056 鍛冶師チャリスと缶詰★

 

「それにしても驚きだ。こんな薄い金属が食べ物を保つ入れ物とは。ロランさんの世界はどんな場所か気になりますぜ!!」


 鍛冶師チャリスが驚いた表情で缶詰を手に取り、あらゆる角度から缶の薄さと光沢を確認する。

 ごつごつした手、逞しい体つき、短く刈り上げた髪――どこから見ても腕の立つ鍛冶職人そのものだった。

 ロランはその様子を見て、彼が鍛冶師として並々ならぬ関心を抱いているのだと気づく。


「こんな薄くて軽い鉄……いや金属は初めて見ますぜ」

{鉄ではないとおわかりなのですね。チャリスさんの言う通りこれは"合金"と呼ぶ物です。複数の金属を掛け合わせているのです}

「複数の金属を掛け合わせるってーと、"ゴウキン"かな。尚更この薄さで綺麗に加工するのは難しいぜ。板金するにしたって、専用の魔道具と熟練の職人の技術が必要だ。フィラオルンにひとりいるかいないかってくらいの職人がな」

{そうですね。わたしたちの世界でも大型の"機械"……魔道具のようなもので成型しています}


 エリクシルは技術の詳細については伏せつつ説明する。


「成型……か、やっぱり漂流者は信じられねー技術を持ってるな……。コスタンさんすげえぜこれ! この缶詰っつったか? ロランさんよ、これはまた使うんだよな?」


 チャリスが缶詰についてロランに尋ねる。

 リファイナリーで素材として再利用できるが、それは言わない方がいいだろう。


「あー……、基本もう使わないですね」

「……また使わねえのか。こんな金属捨てるほどあるってことか? そっちの世界ってのは恐ろしいぜ。……いらねぇんなら俺に譲ってもらえませんかい?」


 彼の真剣な声に、ロランが「いいですよ」と応えた瞬間、エリクシルから厳しい通信が入る。


{{ロラン・ローグ、安易にわたしたちの世界の物を渡さないでください}}

《便利な物を役立ててもらうのはいいことじゃないか?》


 ロランの反論に、エリクシルの語調がさらに強まった。


{{単に便利な道具ではなく、技術流出の恐れがあります。これがもたらす影響は計り知れませんし、最悪の場合、あなた自身がこの世界で危険視されるかもしれません。慎重に考えてください}}


 エリクシルは困ったような表情で俯いてしまった。

 先程までの厳しい発言は、この世界の機序を乱すまいとするAIの理論的な考えだけでなく、ロランを心から心配する"エリクシル"の言葉だったようだ。


「……すみません、やっぱり……」


 ロランの言葉を聞いたチャリスが残念そうに眉を下げる。

 それを見かねたエリクシルがため息を吐く。


{……一度あげると言ってしまった以上は撤回しないでください。あなたはもっとこの村の方たちと仲良くなりたいと思っているのでしょう?}

「そのつもりだったけど、迂闊だったよな。すまないエリクシル、次からもっと考えるよ」

{……そうしてください}


 ふたりのやりとりを見ていたコスタンがニヤリと笑い、声をあげる。


「はっはっは、まるで夫婦喧嘩ですな!」

「夫婦……」

{結婚もしてませんよ! いえ、悪い気はしませんが、違うのです! ロランはいつも考え無しで……}


 コスタンは見守るように微笑んでいる。

 エリクシルも真剣な表情から、やや安堵した様子に変わり、チャリスに向き直って尋ねた。


{……チャリスさん、この缶詰を何に使うつもりですか?}


 チャリスはその意図を察したのか、真面目な口調で返した。


「エリクシルさんよ、俺はなにも技術だとか、これと同じのを作って一儲けしたいってわけじゃねえんだ。もちろん悪用するつもりなんざ毛頭ねえよ。そういうことを気にしているんだと思うんだけどよ……」

{ええ、そうです……。わたし達の喧嘩に巻き込んでしまって申し訳ありません}


 エリクシルはチャリスに向き直りぺこりと頭を下げる。

 チャリスはその様子に恐縮しつつ、缶詰を持ったまま固まっているロランに目線を移す。


「いや、それは構わねえんだけどよ……。うーん、俺には全然想像もつかねえが、都会の研究者ならこの缶詰を見て何か思いつくのかもな。そもそも俺だったら金属を使って何かを保存するなんてまず考えねえな。勿体ねえからだ。例えば良い食材なんかは魔法で凍らして保管することもあるけどよ、塩漬けやら乾燥やらでこと足りてんだ。確かにこの技術が気にならなえ訳じゃねえ。けどよ、これが作れたところで……」


 チャリスは缶詰の細部を確認するように語り始めた。


「……この金属の薄さ、光沢、そして滑らかさ……まるで表面が保護されてるな。俺の見立てでは、金属がそのままむき出しってわけじゃなく、蝋か何かが塗ってあって腐食を防いでるんだろう。錆びないように、もしくは食べ物を傷めないためにな。形は真似できたとしても、この表面処理の精度はそう簡単に再現できねえぜ。どうせ作るなら、戦の鎧のほうがよっぽど実用的だ。けどよ、この缶詰の技術はそういう発想じゃねえ」


 チャリスの缶詰に対する冷静な分析を聞き、ロランとエリクシルは、彼が鍛冶師として確かな知識と技術を持っていることを実感する。


 ロランとエリクシルの様子を見たコスタンがニヤリと笑い、場を和ませるように口を開いた。


「ふむ、エリクシルさんの言わんとすることもよくわかりますな。異界の技術は慎重に扱うべきものです。ロランさん、エリクシルさんから学ぶべきことが多いのでは?」

「はい。エリクシルがいなければ危ない目に何度も遭っていたと思います……」


 その言葉にエリクシルの表情も少し和らいだ。


「さすがチャリスさんだな……。そこまで見抜くとは、やっぱり鍛冶師として腕が立つんですね」

「まぁなんだ。もし捨てるくらいなら……って思っちまったが、よくねえことなら、その、大丈夫だぜ」


 チャリスは場が落ち着いたのを確認すると遠慮がちに言った。


{いえ、これは貰ってください。……ロラン・ローグは心に刻むのです。それから渡しなさい}


 エリクシルはすっかりしょぼくれたロランに、わざと大げさにそう言った。


「イエス、マム、エリクシル。……チャリスさん、どうぞ」


 ロランは戒めが意味する言葉を瞬時に理解する。

 宇宙アメーバの件だ。

 彼は伏せ目がちに空の缶詰をひとつチャリスに手渡した。


「お、おう、悪ィな……。大切に飾らせてもらうからよ……」

{チャリスさん、出来ればこの村の、身内の中だけで自慢していただけると助かります}

「あぁ、そうするつもりだぜ!」


 チャリスは空の缶詰を大切そうに両手で抱える。

 体格がいいからか、その姿がちょっと可愛く見えたのは内緒だ。


 ピピピピップッ ピピピピップッ

 突然、腕輪型端末が赤い光とともに警告音を発する。


{{ロラン・ローグ! 村の北に設置したセンサーに生命反応! その数6体!}}


―――――――――――

チャリス。

https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16817330665965807104

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る