062 魔法と師の学び★


{穢れ、ですか……}

「はい、悪しき魔物の肉は腐り、大地を穢してしまうのです。草木が生えなくなるまで、じわじわと……」


 コスタンは死体に向かい、静かに「火よ」と呟く。

 すると、死体から小さな炎がボッと上がり、静かに燃え始めた。


《こいつは食えないだろうし、そういうのはきちんと処理しなきゃいけないんだな》

{{悪しき魔物……。微生物が分解し土に還る、そういうサイクルからは外れているのでしょうか……}}

《還ると言えば、死体は放っておいても船の残骸みたいに消えないんだな》


{{……うーん、確かに。そういえば、ダンジョンの魔物も放置された死体を食べに来ていたのを思い出しました。あれは一種の自浄作用かもしれません}}

《自浄作用……元々存在するものとそうでないものとで扱いが違うのか?》

{{……異世界の物は特別なのか、とても興味深いですね。ダンジョンが魔物のようなものであることや、この世界の創造主の存在といい、なんらかの意思が介在しているような気がしてなりませんよね}}


 火が次第に死体全体に広がり、黒い煙が空へ立ち昇る。

 ロランはしばらくその光景を見つめていた。


「……その魔法、すごいですね。まるで乾いた木のように死体が燃えていく……」


 ロランは思わず声に出すと、コスタンは笑みを浮かべた。


{魔法というのは本当に驚くべきものですね}

「いえ、私のはごく初歩のものです」


 コスタンは謙遜しながらも誇らしげだ。

 ロランはふと魔法を使うことへの興味が募り、問いかけた。


「俺でも火の魔法を覚えられるんですか?」


 コスタンは少し驚いたような顔をしたが、すぐに真剣な表情で頷いた。


「ええ、素質があれば魔術書を読み込み、鍛錬を積めば使えるようになると思いますよ。ただ、私には才能が乏しくて、習得までに一か月もかかってしまいましたが……」

「魔術書、ですか! 一か月も?」

「ええ。魔術書を読むことが魔法を使うために必要なんです。ですから魔術書はとても高価なもので、誰もが簡単に手に入れられるわけではありません」


 ロランは驚きと興味で目を輝かせた。


{魔法を学ぶには、確かに実際に体験することが不可欠なのでしょうね}

《そうだな…… "百聞は一見に如かず" ってことか》

{{ええ、この場合だと "百聞は一経験に如かず" になるかもしれませんね}}


 ロランはエリクシルの言葉に苦笑いしながらも、まだ頭の中は魔法でいっぱいだ。

 燃え上がる炎が視界を照らし、その熱気に魔法への思いがふつふつと湧き上がる。


 コスタンが6体目の死体を燃やし始めたとき、少し体がふらついた。


「だ、大丈夫ですか?」

「ああ、すみません……魔素を使い過ぎると立ち眩みのようなものが起こるのです」

{貧血のようなもの、でしょうか}

「そうですね。魔素を使い切ってしまうと、しばらくの間魔法が使えなくなりますが、それ以上に体力が消耗してしまうこともあります」


《魔法を使うにも、限界があるんだな》


 ロランは不思議そうにコスタンを見つめる。


「ちなみに、魔素を使い過ぎてもレベルが下がったりはしないんですか?」

「ふむ……私も詳しくは知りませんが、魔素が尽きたからといってレベルが下がることはないと思います。貧血のようにしばらく使えなくなるだけですね」

{……魔法の力に影響する魔素と、レベル自体に関わる魔素は異なるものかもしれませんね}


 コスタンは顎髭を撫でながら、少し懐かしそうに語り出した。


「私などはパーティを組んだ魔術師に教えを請い、火の魔法を使えるようになりましたが、本来は多額の講義料を払い、魔術師ギルドで学ぶのが一般的です。私は幸運にも教えてもらえましたが……」

「魔法を学べる場所があるんですか!?」

「ええ、首都フィラには魔術師ギルドや魔法学校があり、そこでは体系的に魔法を学べます。ただ、早馬で行っても7日はかかりますし、講義料も高額です」

「魔法、いいなぁ……」


 ロランは魔法の奥深さに興味をそそられている。


「近場で言えば、湖の街バイユールにも魔法の学校を兼ねた魔術師ギルドがあります」

「ふんふん……」


{{講義料が許す範囲なら、魔法の基礎を学ぶことは有意義でしょう。異世界で生き抜く上でも役立つかもしれません}}

《魔法、やってみたいな……! だけど、今は "砦の主" の討伐が最優先だ。村に戻って作戦を練らないと!》


 ロランはエリクシルに同意しながら、改めて目前の使命に意識を集中する。

 小さく息を整え、意気込んでコスタンに声をかけた。


「じゃぁ、コスタンさん、そろそろ村に戻って砦の攻略の作戦会議といきましょう!」


 ロランは小鬼ゴブリン祈祷師シャーマンの杖を拾い上げ、村へ向かおうとした。

 コスタンはそんな彼の意気込みに微笑みを浮かべつつも、杖を頼りに一歩一歩慎重に歩を進める。


「お待ちを~」


 杖をつきながらゆっくりと追いつくコスタンに、ロランは思わず歩みを早めてしまいそうになる。


{ロラン・ローグ、コスタンさんに合わせて歩きましょう。熱くなり過ぎず、冷静さを保ってください}


 ロランは一度立ち止まり、振り返って軽く頭を下げた。


「すみません、"砦の主" のことを考えると、つい熱くなってしまって」

「はっはっは、心配には及びませんぞ。ですが、どんなときでも冷静さが必要ですからな」


 コスタンは柔らかい笑みを浮かべてロランを見つめ、その穏やかな態度に場の空気が和む。

 ロランもそんなコスタンの温かさや人柄に触れ、自然と笑顔がこぼれる。


《コスタンさんは本当に頼りになる人だ。多くの知見を持っているし、冒険者としてもきっと素晴らしい経験を積んできたんだろうな》

{{えぇ、尊敬に値する素敵な先生ですね}}


「……ありがとうございます、先生」


 ロランは敬意を込めてそう言い、コスタンもその言葉に応えるように深く頷いた。

 その眼差しには、師としての温かさと、弟子への期待がしっかりと込められている。


 そんな二人のやり取りを、エリクシルもまた、温かい眼差しで静かに見守っていた。


―――――――――――――――

魔術書。

https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16817330668267394864

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