ミッション達成

037 母の胸へ帰る日★

 

「あれが……おうち……!」


 小さく呟く声には安堵と懐かしさが滲んでいた。


「そうか! よかった……お、ちょうど良さそうなのがあるな」


 ロランはそういうとバイクを停めて降り、センサーを持って近くの岩場に近づく。


「……エリクシル、追っ手はどうだ? マークが重なりすぎて確認がしづらい」


 ロランの拡張現実ARは距離が開くとマークが重なり正確な位置や数が判り難くなる。


{はい、"杖持ち"の反応は砦の方に戻っていきます。追撃はなさそうです。それにしても、この異常な濃度の反応をみると、砦内部から全く動きがみられません。このようにどっしりと構えているということは……"砦の主"とでもいうのでしょうか?}


 エリクシルが"砦の主"の赤々としたマークを強調表示する。


「"砦の主"聞いたことがあるよ! 危ないからぜったいに近づくなって!」

「なるほど、村でも知られているのか。"ボス"ってやつだな」


 ロランはセンサーを収めるための場所を探しながら、慎重に岩場を歩く。

 やがて手ごろな岩の窪みを見つけ、そこにセンサーを設置した。

 葉の生い茂った低木をセンサーの上に重ね、自然に隠れるようカモフラージュする。

 バイクに跨り、再びニョムと共に村へと向かう。


 平野を渡る風が穏やかに吹き抜け、空には大きな雲が浮かんでいた。

 その影が大地に映り、草木を撫でる風が心地よい。

 先ほどまでの緊張が嘘のように感じられる平和なひとときだ。

 草原を彩る木々の緑が遠くの山に向かって黄色に変わり、ふもとでは紅葉が鮮やかに広がっている。


 ロランは冷たく澄んだ風に、冬の訪れを感じた。


「この地にも季節があるんだな」

{そうですね。景色がとても素敵です}


 エリクシルと共に、雄大な景色を楽しむ。

 そしてすぐに気を引き締め直す。


 ニョムを最後まで安全に送り届ける――その使命を果たすために。


 拡張現実ARとセンサーで追手がいないことを再確認した後、ロランはバイクを村へ続く道の木陰に停め、迷彩カバーで隠した。

 撥水加工の外套を羽織り、装備を隠して村人への威圧感を減らす。


「ニョムが案内するよ!この道、遊びに行くときに通るんだ!」


 ニョムがピョンピョンと跳ね、全身で嬉しさを表現しながら案内を申し出る。

 ニョムが先頭を歩きロラン達がその後をついていく。


「そうだ、エリクシル。村人が警戒しないように念のため姿を消してくれ」

{はい、承知しました}

「エリクシル隠れちゃうの!? 大丈夫だよお母さんも怖がらないよ!」

「ニョム、それはお前が慣れたからだ。はじめはエリクシルがゴーストみたいに見えただろ?姿を見せるのは少し慣れてからの方がいい」

「……うん、そうだった。お母さんは知らないもんね、エリクシルがとっても良い人だってこと……」

{ニョムさんにそう言ってもらえると、胸がポカポカしてきますよ。ありがとうございます}


 エリクシルはニョムを温かく見守り、微笑む。


「あぁ、大丈夫さ、すぐに姿を見せられるくらい仲良くなってもらえるさ」

「うん、そう思う!」

「……それと、これはニョムにお願いだ。俺たちの船のことは内緒にしてくれよな」

「わかったよ! すごいおうちだもんね。みんなが来たいって言ったら困るよね」


 ロランは少し違う意図で頼んだが、結果オーライと割り切ることにした。

 彼らはニョムの案内で村へと向かう。


 村は古びた石積みの壁に囲まれていたが、所々苔むし、崩れた部分も見られる。

 石積みの切れ目からは広場が見え、石と木で造られた家々がその周りを囲むように建っていた。

 建物の多くは老朽化が進み、屋根や壁に傷みが目立つ。

 ロランはかつて鉱山の町として栄えていたというニョムの話を思い出す。


「……今は修繕もままならないくらい衰退してしまったのか……」


 ロランの胸に、栄枯盛衰の無情さが響く。

 コブルの襲撃に脅かされるこの村の未来を思うと、彼の表情には一瞬の憂いが浮かぶ。


「…………ここの石の壁壊れてるでしょ? モウンお兄ちゃんが壊したんだよ!」

{ニョムさんのお兄さんは力が強かったんですね~~}


 ロランが物思いにふけっていると、エリクシルがニョムと話しているのが耳に入る。


「うん! バカぢからって言われてた! 壊したのに直さないで家を出ちゃってお母さんカンカン!」


 笑いながら話すニョムと共に村の広場へと進むと、前方に一人の女性の姿が見えた。

 彼女は籠を持って歩いている。


「あれ、ニョムの知り合いか?」


 ロランが指し示すと、ニョムは一瞬動きを止める。


「あ…………、おか、お母さんだ……! おかあさーーーーん!!!」


 ニョムの目に涙が浮かぶと、ロケットのように母親に向かって駆け出した。

 母親もニョムの声に気付き、驚きの表情からすぐに喜びへと変わる。

 籠を放り出し、両手を広げて待ち構えた。

 ニョムが母親に飛び込み、二人は強く抱き合う。


「うぇええーーーーん! おかあさあん! 会いたかったよお! びえ~~、ヒックヒック……」

「ニョム、よく無事に帰ってきたね! ああ! 神よ感謝します」


 周囲の家々から次々と扉が開かれ、村人たちが広場に集まってくる。

 ニョムの家族と思われる人々が次々と駆け寄り、涙と共にニョムを迎える。

 村人たちもその様子を見守り、笑顔で喜びの声を上げている。

 村全体が、ニョムの帰還を心から祝福している。


 ロランはその光景を眺めながら、目頭が熱くなるのを感じた。

 ニョムの母親がこれほどまでに彼女を強く抱きしめる姿に、彼自身も胸が締め付けられる。


{ニョムさん……良かったですね}

「ああ……母親っていいよな……」


 無償の愛を一心に与えてくれる母の抱擁は何事にも代えがたい。

 ……ましてやその温もりをもう感じることができないのであれば羨ましささえ感じてしまう。


「俺の母さんは親父とアニエスが行方知らずになった2年後、病で亡くなった……」

{それは……}

「もう6年も経つけど、忘れられないな」


 エリクシルがそっとロランの肩に触れる。

 ロランは触れられたような気がして、自分の肩を見た。

 エリクシルの手に自身の手を重ねるとホログラムにノイズが混じった。


{ロラン・ローグ、無事に成し遂げましたね}

「あぁ、エリクシルのおかげだ……」

{いえ、これはあなた自身の力で成し遂げたことです。誇りに思ってください}


 エリクシルは微笑むと、静かにホログラムの姿を消した。

 お互いに触れることは叶わないが、2人は確かな繋がりを感じたのであった。


――――――――――2章 完

親子の再開。

https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16817330665475911009

ロランのホロリ。

https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16818093076836955616

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