」


 チャリスの挑戦的な眼差しに、エリクシルは淡々と微笑み返した。


「あ、そうだ。コスタンさんはこれを使ってください」


 ロランが懐から何かを取り出して見せると、コスタンはそれに興味深そうに目を向けた。

「奥の手」とだけ説明を添えられ、彼はしばし無言で頷きながら耳を傾ける。


「……なるほど、1発が大事なのですね! まさしく奥の手……。これなら滾りますな!」


 元冒険者としての血が騒ぐのか、コスタンの目に力が宿り、鼻息が荒くなる。


{ロラン・ローグ、コスタンさんの右膝を端末でスキャンしてください}

「ん? 膝か? あぁ、わかった」


 ロランが腕輪型端末をかざし、電子音が短く響く。

「およっ」と驚くコスタンに、エリクシルが静かに言った。


{応急処置ができるかもしれません。ですが、あまり期待はしすぎないでください}

「……ふむ、ならばお任せしますぞ」


 目標時刻は明朝4時と定められた。

 合流地点は砦から見えない山の麓とし、篝火で目印をつける。

 先行する村人たちは現地で待機し、コスタンは足が悪いため最後に合流する手筈だ。


 ロランの役割は多岐にわたる。

 バイクで船に戻り、センサーの位置を調整。

 武器の準備と槍の穂の製造を終えたら、合流地点に届ける。

 その後、村へ戻りコスタンを回収。

 そして、いよいよ決戦の地へ向かう――すべてが段取り通り進む必要があった。


「ロラン、大丈夫?」


 遠くで見守っていたニョムが、小さな声で心配そうに話しかけてきた。

 近くでは、プニョちゃんを抱いたムルコが静かに様子を見つめている。


 ロランはしゃがみ込み、ニョムと目を合わせた。


「あぁ、大丈夫だ。ニョムが無事に戻ってこれたんだ。次もうまくいくさ!」


「うん……ロラン、エリクシル、無事に帰ってきてね!」


 ニョムはその言葉を残してロランに抱きついた。

 彼は一瞬驚いたが、すぐにその小さな身体をしっかりと抱きしめる。

 温かさと柔らかな感触――その中に、今まで一緒に過ごしてきた日々の記憶がよみがえる。


「絶対に無事に帰ってくる!」


 真剣な眼差しで告げるロランの言葉に、ニョムは強く頷いた。


{ニョムさん、ありがとうございます。ロランは私が守りますから}


 エリクシルも穏やかな微笑みを浮かべ、ニョムを抱擁した。

 触れる感触がないことに少し戸惑いながらも、ニョムはしっかりと腕を回して応じる。

 そのホログラム越しの温もりは、確かに彼女にも届いたかのようだった。


「あ、そうだ……」


 ロランはポケットから魔石を取り出し、ニョムに手渡す。


「あ! 魔石! こんなに!」

「約束したからな。プニョちゃんの餌、ありがとう」


 ニョムは嬉しそうに飛び跳ねながら魔石を抱え、「お母さんにもあげる!」と笑顔を見せる。

 そして、ムルコのもとへと走り去った。


「頑張ってねー!」


 両手を振り、エールを送るニョムに、ロランとエリクシルは力強く頷き返す。


「頼みますぞ、ロランさん、エリクシルさん!」

{「はい!」}

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る