046 茶菓子と休憩
しばらくポートポランにある食事処や名物の話題で談笑しながら、ロランは黙々と薪割りを続けていた。
{皆さん、食べ物の話題が本当に好きですね}
「エリクシルさんは食べないとおっしゃっていましたな。興味のない話で申し訳ありません」
{いえ、お話はとても楽しいです! それに皆さんがわいわいと食事を楽しむのを見ていると、私まで楽しくなります}
エリクシルが柔らかく笑うのを見て、ロランはようやく斧を置いた。
額に滲んだ汗を手の甲で拭い、息を整える。
「皆さーん、お茶でもいかがですか?」
ムルコが籠を抱えて庭に現れた。
絶妙なタイミングだった。
「いいですなあ」
「ああ、ちょうど一息つきたかったところです。ありがとうございます」
ロランは斧を薪割り台に立てかけ、コスタンの隣にある丸太に腰を下ろした。
ムルコは籠から瓶と木製のカップを取り出し、一つずつ手渡していく。
2人は「いただきます」と声をそろえ、お茶を口に含んだ。
「うむ、うまいですな」
「……これは、ニョムたちがくれたキノコ茶とはまた違うものですね。とても旨いです」
口の中に広がる爽やかな酸味と、レモンティーを思わせる香り。
ロランの目が少し大きくなる。
「キノコ茶を飲まされたんですか? あれは風邪の時に飲むものなのに……」
ムルコが呆れたように苦笑した。
「いいんですよ、とても面白い体験でした」
「キノコ茶も癖になるものですな、彼らなりのおもてなしだったのかもしれませんぞ」
「ごめんなさいね、こちらは紅茶にイクマの実を入れたものなんです」
ムルコがお茶について説明する。
どうやら来客用の特別なお茶らしい。
「イクマの実……酸味がさっぱりして香りが良いですね」
「コヨの森で採れるものです。紅茶は畑で作っていて……これと一緒にどうぞ」
ムルコはそう説明し、籠から四角い焼き菓子を取り出した。
包み紙をそっと開くと、ふわりと甘い香りが漂う。
「おお! シャイアルケーキですな。イクマのお茶と合わせると最高なんです」
{とても美味しそうですね}
小ぶりなパウンドケーキのようなその焼き菓子には、細やかに刻まれたドライフルーツがいくつも練り込まれている。
「いただきます!」
ロランは一切れを手に取り、口に運んだ。
歯が生地に触れた瞬間、しっとりとした感触が広がり、芳醇な香りが鼻を抜けていく。
「……これは! すごく美味しいです。甘みと果物の風味が絶妙ですね」
ドライフルーツの酸味と甘みが生地にしみわたり、わずかに漂う香ばしさが心地よい。
ロランはその味わいを堪能するようにゆっくりと飲み込んだ。
「香りづけに森のベリィで造ったお酒を少し入れてるんです。シャイアルケーキには欠かせません」
「"ベリィ"っていうのは、あの赤い小さい果実ですか?」
ロランが手の指で小さな円を描いてみせると、ムルコは微笑みながら頷いた。
「その通りです。森では赤ベリィや青ベリィが採れますよ」
ロランの脳裏に、タロンの森で見た赤い実が蘇る。
あれがこんなにも美味しい菓子に使われるとは、彼は満足げに頷いた。
「こうして外で食べる茶菓子は、また格別ですなぁ」
「まったくですね。これは売り物になるくらい美味しい!」
「ええ、ムルコさんの焼き菓子は村でも評判ですからな。商人が訪ねてきて買い取っていくほどです」
ロランは、これほど美味しい菓子が村の名物として広まればいいと思ったが、その思いを胸の内に留めたまま、目を細めてもう一口頬張った。
その時だった。コスタンがふとロランの腰に下げた短剣に目を留め、低い声で言った。
「ところで……ずっと気になっていたのですが」
ロランも視線に気づき、「これですか」と短剣を外して手渡した。
コスタンは慎重にそれを受け取ると、柄から刃へと視線を滑らせ、角度を変えながらじっくりと観察し始めた。
「おお……これは見事な造りですな。柄も素晴らしいが、刀身の色味がまるでエルフ銀のようだ」
「エルフ銀……?」
ロランの胸に、大きな驚きが走った。
聞き慣れないわけではないその言葉が、目の前の現実に浮かび上がる。
彼の頭に物語の情景が鮮やかに蘇った。
{{映像作品の「アーサー王と124人の宇宙騎士」にも、エルフ銀で造られた剣が登場していましたね}}
《あぁ、
アーサー王の"王者の剣"。エルフ銀鉱を精錬して造られたその剣は、ただの武器ではなく、正義と勇気の象徴として語られてきた。
飛竜との戦いでアーサー王と共に失われたその剣は、ロランにとって憧れと悲しみの象徴でもあった。
《まさか、エルフ銀が実在する世界なのか……》
目の前の短剣を手にしたコスタンは、まるでその物語を知っているかのような口ぶりで続けた。
「エルフ銀は古代の英雄たちが手にしたという、とても貴重な金属です。この短剣も、その伝説に匹敵する品格を感じますな」
ロランは、ただ刃に映る光を見つめた。
物語の中の幻想が、今や現実の世界の一部としてそこにある。
その事実が、彼の胸を高鳴らせる。
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