055 コンビーフにチョコバー!?


 しばらくして、ロランはふと、自分が船から持ってきた食料を思い出す。

 せっかくの手土産を、この場で披露するのも良いかもしれない。


「そうだ、俺の世界の食べ物をいくつか持ってきているんです。多くはないので、皆さんで味見程度にはなりますが……」

「ほほぉー! 漂流者の世界の食べ物ですとな? これはまたとない機会ですな!」


 ロランは井戸のそばに置いていたバックパックから缶詰を8個取り出した。

 それらはビーフシチューとコンビーフで、各4個ずつ。

 これらをテーブルに広げると、村人たちが「なんだなんだ?」と興味津々に集まってきた。

 缶詰の金属の光沢や四角い形が珍しいようで、プルタップの使い方に皆、首をかしげている。


「こちらの“ビーフシチュー”……煮込み料理は温める必要があるので、水の入った小鍋と火をお借りしてもいいですか?」


 ロランが言うと、コスタンが村人に目配せし、鍋と水を用意させる。

 ロランは井戸のそばの焚火の上に小鍋を置き、シチュー缶を湯煎する準備を整えた。


「コスタンさん、火をお願いできますか?」

「ほっほ、任せなさい。火よ!」


 コスタンが手をかざすと焚火が再び燃え上がった。

 ロランはシチューを湯煎し始める間に、コンビーフを開けて木の器に移し替えた。


「こっちはそのまま食べられる“コンビーフ”というものです」

「肉? 生じゃないか?」


 村人たちはコンビーフの赤い色合いに疑いの目を向ける。

 ロランも少し戸惑ってエリクシルに確認する。


{コンビーフは塩漬けで加熱処理済みです。見た目は生に見えますが、火が通っているのでそのまま食べられますよ}


 ロランがひとつまみ食べてみせると、コスタンも試しに口に運んだ。


「むっ! これは……しっかりした塩味が利いて旨い! そして食べるほどに旨みが感じられる。……皆もぜひ味わべきですぞ!」


 その言葉で、村人たちもコンビーフに次々と手を伸ばし、驚きながらも楽しみ始めた。


「しょっぱくて美味しい!」

「酒と合うね!」

「面白い食感だ、ほぐれて口に広がる!」


 コンビーフがあっという間に平らげられると、今度はニョムが得意げに顔を上げて言った。


「ロランのご飯は美味しいよ! “チョコバー”も甘くて大好き!」


 その言葉に、村人たちがまたもや「“チョコバー”?」と興味津々にロランを見つめる。

 ロランも忘れずに持ってきていたチョコバーをバックパックから取り出し、一本ずつ切り分けてみせた。


 村人たちはその濃い茶色の塊を不思議そうに眺めていたが、ニョムが「美味しいよ!」と言ってかじりつくのを見て、皆恐る恐る口に運んだ。

 口に入れた途端、濃厚な甘さとほろ苦い風味がじんわりと広がり、村人たちは驚きの顔で声を上げる。


「甘い……しかも溶けていくぞ!」

「おいしい!」


皆が感嘆の声を上げる中、コスタンがしみじみと口を開いた。


「ほぉ、これはチョコレートに似た味ですな?」


《……チョコレート! もしかして、言葉が一緒なのか!?》

{{ 単語が一致しているようですね }}


「……コスタンさん、チョコレートをご存じなんですか?」

「ええ、バイユールの商人が珍品として売っていたのを購入したことがあります。確か、エセリウムから仕入れてきたと自慢していましたな」

「エセリウム……」


{エセリウムで漂流者が持ち込んだカカオ豆を原料にしている可能性がありますね。となると、他にも漂流者の遺物や、脱出に繋がる何かがあるかもしれません}

「つまり、カカオがあるならコーヒーなんかも……見つかるかもしれないってことか!」


 新たな発見への期待が膨らむロランを見て、コスタンが微笑みを浮かべ嬉しそうに言った。


「ほほぉ! エセリウムへの興味が湧いてきましたかな?  もし機会があれば、この国のどことも異なる世界が待っていますぞ! エルフ族が住まうのできっとエルフ銀も見つかります!」

「まじですかっ!」


 ロランは思わず声を上げたが、その瞬間、エリクシルが冷静に忠告を促す。


{ロラン・ローグ、それよりも……今は目の前のことに集中を}

「わかってるよ……」


 ロランは苦笑いし、肩をすくめて返事をした。


 漂流者の足跡を辿ることができれば、脱出や未知の知識を得る手がかりも見つかるかもしれない。

 ロランは改めてそんな期待を抱きつつ、持ってきたビーフシチューの缶詰を湯煎で温める準備を整えた。


「温め終わったら木のヘラで取り出しますね」


 ロランがそう言うと、村人のひとりがヘラを貸してくれた。

 しばらく待ちながら周囲に目を向けると、コスタンが缶詰を手に取り、隣の大柄なヒューム族の村人に手渡して何か話しているのが見えた。

 その大柄な村人は、缶詰をあらゆる角度に傾けて見た後、上蓋の縁に指を触れている。


「あっ! 危ないです!」


 ロランが警告するのも間に合わず、指から血が滲むのが見えたが、その大柄な村人は痛がる素振りも見せず、興奮気味に声をあげた。


「なんと鋭い! こんなに薄く硬く仕上げるのなんか無理ですぜ!」」


 ロランは湯煎中の鍋を見てくれている村人に一言伝えると、指を切った村人のもとへ急いだ。


「大丈夫ですか? しっかり切れているようですけど……」


「いや、大丈夫ですぜ! こんなものはすぐ治る。申し遅れました。俺はこの村の鍛冶師、チャリスと申します!」


 ロランは礼儀正しいチャリスに微笑み返し、指先を気にかける。


「それにしても驚きだ。こんな薄い金属が食べ物を保つ入れ物とは。ロランさんの世界はどんな場所か気になりますぜ!!」

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