045 薪割りをしながら★

 

「少し話しすぎましたかな。……外で風にでも当たりませんか?」


 コスタンがお茶を飲み干して提案すると、それはロランにとっても待ち望んでいた言葉だった。

 木の椅子に長らく座り続けていたせいで、腰が鈍く痛んでいたのだ。


「ええ、そうしましょう。あ、そしたら俺は薪割りをします! ムルコさんと約束したので!」


 ロランは弾けるように立ち上がり、ムルコに向けて声を張った。


「ムルコさん、薪割りしてきます!」

「ええっ? 今日はゆっくりしても大丈夫ですよ?」

「いえ、少し身体を動かしたくて!」


 肩をぐるぐると回してみせるロランに、ムルコは驚いたような顔をしながらも、ふっと笑みを浮かべた。


「それならお願いできますか。斧は家の裏にありますから」

「案内しましょう」


 杖を手に立ち上がるコスタンを見送り、ロランも軽く頭を下げてその後に続く。

 外に出た途端、穏やかな風が顔を撫でた。その心地よさに、ロランの肩が自然と軽くなった。


 裏手に回ると、木の柵で囲まれた広い庭が現れた。

 中央には古い切り株が据えられ、薪割り台の役目を果たしているようだった。

 軒下には積み上げられた薪、その傍らには金属の刃が鈍く光る斧が立てかけられている。


「よっと……」


 ロランはその斧を手に取り、重さを測るように軽く振った。

 手に馴染む感触が心地よく、刃先もよく研がれている。


「ロランさん、薪割りはお得意ですか?」


 庭の端に立ち、ロランを眺めていたコスタンが声をかける。

 その問いにロランは笑顔を浮かべてうなずいた。


「ええ、父と野営に行った時によくやっていたので」


 外套を脱いで丁寧に畳み、それをバックパックの上に掛けた。

 その動作を見守っていたコスタンの視線が、ふとロランの荷物に結びつけられたハンティングナイフの鞘に向かう。


「これは狩猟用の短剣ですかな?」

「はい。これで小鬼ゴブリンから魔石を取り出したんです。少し気が引けましたが……」


 ロランは短剣を手に取り、コスタンに渡した。

 コスタンはその刃を食い入るように観察する。

 まるで刃の歴史そのものを読み解こうとするかのように、目を細めながら。


「これは鋼でしょうか……。いや、もしかすると鋼だけではないのかも知れませんな」


《わかるもんなのか……》

{{正確にはチタン合金と鋼の特殊鋼材で製造されたハンティングナイフです。耐摩耗性と耐腐食性に優れて……}}

《わかってるわかってる! 俺がコレ・ムヌ・ギュラ社で買ったやつだから》


 コスタンはロランの返事を聞くと、ふんふんと頷きながらナイフを吟味するように眺める。

 彼はそのナイフを振りかざし、軽く空を切るように試し振りをした。


「ヒュッ」


 刃が空を切る音が鋭く響き、ロランの胸の奥が軽く震えた。

 その動きに宿る精密さと美しさが、かつての冒険者としての彼の名残を感じさせた。


「……さすが、振るった姿に迫力がありましたっ!」

「いやいや、お恥ずかしい限りですな。……この短剣は名のある鍛冶師のものでしょうか? ……見事な業物です」

「えーっと、作り手はわからないんです」


《どっかの工場で造られたんだろ……?》

{{プレス機による鍛造品でしょうね}}


「……そうですか。刀身の軽さや刃の鋭さ、それに、斧のように使える強度……ドルネル鋼、いやダマスカス鋼に勝るとも劣らない」

「……そう言われるとなんだか嬉しいですね」


 ロランはまるで少年のような照れ笑いを浮かべつつ、頭をかきながら答えた。


{{ダマスカス鋼は素材を何層にも折り畳むことで生じる木目状の模様を特徴とした物ですが、果たしてこちらの世界でも同じものなのでしょうか? そしてドルネル鋼という名称は初めて聞きますね}}

《こっちの世界のダマスカス鋼と同じとは限らないよな。……でも全部聞いていたら薪割りも進まない》

{{そうですね、またの機会にしましょうか}}


 コスタンは一通り短剣を眺めた後、ロランにハンティングナイフを手渡す。


「短剣、ありがとうございました」


 コスタンは一瞬、ロランの腰についている鞘付きの短剣にも目をやる。

 しかしロランはコスタンの視線に気づかず、ハンティングナイフをしまうと、すぐに薪割りの準備に取り掛かった。


 斧を構え、ロランは最初の丸太に向き合った。高く掲げた斧を、一気に振り下ろす。


「パッカーン!」


 澄んだ音が庭に響き、丸太が見事に2つに割れた。

 その様子を見たコスタンが、深くうなずきながら言った。


「うむ、いい腰の入りですな」


 コスタンの声に、ロランは軽く息をつきながら振り返った。

 丸太が見事に割れ、薪割り台の上には清々しい音の余韻だけが残っている。


「……そういえば、冒険者になるには何か特別な条件がいるんですか?」


 何気なく投げかけたロランの言葉に、コスタンの表情が少し柔らかくなった。

 手元の杖を握り直しながら、答えが浮かんでくるのを待つように、少し間を置いて口を開く。


「いえ、誰でもなれますぞ。この村の最寄りであればポートポランに冒険者ギルドがあります」

「本当ですか!? 俺もそこに行けば冒険者になれるんですか!」


 ロランの声が弾んだ。次の瞬間、振り下ろされた斧の刃が薪に食い込み、「パッカーン!」という音が庭に響き渡る。

 割れた薪が二つに飛び散る様子を目の当たりにしながら、彼の心の奥で何かが弾けた。


 冒険者になれる――その可能性を目の前に示されると、ロランの胸の内に沸き立つものがあった。

 まるで少年の頃に抱いた冒険への憧れが、再び息を吹き返したかのようだ。


「ええ、登録料を払えばなれます。ただ……」


 コスタンの言葉がそこで一度途切れ、どこか含みを持たせた響きに変わる。

 ロランは思わず斧を置き、その先を促すように耳を傾けた。


「……ですがあそこのギルドは少々変わっていましてな。ポートポランは交易と漁業で栄える港街です。漁師たちが冒険者を兼ねているので、依頼はあまり回ってこないのです」


 薪の上で斧を持ったまま、ロランはコスタンの言葉を反芻した。

 漁師が冒険者を? 彼の目が無意識に大きく見開かれる。


「漁師が、魔物を討伐するんですか!」


 コスタンはロランの驚きを楽しむかのように、眉を上げて笑った。


「ええ、そうですな。血気盛んな漁師たちは自衛も得意です。それに、特に海の魔物は食材にもなりますから」


 その言葉に、ロランの想像が一気に広がった。未知の魔物を討伐する漁師たちの姿、そして異世界ならではの食文化が、彼の胸を高鳴らせる。彼の好奇心は抑えきれないほどに膨らんでいく。


「『海の竜頭亭』の魔物料理が絶品です。いつか尋ねてみると良いでしょう」

「……魔物料理。それ、ぜひ食べてみたいですね!」


 ロランの頬に笑みが広がり、彼の目は未来の冒険と未知の味への期待に輝いていた。

 その勢いのまま、再び斧を振り下ろす。


「パッカーン!」


 切れ味の良い音が響き渡り、割れた薪が再び飛び散る。

 だが、その音に負けじと、彼の胸の内ではさらに大きな夢が広がっていった。


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