063 砦の巨影

 

 そんな二人のやり取りを、エリクシルもまた、温かい眼差しで静かに見守っていた。


 *    *    *    *


 村へと戻ると、数人の村人が松明を掲げて出迎えている。

 コスタンたちの姿を確認すると、駆け寄ってくる者たちがいた。


「ムルコさんから聞きました! 小鬼ゴブリン祈祷師シャーマンを倒したと!」

「ロランさん、本当に有難うございます!」

「今度は"砦の主"を倒してくれるんですよね?」


「ええ、その件で皆さんと相談をしたいのです。宵闇の刻も近いですし、中で話しましょう」


 コスタンがそう告げると、村人たちは一斉に頷いた。

 村人たちに囲まれながら、コスタンの家へと向かう途中、ロランはふと広場のテーブルに目を留めた。

 そこには、歓迎会の料理が並べられたままになっていた。


(あのシチュー……うまかったなぁ。残ってたら嬉しいけど……今はそんな場合じゃないか)


 未練を振り切るようにして、ロランはコスタンの後を追う。


 *    *    *    *


 コスタンの家に入ると、大広間に集まる村人たちが目に入る。

 天井の高い吹き抜けと、端に積まれた土嚢、木板で封じられた窓。

 有事の避難所として整備されたこの空間は、コスタンの村人を守ろうという強い意志を象徴していた。


「ここは皆の避難場所として使っております。2階は食料を備蓄していますが、客人を迎えるには適しておりません」


{籠城に備えて、ここまで準備をされていたのですね}

「すごいな……本当に頼りになるぜ」


 ロランが床に腰を下ろそうとした瞬間、腹が「グウ」と鳴る。

 その音に村人たちが一斉に笑みを浮かべた。ロランは照れ笑いを浮かべつつ、ふとビーフシチューを思い出す。


「あ、そういえば"ビーフシチュー"を井戸に置いてきたままでした。皆さんで温かいものを食べませんか?」


 提案に、村人たちは一瞬目を見合わせると、ほっとしたように頷いた。


「ふむ、それも良いですな。では夜食の用意を進めましょう」


 コスタンは立ち上がり、村人たちに手分けを指示する。


「ロランさん、缶詰は……」

「はい、温めるだけです」


 そうして、歓迎会の残り物とビーフシチューを中心に、簡単な夜食が準備されることになった。


 ほのかな暖かさが漂い始める広間で、ロランは砦の主の話を切り出した。


「コスタンさん、"砦の主"について教えてください」


 コスタンの表情が僅かに引き締まる。


「うむ。"砦の主"は通りがかりの商人の話では、岩に覆われた悪しき巨人の妖精……"岩トロール"であると考えられます」


 腕が丸太のように太く足は極端に短く、堅固な外殻に覆われているという。

 本来のトロールが悪意に満ちた毛むくじゃらの巨人と聞いて、エリクシルが反応する。


{{……過去の伝承と照らし合わせて特徴と一致する空想上の魔物がいます。トロールですね}}

《トロールか……前に山ほどの大きさのトロールを狩るトロールハンターの映画を見たことがあるな。星歴より前の作品だった。パッケージに惹かれたが、めちゃくちゃ面白かった》

{{それはわたしも見ましたが、こちらのトロールは陽の光でバラバラになるようなことはないのでは?}}

《そうだろうなあ……ドキュメンタリーっぽい演出で面白かったけど、山のように大きいトロールが隠れられる場所なんかないもんなあ》


 ロランは映像作品のワンシーンを思い出しているのか、顎に手をあてて頷く。

 そしてコスタンの方を改めて向く。


「……岩トロールは村を襲わないんですか?」

「あやつは砦に篭って小鬼ゴブリンを使役しているようです。魔物を使役する存在自体は珍しくありませんが、格の高い祈祷師シャーマンを使役する魔物はそう多くいません。そう考えると奴らは協力関係にあったのかもしれませんな。……悪い妖精と呼ばれるだけあります」

{魔物同士で争うことはないんですか?}

「もちろんそういった話も聞きます。その場合はどちらかが縄張り争いに敗れ、勝った方に従属することもあるのとか」


「岩トロール……小鬼ゴブリン祈祷師シャーマンよりも耐久がありそうですね」

「うぅむ、そうですな。私は実際に戦ったことはありませんが、その硬さと膂力の高さから戦士殺しとして有名ですな。その反対に魔法使いにとっては容易い相手とも……岩ですから重くて動きが鈍いのかもしれません。その大きさもあって格好の的だとか」


 岩のように硬いと聞いてロランに不安がよぎる。


「強装弾なら船に備蓄があるが、岩トロールに効くと思うか?」

LAARヴォーテクスと強装弾の情報を基に計算を行います……}

 エリクシルは一瞬の間を置いて答えをまとめる。


{……目標の大きさはどれほどでしょうか?}

「私も実際に見たことはないのですが、背は家ほどあると聞いておりますな」

「でっかい……」


 村人たちが不安げに囁き合う。ロランも眉間に皺を寄せながらエリクシルの分析を待つ。

「私も実際に見たことはないのですが、背は家程あるとは聞きましたな」

「でっかい……」


 村人たちは不安げに囁き合い、ロランも眉をひそめた。


{……5ミリFMJの強装弾で計算を行いました。目標の体表の強度や部位ごとの厚みにもよりますが、体高が同程度のアフリカゾウを比較対象とします}

「……ゾウって惑星ギュラにいる鼻の長い動物だったろ?」

{はい、そちらはクローンですが。……岩トロールが厚さ50ミリのコンクリートブロックと同じ強度の岩で覆われていると仮定し、その下の皮膚組織が25ミリ、さらにその奥に脂肪や筋肉があることを想定しました}


「……おう、で、結果は?」

{まず、現在装備しているFMJフルメタルジャケット弾についてです。これは弾芯を真鍮で覆った構造で、軽装の敵や障害物越しの攻撃に向いていますが、岩のような硬い装甲には効果が薄いです}

「要するに、ほとんどダメージが通らないってことか……」

{その通りです。そして次に強装弾。通常弾の2倍の火薬を使用しており、弾速と威力が大幅に向上しますが、反動が大きくなるという欠点があります。ですが、LAARヴォーテクスは強装弾対応設計のため、問題なく使用可能です。ただし、完全に無力化するには多くの弾数が必要となり、弱点部位を狙う精密射撃か、何らかの追加戦術が必要になるでしょう}


 ロランは顎に手を当てて思案する。


「……仕留めるのに何発必要なんだ?」

{計算結果によれば、無力化には100発以上の強装弾が必要となります}


「100発っ!?」


 ロランは驚愕し、目を丸くして天を仰いだ。

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