052 鉱山の遺産と教訓★
「そろそろ鉱山が見えますぞ」
コスタンが指し示す方向には、削られた山の麓に古びた石造りの建物が並び、その奥に鉱山の入口が見えた。
ロランとエリクシルはその様子を見上げ、村の産業の一端を担っていた場所に思いを馳せた。
「あれは元々、鉱山労働者の住まいでした。鉱山で汚れた水を避けるため、村は離れて作られたのです。かつては大量の鉱石や魔石が産出され、賑わったものですが……」
無造作に置かれた錆びたトロッコやレールからも、かつての繁栄が感じ取れる。
粗末な石の家々は、労働者たちの簡素な仮住まいのようだった。
「私も、そして息子もここで働きました。しかし、実際の稼ぎは町長がほとんど持っていったと知ったのは、彼が夜逃げしてからです」
コスタンは悔しそうに顔を歪める。
その表情に、ロランも鉱山で働いていた頃の苦労と仲間たちとの日々を思い出し、共感を覚えた。
「鉱山は埋め立てられていないんですね?」
「はい、町長が逃げてからは閉鎖する者もおらず、入口を木で塞いだだけです」
ロランは鉱山に再び入れるかもしれないと考えた。
{魔石も採掘できるんですね}
「そうです、ダンジョン跡が鉱山に変わったおかげなのか、壁が鉱石や魔石に変わるんです。まるで宝の山のようでしてなぁ」
コスタンが懐かしそうに笑うも、すぐにその顔が険しくなる。
「……しかし魔石には頼りすぎないことが肝心です。昔ながらの方法も大切にしないと、いざという時に役立たずになりかねません。最近の若者は魔道具や装備に頼りすぎて、自分の手でできることを忘れてしまっていると聞きます」
{伝統を重んじているんですね}
「父も似たようなことを言っていました。最後に頼れるのは自分自身だと」
「……その通りですな。ロランさんのお父上も立派な方だったのでしょう」
{……ああ、そういえば鉱山の前はダンジョンだったとおっしゃっていましたね。なぜ征服せず管理しなかったのですか?}
エリクシルがまるで今思い出したかのようにコスタンに尋ねる。
「管理? 征服ってなんだっけ?」
ロランは例の長話の大半を聞き流していたため、内容が断片的にしか頭に入ってこない。
そんな彼のためにエリクシルは、簡潔に解説する。
{ダンジョンの「核」、つまりコアを破壊すると、ダンジョンは機能を停止し、莫大な報酬が手に入る。これを「ダンジョンを殺す」と言います。一方で、定期的に人を送り込むことで、魔物の
ロランは簡潔な説明を聞いて頷いたものの、話の全体像はまだ掴みきれない様子だ。
「……制服は報酬を得られるのか! 面白い! ……でも、一度の征服より、管理して継続的に資源を得る方が良さそうだ。なんで管理しないんだ?」
{それをコスタンさんに聞いていました}
エリクシルの呆れた表情にロランは苦笑いを見せる。
「……このダンジョンの発見者が他国の貴族でしてな。彼が領主から権利を買い、シャイアル村はダンジョン攻略の前哨基地として生まれたのです」
「なるほど、権利を買うとは……?」
ロランが興味深げに聞き返す。
「特に領地に関わるダンジョン管理は領主の責務です。しかし、名声を求める貴族は資源を放棄してでも名を上げるために征服の権利を買い取ることがあります。実際、ここシャイアル村の領主スネア伯爵も、辺境のダンジョンには関心が薄く、利益重視で他国の貴族にその権利を売り払ったのです」
{なるほど、単なる資源だけでなく政治の駆け引きも絡むのですね。両者の間で報酬と名声の取引があったと}
「……そうです。伯爵は賢明な人物で『賢熊のスネア』と称されている方ですが、エリクシルさんも彼に負けず劣らず聡いですな!」
{それほどでも……}
エリクシルは頷きながら、褒められたことに少し照れくさそうに髪をかき上げた。
「……ダンジョンの攻略には駐屯が必要で、時にはその拠点が軍事的な戦略にも利用される。ダンジョンは単なる資源だけでなく、地域全体にとって重要な存在なのです」
{ダンジョンが地域の政治と結びつくのですね……}
エリクシルは深くうなずき、ロランはこの複雑な話に少し戸惑いながらも考えを巡らせる。
「さて、北の方に向かいましょう。美しい山と湖が見えますぞ……ロランくん、魔素の流れを感じ取る練習をするといい!」
「はいっ!」
ロランは思わず背筋を伸ばし、威勢よく返事をする。
エリクシルが笑みを浮かべる中、コスタンは少し得意げに胸を張り、道を戻り始めた。
* * * *
村に戻ると、村人たちが忙しそうに行き交い、コスタンに元気よく挨拶をする。
コスタンも微笑みながら、挨拶を返していた。
「コスタンさん、家の修理を手伝いますよ」
「いやいや、まずは皆さんの家を優先してください。皆さんの暮らしが第一ですから」
コスタンは、村のために身を尽くしているのだろう。
彼の家がまだ直せていないのは、村人の生活を優先しているからに違いない。
ニョムが戻ってきたとき、最も喜んだのはコスタンだったのかもしれない。
村を守り、村人を家族のように思っている彼の姿が浮かぶ。
ロランはコスタンのために何かできないかと考えた。
砦の主もろともやつらを討伐するだけで、暮らしがよくなるものなのだろうか?
襲撃がなくなるだけで、働き口はないままだ。
去っていた村人たちも戻らないだろう。
もっと何かないか……。
「コヨの湖と名もなき山です。綺麗でしょう」
コスタンの声にハッとして、ロランは目の前の風景に目を向ける。
湖が太陽の光を受けて輝き、風に揺れている。
手前には農地が広がり、色とりどりの農作物が育っていた。
{はい、とても綺麗ですね}
エリクシルの髪が風に揺れ、彼女もその風景に見とれている。
自然の前で、年老いたコスタン、若きロラン、そしてホログラムのエリクシルという異なる三人が立ち尽くしていた。
「自然はいいですね」
「ええ……」
しばらく風景を楽しんだ後、コスタンが広場に戻ることを提案した。
「英雄の歓迎会ですぞ。腕を振るって皆でおもてなしします」
「わあ、良い匂いがここまで届いてきますね。楽しみです!」
ロランは遠くからでも漂う食材の香りに気づき、笑顔を見せる。
「さて、広場の方角はどこか分かりますかな? ロランくん、魔素の流れですぞ」と促す。
「ええっと、南ですね」
「おお!よくできましたな!」
{ふふ、まるで先生と生徒のようですね}
ロランはちょっとした達成感を覚え、先生と生徒のようなやり取りに皆が笑顔で和やかに応える。
コスタンは次第に杖に頼りながらも、誇りを持って村人たちの間を歩き、迎える夕食の準備が進む広場に向かっていった。
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『賢熊のスネア』
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