040 シャイアル村の村長★
「ロランさん、お待たせしました」
現れたのは、耳も尾もない、落ち着いた表情の初老の男だった。
ムルコの隣に立つと、杖を支えに姿勢を正し、ロランをじっと見つめた。
ロランは静かに目を合わせ、その様子を注意深く観察するのだった。
「シャイアル村の村長、コスタンと申します。村を代表してお礼を申し上げます」
「ロランです。よろしくお願いします」
ロランは椅子から立ち上がり、少し緊張しながらも堂々と挨拶を返した。
コスタンはゆっくりと席に座りながら、静かに村の様子について語り始めた。
「ニョムさんを助けていただいたこと、村を代表して心から感謝しています。ただ、村は困窮しており、ささやかな宴も開けないのが現状です。せめてこれをお受け取りください」
そう言い、コスタンは懐から巾着袋を取り出し、ロランの前に置いた。
金属がぶつかる音が微かに響く。
{{金銭のようですね}}
《あぁ、金はこの先必要だろうが……》
ロランはその音を聞き、ためらいがちにコスタンを見た。
「……これは受け取れません」
「どうか遠慮なさらずに」
「報酬が目当てではありませんから」
ロランの答えにコスタンはわずかに笑みを浮かべつつ、巾着を引き取った。
その顔には少し寂しげな色が見える。
「……ところで、ロランさんは旅人だと伺っていますが、どちらからおいでですか?」
「山の向こうからです」
コスタンは一瞬驚いた表情を見せ、片眉をあげた。
「山の向こう……『タロンの原生林』からですか?」
「『タロンの原生林』かは分かりませんが、森の中に不気味な洞の木がある場所を通ってきました」
コスタンがぎょっとした顔をする。
「不気味な洞の木と言えば……あの『タロンの悪魔の木』……。その近くに住まわれているのですか?」
{{"タロンの悪魔の木"という呼称が現地での名称のようです。ロラン・ローグ、安全な場所に住んでいると伝えた方がいいでしょう}}
エリクシルがアシストしてくれる。
「いえ、かなり離れた場所に野営しています」
「ロランのおうちはすごいよ! お風呂もあるの!」
ニョムが割って入る。
{{これは……}}
《ああ、言っちゃったか》
村人たちは皆、ニョムに注目して口々に話し出した。
「お風呂ですって?」「貴族様が使うやつか?」「公衆浴場でもあるの?」
ざわめく村人たちに向かい、ロランはニョムに静かに首を振った。
気づいたニョムは、バツが悪そうに黙り込んでしまった。
その様子を見ていたコスタンがロランをじっと見据え、少し間をおいて口を開いた。
「ロランさん、あなたはもしかして"アマオチビト"、つまり漂流者では?」
ロランはあえて表情を抑え、村人たちの反応を観察する。
《エリクシル、この様子だと敵意はなさそうだ》
{{そうですね。ですが、少し様子を見たほうがいいでしょう}}
「……漂流者?」
とぼけた返事に、コスタンが微かに微笑んだ。
「天から堕ちた者を"アマオチビト"と呼んでいるのです」
「ロラン、漂流者だったの!? すごい!」
ニョムがまた割り込むと、村人たちはざわめき始めた。
「本当に漂流者?」「すごい!」「初めて見た!」
驚きが広がる中、コスタンは満足そうにうなずいた。
「漂流者についてご存じないご様子でしたから、かえって確信が持てました。我々はロランさんのような天から堕ちた方を『アマオチビト』、あるいは漂流者と呼んでいます。54年生きてきましたが、あなたのような漂流者にお会いできるとは……いやはや、人生捨てたものではありませんな」
コスタンの視線がロランの服装に向き、興味深げにうなずいた。
「この服も、元の世界のものですか? なるほど、いや実に素晴らしい」
コスタンは両腕を組みウンウンとうなずきながら一人で納得している。
その周りではニョムの兄弟たちがロランに駆け寄り、興味津々に服や武器に触れようとする。
ロランは慌てて
誤発砲など、冗談では済まない。
{{漂流者という存在は珍しいでしょうが、この世界で知られた概念のようです。知らないふりが、かえって"この地の人間ではない"証明になったのかもしれません}}
《あぁ、そうみたいだが、この反応を見るに友好的で助かった》
{{承知しました。"アマオチビト"を現地語として統一しますね}}
《よろしく頼む》
「……コスタンさん、おそらく漂流者ということで間違いないと思います。私がこの地に漂流したのは、7日前のことです」
ロランは少し照れつつ、兄弟たちに服や装備をいじられながら、この地に流れ着いた経緯を話す。
探索中にニョムを偶然助け、保護して手当てをしたこと、彼女に言語を教わりつつ家族を探し、無事に送り届けたことなどを説明する。
コスタンはじっくりと聞き、深くうなずいた。
「
「ニョムがたくさん教えたんだよ! それにねー、エリ……」
ニョムが言いかけて顔を上げる。
「エリクシルを話してもいい?」と言いたげな視線だ。
《エリクシル、説明の上で姿を見せても大丈夫か?》
{{はい、そうですね。説明はロランにお任せします}}
ロランがうなずくと、ニョムの顔がぱっと明るくなった。
「エリクシルお姉ちゃんはすごく頭がいいんだよ!!」
その言葉に村人たちが「エリクシル?」「お姉ちゃん?」とささやき始めた。ロランは一度手を挙げて静かに説明する。
「皆さん驚かれると思いますが、エリクシルは少し特殊で、ゴーストのように透けていますが決して害を及ぼす者ではありません。私が保証します」
「そうだよ、優しい妖精なんだ!」とニョムも援護した。
「妖精……?」
村人たちが一瞬訝しんだが、やがて好奇心が勝り「見てみたい」と声が上がる。コスタンも深くうなずき、ロランを見据えた。
「それでは、エリクシルに姿を現してもらいます」
{{皆さんの前に出るのは少し恥ずかしいですね}}
《大丈夫だ》
ロランが微笑んでうなずくと、エリクシルが姿を現した。彼女は現地に馴染むよう、麻のチュニックに茶色のスカートを身にまとい、腰に革のベルトを巻いている。その姿に村人たちは息をのんだ。
「……皆さん、初めまして。エリクシルと申します」
エリクシルが礼儀正しくお辞儀をすると、「おお……」「美しい方だ」「透けているけど怖くない!」と驚きと称賛があふれる。エリクシルも予想外の歓迎ぶりに少し照れた表情を浮かべる。
「コホン、エリクシルさん、此度はニョムさんを助けていただき、ありがとうございました」
{いえ、それはロランが……}
「いや、エリクシルの助けなしには成し得なかったことだ。俺からも礼を言いたいくらいだぞ」
ロランがエリクシルを見上げると、エリクシルも微笑み返した。
その時、ニョムがまたも大きな声で叫ぶ。
「プニョちゃんを忘れちゃだめだよ!」
ロランに駆け寄り、腰につけた容器に顔を押しつける。
「これ、スライム?」「動いてる!」
兄弟たちも集まって覗き込むと、ロランは容器を取り外し、ニョムに渡した。
「スライムのようですが、面白い種類ですね」
コスタンも興味深そうに覗き込む。
「……ええ、成り行きで保管しているだけですが」
「プニョちゃんは言葉が分かるんだよ!」
ニョムが得意げに言うが、村人たちはそれほど真剣には取らず、ロランは少し安堵した。
「さて、話が少し逸れてしまいましたが……」
コスタンは言葉を切り、改めてロランを見た。
「お礼として今最もお二人に必要なもの、つまりこの地の知識をお伝えすることはどうでしょうか。今夜はこの村に泊まり、ここで知るべきことをすべて教えるというのは?」
ロランは言葉を詰まらせ、エリクシルと視線を交わし無声通信で相談する。
《エリクシル、平然と泊まることを勧められたが、"夜"の状況はどうだろう? 魔物がいる可能性もあるし……》
{{今までのセンサーの反応では、コブルは夜はそれほど活動的ではありませんが、"夜の魔物"に関しては確認すべきです。コスタンさんに直接尋ねてみるのが確実でしょう}}
《そうだな、ありがとう》
―――――――――――
村長コスタン。
https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16818093090219520061
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます