044 魔素の創造主★
「ええ、何事もなくて良かったです。……あの、話の途中で出てきた魔素とは一体なんなのでしょうか? 俺たちの身体にも流れていると聞いています。どういったものなんですか?」
ロランの質問にコスタンが改めて姿勢を正した。
「魔素……それは、空に大地、火に水、そしてヒトに魔物、生きとし生けるものすべてに宿るものです。我々にとって血であり肉であり、骨でもある。これがなければ、私たちも生きられません」
「生きられないとは……?」
ロランはテーブルに身を乗り出し、興味深げに聞き返した。
「たとえばヒトも魔物も、魔素の塊である"マセキ"を失うと、命を保てなくなるのです。……あぁ、"マセキ"とは心臓付近に宿る石です! 魔素を宿すため魔石と呼びます」
{{魔石はジェムストーンでしたか……現地語に統一します}}
それを聞いたロランは、初めてエリクシルと魔石の存在について話したときのことを思い出した。
もし取り出していたらどうなっていただろう。二人は互いに顔を見合わせる。
{{取り出さなくて正解でしたね}}
《……ああ》
ロランがうなずくと、コスタンは話を続けた。
「さて、魔素とは何か。この問いを答えるには、その根源について触れねばなりません。なぜ魔素が存在し、誰がそれを造ったのか」
コスタンの表情が険しくなり、顔にしわが刻まれる。
そして低い声で語り始めた。
「ここから先の話ですが、私はできるだけ公平に、客観的にお伝えします。……ただ、他言は無用。私から聞いたと他の誰にも言わないでください」
「わかりました」
ロランは息をのむ。
先ほどまでの自慢話とはまるで別人のようにコスタンの雰囲気が変わっていた。
目の前にいるのは、禁忌に触れるかのような覚悟を決めた、威厳をたたえた語り手だった。
「この話題は、異種族間の争いを生んだことさえある。それほど注意が必要な話です。覚悟して聞いてください」
「……はい!」
コスタンは深い息をつき、厳かに続けた。
「魔素は、住む世界の異なる高位の者が造ったとされています。彼らを、ヒトは創造主、あるいは神と呼ぶ。……魔素を造った理由については、"創造主が自らの創造物に触れるため"という説があります。ロランさん、あなたの世界にも似た話がありますか?」
エリクシルもじっと耳を傾けている。
「ええ……神話や創造主が世界を造ったという話はあります。けれど、信じる者もいれば、そうでない者もいる。誰も確かめようがなくて、ただ信仰の対象になっているだけです」
ロランが慎重に返答すると、コスタンはしばらく考え、穏やかにうなずいた。
「そうですか……。こちらでは創造主は種族によって神を信じる数や姿が違うとされていますな。ところで、創造主に触れた記憶など、おありですか?」
「いえ、ありません」
ロランは存在を肯定するでも否定するでもなく、言葉を選んで返答する。
コスタンは顎髭を撫でながら話す。
「なるほど。この地では、生まれた時に創造主の抱擁を受けると言われています。……私たちヒューム族に限らず、多くの種族にこの記憶がある。自分が生を受けた瞬間、温かな光の柱に包まれ、創造主に触れられたという記憶です。そしてその後、物心がついた頃に、それが創造主であったと知るのです」
コスタンはその記憶を思い出すかのように、目を閉じて表情をゆるめた。
「なんというか……途方もない話に聞こえます。俺たちの世界とは違う感覚ですね」
ロランの返答に、コスタンは再び口を開く。
「ええ、不思議な話でしょう。そして創造主は、見る者によって姿を変えるとも言われています。シヤン族にはシヤン族の姿で、私にはヒューム族の姿で現れる。呼び名もそれぞれ違うのです」
《ヒューム族……2回出てきたな。ヒト族のことか?》
{{おそらく、後ほど確認しておきましょう}}
「創造主はただ抱擁を与え、あとは何も残しません。ですが、ここで問題が起こる。種族によって創造主の姿や呼び名が異なることが、大きな争いを招いたのです」
「争いですか……」
「そうです。ある者が"自分の見た創造主こそ唯一の神だ"と宣言しました。そして、他種族の神を否定する思想が広がり、やがて暴力にまで発展したのです。多くの命が失われ、無益な戦いが繰り返されました……」
コスタンは悲しそうに息を吐く。
そして静かに両手を組んでテーブルに置いた。
「私見ですが……創造主の姿形が異なっても、皆が抱いた抱擁の記憶には共通する根源があるのではと感じます。それに優劣をつけるなど、愚かしい話ではありませんか。そして創造主は、私たちの苦境に手を差し伸べることはありません。あくまで『自分たちのことは自分で面倒を見ろ』と教えているように思えます」
コスタンの声は深い反響を伴い、ロランの胸に重く響いた。
ロランは一度息を整え、言葉を選びながら答えた。
「……俺たちの世界でも、人は過ちを繰り返すと言います。戦争も病も飢えも、決してなくならないと……」
コスタンは目を伏せたが、ロランはさらに続けた。
「……でも、それでも変わることはできる。争いを避ける考えを持つ人もいます。まだ少数かもしれないけれど、希望を捨てない人もいるんです」
コスタンは驚いたように顔を上げ、次第に目に光が戻っていった。
「ふむ、希望を捨てるな、と……。それがあなたの言葉であり、信条なのですね」
ロランも小さくうなずいた。
父から教わった言葉が異世界の地でも響くとは思わなかった。
「ええ、父も"希望を捨てるな"と教えてくれました」
「ふむ……やはり素晴らしい方々ですな。いや、これはきっと運命というものかもしれませんな」
コスタンの屈託のない笑顔に、場の空気が和み、二人は自然と微笑みあった。
「少し話しすぎましたかな。……外で風にでも当たりませんか?」
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光背。
https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16817330666538344930
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