036 背中に伝わる震え

 

{{センサーの範囲内に砦を捉えました! 検知した生命反応は12体、そのうちの1体は"杖持ち"を上回るエーテル濃度を示しています。警戒してください、何か強力な存在がいるかもしれません!}}


 ロランの拡張現実ARに一斉にマークが表示される。


 奥の砦内部には"杖持ち"をはるかに上回るエーテル濃度を示す存在が赤々と映し出され、その周囲には白い反応が9体。さらに外の2体が"杖持ち"とその配下だ。


《エリクシル、マークの色が違うようだが……》

{{見やすいようにエーテルの濃さに応じて色分けしてみました}}

《なるほど、助かる!》


 通常のコブルが白色に表示され、杖持ちはピンク色、"砦内部の何か"は真っ赤に表示される。

 その真っ赤な反応がロランにプレッシャーを与えた。


《多いな……それにやけに赤いのがいる》

{{最も赤いものは"杖持ち"の数倍以上の濃度を示しています……ん? 今、一瞬だけ別のエーテル反応を検知しました}}


  エリクシルの声とほぼ同時に、"杖持ち"もこちらに気づいたかのように見える。

 "杖持ち"は杖を地面に突き立て、身体を揺らしながらユラユラと不規則な動きを始めた。

 そばで付き添っているコブルが威嚇の叫びを上げる。


《エーテル反応……まさかアイツら、こっちに気づいたのか? 距離は150……視認できなくはない距離だが、そんなに視力が良いのか……?》


 ロランは拡張現実ARで位置を把握しているため、敵の場所が見えているが、実際には豆粒のように小さな姿だ。

 バイクの音も、距離を取れば風の音と混じって消える程度の音圧しかない。


《こちらの音も聞こえていないはずだ。どうやって感知したんだ?》

{{"斥候"のような感知能力を持っている可能性があります。一瞬波のように感じたエーテル反応……あれは一体……?}}

《波ってーと俺たちの使う短波パルスのようにも思えるな。まぁこちらの位置が分かったところでアイツが持っているのは杖だ。脅威にはならないだろう。このまま距離を取って、センサーの範囲に砦を収めた位置に設置したい。それとももう村に向かうべきか? どう思う?》


 ロランはバイクの速度を緩め、"杖持ち"からは距離を取り脇を迂回するように砦へ向かっている。


{{目的は護送です。より安全な選択をし……あっ! "杖持ち"からエーテル反応を検知、マークします! 高濃度のエーテル反応の塊が高速接近しています! ロラン・ローグ左に避けてください! }}


 エリクシルの警告に従い、ロランはバイクを左に傾け、素早くブレーキターンをかける。


「キャン!」


 ニョムはバイクの急な動きに驚き、ロランの背中に顔を押し付ける。

 ロランの靴が地面を削りながらバイクを停めた瞬間、真後ろをマークされた火の玉が勢いよく通り過ぎた。


「うぉ!? なんだ、あれは!」


 火の玉が岩に命中すると、轟音とともに爆発が起こり、赤熱する火の粉と岩の破片が周囲に飛び散った。


「げえっ!?」


 ロランは左手で破片が目に入るのを防御する。

 いくつかの破片はロランの服に当たるとパラパラと落ちた。

 煙が立ち消えると岩はばっくりとがれていた。

 ロランは岩の残骸を見ると片目を歪ませるとすぐさまバイクを急発進し、"杖持ち"から距離を取った。


 彼は脇の下からニョムの様子を伺う。

 彼の身体が盾になり、幸いにもニョムには破片が届かなかったようだ。


「エリクシル! 今のはなんだ!? 分析できるか?」

{"杖持ち"が空中に火の玉を出現させ、こちらへ向けて射出したようです……}


 エリクシルはロランの視界を通じて見たエーテル反応を、"火の玉"と表現した。

 まだ信じられないのか、自信なさげに説明を続ける。


「"火の玉"だと……? ニョム、ニョム! 大丈夫か?」


 先ほどの物体が火の玉だったと知ったロランは慌ててもう一度ニョムを確認する。

 ニョムは先ほどからずっとしっかりロランの背中にしがみつき、顔をうずめたままだ。

 「彼女は震える声で『大丈夫』と返したが、その目にはまだ恐怖の色が残っている。


「良かった。……ゴブリンが"火の玉"を投げてきたんだが、何か知っているか?」

「……"マホウ"だよ! ゴブリンの"マホウツカイ"がいるんだよ! あぶないよ!! お父さんもやられたの! 逃げて!」


 ニョムの声には恐怖が滲み、背中から伝わってくる震えがロランにも伝わる。


{{ニョムさんが恐怖で涙を滲ませています。"杖持ち"は彼女の父親を襲った張本人のようです。ここはニョムさんの言う通り、直ちにシャイアル村へ向かいましょう。 "杖持ち"の能力は未知です}}


 バイクを操作しながらロランはエリクシルとニョムの言葉に耳を傾け、決断を下す。


「わかった! ニョム、ありがとう!」


 ロランはニョムへの感謝を込め、声を張り上げるとバイクを再び加速させる。


{{ロラン・ローグ、センサーはシャイアル村の近くに設置するのが良いでしょう。追撃を受ける可能性に備えるためです}}

《俺もそう思う。村の手前にセンサーを設置しよう》


 ロランはバイクの進路をシャイアル村の方角へと切り替える。

 背後で杖持ちが何か行動を起こす気配はないが、ロランの背中には冷や汗が滲んだ。


《"火の玉"に"マホウ"……予想外だったな。あの威力なら強化服でも防げない。ニョムを村に届けたら、詳しく情報を集める必要がある》

{{そうですね。わたしたちはゴブリンの文明を侮っていたかもしれません。あのような攻撃手段を持っているとは……}}


 エリクシルは考え込むように一瞬沈黙する。


{{先ほどの"マホウ"ですが、エーテル反応からすると自然の火とは違うものでしょう。エーテルで強化された火か、あるいはエーテルそのものを用いた攻撃か……いずれにせよ、エネルギーの利用法として注目すべきです}}

《エネルギーを弾丸にして撃つ、てき弾だとすると……。あの威力も納得だ。当たったらただじゃ済まない。ホントに油断できない世界だぜ》

{{てき弾ですか……とてもわかりやすい例えですね}}


 エリクシルは頷きながら同意の意を示す。


 ロランたちは草原をバイクで走ること30分、ふたつ目の山を通りがかるところだ。

 遠くに農地らしきものが見えてくる。


「ニョム、あれがシャイアル村か?」


 ロランはバイクの速度を緩め、指し示すように農地を指し、ニョムに尋ねる。

 ニョムはロランの背中から顔を覗かせ、視線が農地に触れた瞬間、その瞳が喜びに輝いた。


「あれが……おうち……!」


小さく呟く声には安堵と懐かしさが滲んでいた。

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