053 バズビーミードで乾杯★

 

 コスタンは次第に杖に頼りながらも、誇りを持って村人たちの間を歩き、迎える夕食の準備が進む広場に向かっていった。


 ロランとエリクシルは、広場での賑やかな歓迎会の準備の光景に圧倒されていた。

 焚火で焼かれる肉の香ばしい匂いや煮込み鍋から立ち上る香りが食欲をそそる。

 村人たちがそれぞれの持ち場で一心に作業し、誰もが楽しそうだった。


「ピギーの丸焼きがないので本格的な宴とは言えませんが、ささやかな歓迎会をさせていただきますぞ」

「いえ、十分すぎるほどですよ。とても楽しみです」


 コスタンは嬉しそうに頷き、ロランを井戸の前へと案内すると、村人たちに向かって紹介を始めた。


「皆、聞いてください! ニョムさんを救った英雄、ロランさんとエリクシルさんです!」


 その声に応えて村人たちから歓声と拍手が湧き上がった。

「英雄!」「ありがとう!」と次々に感謝の言葉が飛び交い、ロランは照れながらも皆に頭を下げ、エリクシルも凛とした笑顔で応えていた。


「そして、こちらが私の妻、サロメです」


 コスタンの紹介で現れたサロメは、優しい微笑みを浮かべながらロランとエリクシルにお辞儀をした。

 エリクシルがすかさず{とてもお綺麗ですね}と言うと、サロメは微笑んで返す。


「エリクシルさんも本当に美しいですね。あなたがニョムを助けてくださったと聞いて、本当に嬉しいです」


 エリクシルが少し照れながら答えると、サロメは続けて、ふと夫を見やる。


「うちの主人、長話でおふたりにご迷惑をかけていませんか?」

{いえ、楽しくて学びが多いお話ばかりです}

「まぁ、勉強なんて大げさだわ」


 笑うサロメに、コスタンも得意げに「エリクシルさんは素晴らしい生徒です!」と声を張り上げる。

 ふたりのやり取りに、ロランもエリクシルも思わず笑顔になった。


「とても素敵なご夫婦ですね」

{おふたりとも、とても仲が良くて素敵です}


 コスタンとサロメも微笑み返し、村人たちはその様子を微笑ましそうに見守っていた。


 しばらくして、準備が整い、コスタンの指示でロランやエリクシルも食事の運搬を手伝い始めた。

 香ばしく焼けた肉やたっぷりの野菜スープ、ふっくらとしたパンが大皿に盛られ、次々とテーブルに並べられていく。

 広場には料理の香りが立ちこめ、空腹が一層強まった。


「さぁ、準備完了です!」


 コスタンが咳払いをして広場を静かにさせた。


「まず、急なお願いにも関わらず、素晴らしい料理を準備してくれた皆に感謝を申し上げます。ありがとう」


 村人たちが拍手で応え、コスタンはさらに話を続けた。


「皆も知っての通り、小鬼ゴブリンの襲撃が頻発してから村は多くの苦難を経験してきました。ニョムさんが連れ去られ、私たちの活気は失われたかのようでした……しかし、ロランさんとエリクシルさんが、無事にニョムさんを救ってくださったことで、村に再び生きる力が湧きました。この場を借りて、改めて感謝申し上げます。そして今夜、2人を歓迎し、村の一員として親睦を深められることは、大変に喜ばしいことです……」


 コスタンの言葉を聞いて、ムルコは目元を拭い、ニョムの手をギュッと握りしめた。

 ニョムも改めて母親の隣に戻ることができた事を喜んでいるのか、目に涙をにじませながらピッタリとムルコに寄り添い続ける。


「……さあ、皆で盛大に祝福しましょう! カンパイ!」


「「「「"カンパイ"!」」」」


 コスタンが掛け声とともに木のジョッキを持ち上げると、村人も一斉に各々のカップを天に掲げる。

 ロラン達も皆にならい"カンパイ"を告げる。

 エリクシルの翻訳もいらない、こういったときに行うのは決まって"乾杯"だろう。

 そのあとは各々が飲み物に口をつける。


「……むっ!?」


 口に運ぶと、甘くフルーティな香りとともに蜂蜜のまろやかさが広がる。


「……それはシャイアル村特産の"バズビーミード"ですぞ。いかがですかな?」

「こんなに香りのよいお酒は初めてですね、それに美味しい! この村で作られているんですか?」

「ええ、湖の近くで『バズビー』という花の蜜を集める虫を放し飼いにしているんです。それを使った特産品ですな。これからの季節は蜜が採れるので、一段と美味しくなる頃ですよ」


{"バズビー"ですか……おそらくハチでしょうかね}

《確かに、動きや見た目も蜂っぽいなしな。……顔も面白いな》


 コスタンは「ぶーん」と飛ぶ仕草をしておどけて見せ、村人たちも笑い声をあげた。

 ロランとエリクシルもそれにつられて笑顔になり、場が一層和やかになった。


「ロランさん、そちらの世界でもこのようなお酒があるんですか?」

「ええ、蜂蜜から作るお酒もあるようですが、実はこれが初めてで……これは本当に美味しいですね。料理にも合いそうです」

「そうでしょう! このバズビーミードは軽めで、どんな料理にも合いますからな」


 村人たちは笑いながらジョッキをぶつけ合い、肉や野菜の料理にも手を伸ばしていった。

 料理を口に運んだロランも、その豊かな味わいに舌鼓を打つ。


 料理が進む中、コスタンが隣のロランに話しかけた。


「ポートポランにも、この酒に合う料理がたくさんありますぞ。機会があれば、ぜひ訪ねてみてください」

「ええ、ぜひ訪ねたいですね」


 ロランがそう言ってポートポランへの旅路に想いを馳せていると。


「さぁ、料理が冷めてしまう前に食べましょうか」


 コスタンがそう言って目の前のシチューに手を付ける。

 ロランとエリクシルは、村人たちの温かい歓迎に心から感謝し、村でのひとときを存分に楽しむことにした。


―――――――――

サロメのスケッチ。

https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16817330665941390348

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る