059 コスタン村長の依頼★

 

{敵の生命反応は完全に消えました。これで戦闘は終了です}

「そうだな……プランBを使わずに済んでよかったぜ……」


 ロランは肩を軽く回し、夜空に視線を向けた。

 戦闘の余韻が消え去り、静かな夜がまた戻ってきたように思えた。


「……うう、だいぶ耳の調子が落ち着いてきました。いやはや、とてつもない音でしたな」

「しばらくは変な感じが続くかもしれないですけど、じきに治まりますよ」

「……それで、ヤツは仕留めたのですか?」

「はい、あそこに」


 ロランが農地の中の小道を指さす。


「うぅむ、なにか倒れているような気はしますが暗くてわかりませんな」

「はい。……解体もしないといけないので移動しましょうか」

「ああ、その前に皆を安心させましょう」


 コスタンはロランの手を借りて自分の家の屋根から降りると玄関に向かっていく。

 中に「終わりましたぞー!」と声を掛けてから扉を開くとサロメが出迎える。


「もう終わったのですか?とても大きな音が何回もしていましたけど……」

「ああ、ロランさんは仕留めたと言っている。今から確認しにいくのだ。……ムルコさんも立ち会うか聞いてもらえるかね?」


 サロメは「はい」と答えると奥に行く。

 家の中がざわめいている。

 少しするとサロメに連れられてムルコが出てくる。


「……この眼で、見ます」


 神妙な面持ちだ。さすがにニョムたちには見せないのだろう。ムルコひとりだけが出てきた。

 ムルコがロランに会釈したため、ロランも軽く頷く。

 コスタンは篝火から松明へ火をつける。


「ロランさん、これで先導してもらえますかな」


 ロランは松明を受け取り、先導して現場へと向かう。


 農地の小道には、倒れ伏す小鬼ゴブリンたちの無残な姿が転がっている。

 小鬼ゴブリン祈祷師シャーマンの死体のそばの地面は、人がうずくまれるほどの広さで黒く焦げ、遠くへと引きずられた跡が暗闇の中へ長く続いている。


 ロランとエリクシルは、目の前の光景からすぐにその意味を読み取った。


{{……ここで……}}

《あぁ……》


 コスタンも状況を察したのか、立ち止まりムルコのほうを見やった。


「奴は……因果なものですな、こんなところで討たれるとは」


 ムルコは黒ずんだ地面にしゃがみ込み、そっと手を伸ばしてその土に触れる。

 顔は見えないが、その肩が静かに揺れている。


「……ノワリさんの無念も、これで……」


 コスタンが呟き、場を包む静寂の中でロランはただ息を潜めて見守っていた。

 彼はふと松明を持ち直し、じっと地面に目を落とす。


「ロランさん……ニョムはここから連れ去られたのです。村人たちが追ってきたものの、父親はここで……苦しんでいた……」


 顔は松明の影に隠れて表情は分からないが、コスタンの背中に苦悶が伝わってくる。

 声の余韻には、どれほど悔しかったかが重く滲んでいる。


{残念です……}


 エリクシルはそっと目を伏せ、ロランもまた唇を噛みしめ、ただ黙ってコスタンを見つめた。


 ふとコスタンが横を向き、松明の揺れる光がその険しい表情を映し出す。

 沈黙が続いた後、再び彼はしわがれた声で静かに口を開いた。


「……私は冒険者を引退して、この村で畑を耕し、鉱山で鉱員として働いてきました……町長が町を捨てる前のことです」


 コスタンの声が、静かな夜に吸い込まれるように響く。

 背後の松明の光が、彼の肩を温かく照らし、揺れる影が地面に映し出されている。


 その悲痛な声がロランの胸に鋭く突き刺さる。

 ムルコはこれまで、ニョムのために気丈に振る舞い、涙を飲み込んでいたのだろう。

 幼い子供を育てる中で、悲しむ時間さえなかったに違いない。


 コスタンは深い思索の中に沈むように目を閉じ、しばし沈黙が流れる。

 ふと決心がついたのか、ゆっくりと目を開き、ロランとエリクシルに視線を向けて話し始めた。


「……ロランさん、エリクシルさん、折り入って頼みがあります。満足な礼はできませんが、断っていただいても構いませぬ」


 コスタンは二人の目を見据え、一拍の間を置いてから、重く口を開く。


「……どうか、"砦の主"を討ってくだされ! ヤツは小鬼ゴブリンを呼び寄せる。この村を奴らの脅威から守ってくだされ……! お願いします!」


 言葉とともにコスタンは深々と腰を折り、嘆願の姿勢をとる。

 その低い腰と常に村人を思い、故郷を守ろうとする意志に、ロランはすでに心を動かされていた。


《エリクシル、俺の考えを無声通信で伝える》

{{承知しました。拝聴いたします}}


小鬼ゴブリン祈祷師シャーマンの自己強化には驚いたが、俺の武器が勝った。"砦の主"も未知数だが、エリクシルのサポートと強装弾があれば対処できるだろう。……コスタンさんの依頼を受けよう》


 ロランの視線が、村の静かな夜の闇に向けられ、思考がさらに深まる。


《……ただ、討伐した後は? 一時の平和が訪れても、新たな小鬼ゴブリンが現れるかもしれない。この村にとって持続的な守りが必要じゃねえかな》


 ロランの言葉を受け、エリクシルの声も静かに重なった。


{{つまり、この村に自衛力を備えさせる必要があると考えているのですね}}


 ロランは頷きながら続ける。


《コスタンさんだって、若くない。傷をかばって村を守るのは難しいだろう? 船で治療をしてあげたいんだ。それから皆を鍛えるには港街のギルドで依頼を受けて腕を磨くとか、『タロンの悪魔の木』を征服してアイテムを換金し村を豊かにする方法もある……あるいは、港街と湖の町を繋ぐ要の拠点に成長させることだって……》


{{……ロラン・ローグ、あなたの想いは伝わりました。やや突飛な考えもありますが、趣旨である『手を貸すだけでは根本的な解決にはならない』、これには同意します。ただ、まずは村人の意向を確かめることが重要です}}


 エリクシルの冷静な声が、現実的なアプローチを示す。


{{コスタンさんの膝の件もよく検討が必要です。イグリースに招いてよいか、また、治療が再生医療を要する場合、現設備では限界があるかもしれません。でも、あなたが関わると決めた以上、わたしは全力で協力しますよっ!}}

《ありがとな。まずは、意向を確認だな》


 ロランは決意を固め、コスタンに向き直った。


「……謝礼はいりません。”砦の主"狩りを手伝わせてください!」

{わたしからもお願いします!}


 コスタンは驚いたように見つめ、やがて感謝の念が溢れ出す。


「おお……おおおぉ……。お二人には感謝しかありませぬ。ロランさんの強さはよぉくわかりました……。私も、囮にでもなんでもなりましょう! ともに……村を守ってくだされ……」


 そう言ってコスタンは両手を握り、嘆願するかのように両膝をついた。

 その瞳には決意と覚悟が浮かび、足が悪い身体に鞭打ってでも守るつもりなのだ。

 ムルコも深く頷き、コスタンのそばに立ち、祈るように手を組んで静かに頭を下げた。


「わたしからもお願いします! ノワリが守ろうとしたこの村を……どうか、守ってください。わたしも……できることなら何でもいたします!」


 ロランはムルコに深く頷き返す。

 それから、膝をついているコスタンの前にしゃがみ、力強くその手を握った。


「……コスタンさんには冒険者としての知恵をお借りしたいのです。あなたはこの村の未来に欠かせない。ここで失うわけにはいきません」

「知恵ですか……? そしてこの村の未来のため……。ロランさんには何かお考えがあるのですな……?」


「はい、俺たちに考えがあります。まずは、敵を知るんです」

{わたしたちには情報をもってして最良の結果を導く自信があるんですよ!}


――――――――――――――――3章 完

ニョムの父。

https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16817330666126599537

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