ニョムの覚悟
033 ニョム
ロランはそう言うと、温かいココアを用意し、ニョムとエリクシルと一緒に彼女の話を聞き始めた。
ニョムはココアを飲みながら懸命に話し出す。その話をまとめると次のようだった。
彼女は10歳のシヤン族という獣人で、兄弟が12人いる大家族の末っ子。
彼女の住まう大陸、リクディアにはシヤン族が点在しているが、シヤン語を話すのは年長者ばかりで、共通語を話すのが一般的だという。
ロランがニョムから学んだのが共通語で幸いだった。
ニョムの村『シャイアル』はかつて鉱山で栄えたが、資源が枯渇し衰退してしまった。
村に残ったのは主に年長者で、若者たちは仕事を求めて外に出ていった。
近くには『ポートポラン』という港街があり、そこで食べた魚料理が彼女の思い出の一つだ。
しかし、話が進むにつれ、ニョムの目から涙が溢れる。
彼女はコブルに連れ去られた際、父親が助けに来たものの、返り討ちに遭い命を落としたという。
ロランは彼女の背中をさすりながら、その辛い話を聞き続けた。
10歳で、目の前で父親を失うという経験は計り知れないものだ。
彼女が夜泣きしていた理由も、それでようやく理解できた。
「ニョム……今まで頑張ったな…………」
「グスン……ニョム、がんばったよ! ……ロラン、エリクシル助けてくれてありがとう」
「お母さんはまだ村にいるんだよな。……帰りたいよな」
「いる、かえりたい。でも"ゴブリン"の村を通らないと……森を抜けるのはあぶない」
「"ゴブリン"?」
ロランがエリクシルに目配せをすると、ホログラムにコブルの画像を展開する。
「ニョム、"ゴブリン"ってのはこいつらか?」
ニョムはキャンッ!と声をあげると両手で目を覆った。
安易に見せるべきではなかった。無駄にトラウマを呼び起こしてしまったとロランは思う。
「……ニョム、すまない、見たくもなかったよな」
{配慮が足りませんでした。ニョムさんごめんなさい}
ニョムは少し落ち着きを取り戻し、ホログラムを指さした。
「"ゴブリン"! 汚い悪い"ヨウセイ"!」
「今度は悪い"ヨウセイ"……エリクシル、なんだと思う」
{"ヨウセイ"というのは興味深いですね。名詞や固有名詞の翻訳は難しいので、実物や画像を使いながら理解を深める必要があります。ニョムさん、悪い"ヨウセイ"というのはどういう存在なのですか?}
ニョムは少し考えてから答えた。
「悪い"ヨウセイ"は"マモノ"のこと。とっても悪い夜の住人。ニョム、大嫌い! お父さんのかたき!」
「今度は"マモノ"と来たか……。"ヨウセイ"は"マモノ"であり悪い夜の住人でもある、と。エリクシル、まずは他の原生生物……鹿のような奴を見せてみるのはどうだ?」
{はい、こちらです。ニョムさん、これはどうですか?}
角の丸い鹿のような生き物をホログラムに映し出す。ロランがジョギング中にたまに見かける奴だ。
「これはブラム。ブラームって鳴くからそう呼ぶ」
「ブラムって呼ばれているのか。こいつは悪い"ヨウセイ"か?」
「ブラムは"ヨウセイ"じゃない。"ドウブツ"!」
「そうか、"ドウブツ"は"マモノ"なのか?」
「"マモノ"でもない!」
「うーん……じゃあ良い"ヨウセイ"はいるのか?見たことはあるか?」
「ある! たまにお花畑で一緒に遊ぶ。羽が生えててきれいで花の言葉を話す。ニョムは花の言葉わかんないけど、やさしいから好き。皆はあんまり話すなって怒るけど。お花をくれるんだよ」
ニョムは手でこのくらいと、大きさを伝える。
それはちょうどロランの握りこぶし程度の大きさのようだった。
「俺の握りこぶし大の大きさで、今度は羽の生えた、言葉を話す?そのお花をくれる"ヨウセイ"は"マモノ"なのか?」
「お花をくれる"ヨウセイ"は…………"マモノ"……なのか、ニョム、わかんない」
「それじゃあ、良い"ヨウセイ"は"ドウブツ"なのか?」
「違う……と思う。"ヨウセイ"はニョムたちとは全然違う。ロランとも違う。エリクシルは……"ヨウセイ"……かなあ?うーん…………わかんなーい!」
「ぷはっ! エリクシルはわかんないってよ」
両手を上にあげた降参のポーズで思考を放棄したニョムを見て、ロランは思わず噴き出す。
{ロラン・ローグ、真面目に取り組んでください!……とりあえず、今までに出た情報を整理してみましょうか。"ゴブリン"は悪い"ヨウセイ"で"マモノ"であるということ。良い"ヨウセイ"は"マモノ"なのかは不明だということ。わたしたちが鹿と呼んでいるブラムは"ヨウセイ"でも"マモノ"でもなく"ドウブツ"であるということ}
{……わたしの見解では、"ドウブツ"は哺乳類などの生き物全般を指しているのだと考えます}
「そうだよなあ」
{そして良い"ヨウセイ"は"マモノ"なのか"ドウブツ"なのかあやふやであること。…………ニョムさんにとってはわたしも良い"ヨウセイ"だと思えるようですが、あやふやな対象だということ……。これはとても興味深いです。わたしを初めて見たときはとても怯えていましたよね……}
「たしかに……、聞いてみるか。ニョム、エリクシルは良い"ヨウセイ"みたいか?それとも"マモノ"か?」
ロランはニョムに尋ねる。
「エリクシルは"マモノ"じゃない。とってもやさしいから良い"ヨウセイ"……なのかな?」
「ふむふむ。エリクシルを初めて見た時、ニョムは怖がっていたな。なんでだ?」
「透明だったから"ゴースト"だと思った。冷たくて、夜にでる"マモノ"のこと」
ロランはその言葉に反応し、急に自室に駆け込むと、何かを探し出した。
「これだ! エリクシル、再生してくれ」
ロランが取り出したのは、「恐怖の宇宙幽霊」という映像チップだった。
エリクシルはそれを読み取り、再生を開始する。
画面にはエクトプラズムが船内を動き回るシーンが映し出された。
「ニョム、これが"ゴースト"か?」
「キャッ! それ、"ゴースト"ににてる……」
ロランは興奮気味に映像を見せながら、ニョムと共通の認識を作り上げていった。
次に映し出されたのはゾンビのシーンで、ニョムは驚きながらも興味津々で画面を見つめている。
「"ゾンビ"……歩くしたい……」
「おお、なるほど、ここの世界にはアンデッドもいるんだな……」
エリクシルはロランの思いつきに感心しつつ、知識の補完をしていく。
{民間伝承や映像作品から知識を得るとは、興味深いアプローチです。ロラン・ローグ、あなたの発想には驚かされますね}
「まだまだあるぞ、ニョム、次は'ゴブリン'だ!」
ロランがまた別のチップを取り出し、「アーサー王と124人の宇宙騎士」の映像を再生する。
そこにはゴブリンに似た怪物が宇宙騎士たちと戦うシーンがあった。
「これ、ゴブリンだよな?」
「うん、ゴブリンに似てる! おもしろいね!」
ニョムは興奮して画面に見入る。
ロランはさらに"ドラゴン"の映像も見せ、ニョムが「ドラゴンの骨を見た」と言ったときには、ロランも驚きを隠せなかった。
「ドラゴンの骨!? マジか、それはぜひとも見たい……」
その後もロランとニョムは映像を楽しみながら、さまざまなクリーチャーについて話し合った。
{……ロラン・ローグ、楽しいのはわかりますが、そろそろ昼食時です。いったん休憩をしましょう}
「よし、ニョム! 今日はドラゴンステーキだぞ!」
「本当にドラゴン食べられるの!? やったー!」
ロランとニョムは楽しげに昼食の準備を始めた。
エリクシルはそんなふたりを見ながら呟く。
{"ゴブリン"……民間伝承に登場する伝説上の生き物のことだと思っていましたが、よもや映像作品に出演しているとは……侮れないですね!}
エリクシルは己の勉強不足を恥じ、出典がなんであれ、貪欲に知識を吸収することを静かに決意したのだった。
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