064 岩トロールの討伐コスト


「100発っ!?」


 ロランは驚愕し、目を丸くして天を仰いだ。


《……なんか勝てる気がしなくなってきたんだけど、なんか別の案はあるか?》


 彼は無声通信でエリクシルに問いかける。


{{燃料を消費するのでお勧めはできませんが、徹甲AP弾をレプリケーターで作れば10発で無力化できる可能性があります。徹甲AP弾は、タングステン弾芯で装甲や防護壁を貫通する高い威力を持ちます。現在のFMJフルメタルジャケット弾より遥かに効果的です}}


「……それを30発……いや予備も入れて60発作ったら、どれくらい燃料が減る?」

{イグリースの燃料の約0.2%ですが、小鬼ゴブリンの魔石で換算すると1200個分に相当します。既存のFMJフルメタルジャケット弾を流用してもこれだけのコストが必要です。弾薬の製造にはタングステンが不可欠なため、船の外装を部分的に利用することが現実的かと考えます}


徹甲AP弾一発で小鬼ゴブリン20匹分か……厳しいな……」

{悩ましいですね……}


 エリクシルも考え込む。

 銃を使用する戦闘が続けば、今後も弾薬の消費は増える。

 さらに新たな弾薬の製造が加われば、燃料コストがかさむのは明らかだった。


{……同社のスナイパーライフル、LASRタイダルウェイブはいかがでしょう? 在庫のある7ミリ徹甲弾が装填可能で、より高い威力を発揮します。一発の効率が良いため、弾薬消費を抑えられるかと}


「……!! そういえば、そんな武器もあったな。でも……」


 ロランはコスタンに尋ねる。


「コスタンさん! 岩トロールは砦から出てくることはありますか?」

「いえ、トロールは縄張りを離れないと聞いております。だからこそ、他の魔物を使役しているのでしょう」


 コスタンの答えはロランの期待を打ち砕いた。

 縄張りを守る本能の強い魔物であるならば、外に誘い出すことは難しそうだ。


「ちょっかいをかけて砦からおびき出すことはできませんか?」


 ロランは諦めきれずにさらに追及する。


「……ううむ、難しいかと。砦には瓦礫が山ほどありますから、それを武器に応戦されます」

{瓦礫を投げられたらひとたまりもありませんね……}


「冒険者はトロール相手にどう立ち回るんでしたっけ……」

「盾役の戦士が注意を引き付け、魔法で焼き殺す戦術が取られると聞きます。それにトロールの攻撃は大振りが多く、回避しやすいとか」


 岩トロールは別名、『戦士殺し』とも呼ばれる。

 その戦術の成功の鍵は戦士の技量に大きく左右されるだろう。

 ゾウのように巨大な魔物を相手に近接戦を仕掛けるという無謀さに、頭が痛くなる思いだった。


LASRタイダルウェイブもなしだな、閉所じゃ使いにくい》

{{……では、より戦術的に――}}


 エリクシルはさらに情報を探る。


{……小鬼ゴブリンを倒して補給を断つのはいかがでしょうか?}

「トロールは何年も飲まず食わずで生きることができます。しかも、魔物を呼び寄せる力があるとか」

「……兵糧攻めもだめか……」


 ロランは頭を抱えて唸り、エリクシルも困った表情を浮かべる。


{……他に弱点があれば良いのですが……}

「弱点は魔法ですが、扱える者がいませんからな。……ロランさんの武器が頼りです」

{……岩トロールの体表が想定より柔らかければ、対処可能なんですが……}


 ロランはエリクシルの言葉に顎をさすりながら考える。

 周囲の村人たちも、沈黙するロランたちを不安げに見守っていた。


「"銃"とやらでは仕留めきれないかもしれないと……」


 コスタンが沈黙するロランを見て察したようだ。

 そんな様子に周囲の村人たちもざわめく。


《仕留めるだけなら問題はないけどよ……》

{{村人を安全に、かつ出費を抑えたいとなると難しいですね}}


 ロランとエリクシルの葛藤は深い。

 この村を守りたいという思いと、自分たちの限られた資源を無駄にできない現実。

 その狭間で、二人は出口の見えない迷路を歩んでいるような気分だった。


「……そんなに危険な魔物がいるのに、ポートポランはなにもしてくれないのですか?」


 やがてロランは、胸にくすぶる疑念を口にした。

 ここまでの困難に直面しながらも、ポートポランからの助けが全く届いていない現実。

 それは理不尽とも思える状況だった。


「……商人を経由してギルドに依頼は出しているのですが、依頼料も多く出せませんから後回しにされているのでしょう……。最寄りのポートポランには、貿易船の護衛にあたる冒険者がいると言いましたかな? 別の依頼で出払っている可能性もあります」


 その言葉に、ロランは拳を握りしめた。

 冒険者への理想は薄れたが、それも現実だと理解した。


「……冒険者は正義の味方ってわけじゃないんだな」

{その命を賭ける以上、報酬を求めるのも当然かと}


 宇宙にも存在した『依頼料』で動く傭兵と重なり、何とも言えない苦い気持ちを覚える。


「……こればかりは仕方ないんですね」

「うむ、冒険者も数に限りがあります」


 しばらくの間沈黙が続く。

 ロランはエリクシルに無声通信で尋ねる。


《エリクシル、燃料の問題を考えてもやれることをやるべきだよな?》

{{最終的な判断はロラン・ローグ、あなたがするべきことです。しかし、動力は省エネモードで長期間維持可能です。現在の状況を考えれば、この地の情報を提供してくれたコスタンさんへの貢献を、報酬の一環として捉えてもよいのではないでしょうか}}

《たしかに……ここまで友好的に接してもらってるんだ。ポートポランで冒険者ギルドの依頼を受けたり、エセリウムで漂流者を探したりすれば、魔石をコツコツ集めるより効率的に脱出の道が見つかるかもしれない。……なら、動力を惜しむ必要もないかもな》


 ロランの考えに対し、エリクシルはわずかに間を置いてから言葉を紡いだ。


{{漂流者を見つけられたとしても、動力問題の根本的な解決にはならない可能性があります。ただ、彼らの持つ素材や情報が役立つこともあるでしょう。他の漂流者の存在が裏付けられている以上、探す価値は十分にあります。ただし、この時代に出会える保証がない点は留意が必要です}}

《……でも、動力を惜しんでここで足踏みするのはもったいないよな。使うべきときに使うのがいいってことだろ?》


 エリクシルの声には、慎重ながらも肯定的な響きがあった。


{{その通りです。動力は無駄遣いを避けるべきですが、必要な時には出し惜しみしないことが重要です。長期的な視野を持ちつつ、目の前の課題をクリアするのがベストかと}}

《……そうだよな。よし、覚悟を決めたぜ! 徹甲AP弾を作ろう!》


 ロランは勢いよく両腿に手をつき、立ち上がる。

 目には決意の光が宿り、その姿を見た村人たちの表情にもわずかながら安堵の色が浮かんだ。


 その時、広場から足音とともにサロメたちが戻ってきた。

 手には料理が盛られた皿を抱えている。


「準備が整いましたよ。お夜食にしましょうか」

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