058 ゴブリンシャーマン討伐作戦★
ロランが屋根の軒先からコスタンに手を差し伸べる。
「しっかり握ってくださいね」
「ええ、頼みます」
ロランの強化服の人工筋繊維がキチキチと音を立てながら、コスタンはすんなりと持ち上がり屋根に足をかける。
「引き締まった体格をしているとは思いましたが、素晴らしい膂力ですな……。レベル1とは思えない……」
「……それもいつか説明します。エリクシル、ゴブリンシャーマンの様子はどうだ?」
ロランは鋭い目を保ちながら、上の階の屋根を目指して登っていった。
コスタンの屋敷は他の建物とは違う独特な造りで、1階と2階の屋根がそれぞれ分かれている。
さらに、その屋根は通常よりもはるかに高かった。
木製の古びた板はところどころ剥がれていたが、凹凸があったため、登るにはむしろ好都合だった。
{ゴブリンシャーマンはあと15分ほどで到着するでしょう}
「まだ時間はあるな」
屋根の頂上は尖っていて足場が狭い。
ロランは手前の三角屋根の上で伏せ、再びコスタンを引き上げる。
「シャーマンはあの方角にいて、俺はここから伏せて攻撃をします。敵は6体いますが、シャーマン以外は特に問題ないはずです。何回か倒していますから。ただ……」
「ただ……?」
コスタンが不安げに繰り返す。
「シャーマンはファイアボールと感知の魔法以外にも、なにか能力を持っている可能性はありませんか?」
「あぁ、うぅむ。私も数えるほどしか相手をしたことがなく、うろ覚えですが……。自己強化の魔法でゴブリンよりも耐久が高くなることもあるとか……」
ロランは慎重な表情を浮かべた。
「一撃で倒せないと厄介だな。エリクシル、どう思う?」
{そうですね、自己強化の魔法を唱えている間は無防備かもしれません。先にシャーマンを狙うのが得策でしょう。コスタンさん、魔法の詠唱について何か心当たりは?}
「それと自己強化の魔法は皮膚が硬くなったりするようなものなんですか?」
エリクシルとロランがそれぞれ気になることを矢継ぎ早に尋ね、コスタンが少し狼狽えた。
「……あぁ……うぅむ、魔法の発動には詠唱が必要ですな。自己強化に関してはですなあ……魔物の扱う魔法と同じなのかはわからんのですが、魔術師が使う自己強化の魔法は"ストンスキン"、……石の皮膚に近いかもしれません」
コスタンが記憶を絞り出すように答える。
{いえいえ、詠唱が必要という情報だけでも値千金ですよ}
「詠唱の間が無防備なら、その隙を狙って仕留めるしかないな。シャーマンをまず狙おう」
《……もし銃撃が効かなかったらどうする? 最悪、シャーマン以外の敵を片付けて、物陰から近接攻撃で仕留めるしかないのか?》
{{その場合、シャーマンがどれほどの知能を持っているかで行動が変わるでしょう。村に侵入せず、畑や建物を狙う可能性もありますし、嫌がらせだけで終わることも考えられます。となると……うーん、プランBですね}}
《プランBはなんだ?》
{{今はありませんが、バックアッププランのための情報収集をしましょう}}
{……コスタンさん、私の推測ではシャーマンの感知能力は魔法によるもので詠唱が必要なのではないですか?}
「……そうですな。感知も詠唱をしてから発動する種類の魔法でしたな」
「どういうことだ?」
ロランは首をかしげながらエリクシルに訊ねる。
{以前、ニョムさんを送り届けた時に感じた魔素のパルスのことです}
「ああ、魔素の波動、あれは魔法だったのか!?」
ロランは驚きの声をあげる。エリクシルは冷静な調子で続けた。
{コスタンさん、感知魔法には持続時間があるのでしょうか?}
「……ゴブリンスカウトの感知能力とは異なるでしょうから、長くは続かないとは思いますが……」
{そうなると……感知魔法の合間を突いて近距離攻撃を仕掛けることができるかもしれません。その場合、二手に分かれます。コスタンさんには隠れて囮になっていただき、パルスの波が途切れた瞬間にロランが強化服を使って一気に距離を詰め、喉を狙って詠唱を封じるのが最も効果的でしょう}
「……わかった!」
ロランが力強く返事をしたあと、コスタンは少し戸惑いながらも訊ねた。
「だ、大丈夫なのですかな?」
「ええ、囮といっても、敵の注意を引くだけですから問題ありません」
囮という言葉に一瞬不安を感じたコスタンだったが、ロランの説明を聞いて少し安心した様子だった。
「そうですか。確かに、この足では隠れるくらいのことしかできません……」
「お願いします」
その時、エリクシルが冷静に声を響かせた。
{ロラン・ローグ、シャーマンが射撃圏内に入ります。ハイライトします}
ロランの
「よし……コスタンさんはそこで見ていてください。それと、俺が攻撃する時に両耳を塞いでください。音がかなり大きいので」
「わ、わかった! 合図があるのだな?」
「はい、合図は"これ"です」
ロランは示すように、手で銃を撃つハンドサインを送りながら準備を整えた。
そのまま屋根の頂上に伏せ、ヴォーテクスのスコープを覗き込む。
4倍スコープが、月明かりの下で動く小さな影を捕捉する。
エリクシルのマークがなければ、ロランの目には映らなかったかもしれない。
《見えた。やっこさん小走りだな。トップバッターはシャーマン、距離500。動いてるから少し厄介だ。300メートルまで引きつけよう》
{{承知しました。あと2分ほどで300圏内です。風は微風ですから、数十センチのずれはありますが……}}
《調節しながら撃つ》
ロランはコスタンの方を振り返る。
「そちらにいます。小さいですが、見えますか?」
「いや、まったく見えませんな……よく見えますな……」
「もうすぐ攻撃を開始します。10回以上撃つかもしれませんから、耳はしっかり塞いでおいてくださいね」
「わ、わかりましたぞ」
コスタンは不安げに見えるものの、しっかりと両耳を塞いでいた。
ロランは自分のイヤーマフを装着しながら、合図をきちんとすることを決意した。
{そろそろです}
「コスタンさん、攻撃します」
ロランはスコープを覗き、合図を送る。
次の瞬間、銃声が夜の静寂を破った。
コスタンは驚き、身をすくませて耳をさらに強く押さえる。
弾丸はシャーマンの左上に逸れ、シャーマンは異変に気づかず、なおも村へと急いでいる。
《外したか……次は外さない》
ロランは再び狙いを定め、もう一度引き金を引いた。
今度は地面に着弾し、土が舞い上がる。
シャーマンはその音に反応し、立ち止まり、周囲を警戒する。
後ろについてきたゴブリンたちも、シャーマンの動きに合わせて止まった。
《よし、止まったな……今度こそ》
ロランは冷静に狙いを定め、放たれた弾がシャーマンの頭部を捉えた。
シャーマンは大きく仰け反り、その場に倒れ込む。
ゴブリンたちが慌ててシャーマンに駆け寄る様子が、スコープ越しに確認できる。
《やったか……?》
{いえ、まだです。生命反応が残っています}
《まじかよ……。なら、邪魔なゴブリンを片付けよう》
ロランはゴブリンたちを次々に撃ち倒していく。
数発は外れたが、ゴブリンたちは何が起こっているのかも分からぬまま、全員が地に伏した。
コスタンは耳を押さえるのをやめ、周囲を見回していたが、ロランはその様子に気づかずスコープを覗いていた。
シャーマンはゆっくりと立ち上がろうとしていた。
頭からは血が流れ、身体がふらついているが、なおも生きている。
《これが強化魔法の力か……頭に命中しても致命傷にはならねえのか》
{おそらく、すでに魔法が発動していたのでしょう。即死は免れたようです}
《なら、次は心臓を狙う》
ロランは深呼吸し、足元がふらつくシャーマンの心臓を狙って引き金を引いた。
背後でコスタンが驚きの声を上げた。
彼は耳を塞ぐのを忘れていたのだ。
ロランはその声に一瞬気を取られたが、すぐにスコープに戻り、シャーマンの生命反応を確認する。
「よし……シャーマンは2発で仕留めたか。コスタンさん、大丈夫ですか?」
ロランはイヤーマフを外し、振り返る。
そこには驚いた表情で耳を押さえるコスタンがいた。
「耳が……キーンとしております……!」
コスタンはまだ音の衝撃に苦しんでいるようだ。
ロランは軽く肩をすくめながら苦笑した。
「そりゃそうですよね……って、これも聞こえてないか」
エリクシルがすかさず状況を報告する。
{敵の生命反応は完全に消えました。これで戦闘は終了です}
「そうだな……プランBを使わずに済んでよかったぜ……」
ロランは屋根の上で軽く伸びをし、ようやく緊張感から解放された。
――――――――――――
討伐作戦。
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