032 宇宙アメーバ、進化してた★


「なっ……おい、冗談だろ……!」


 ロランは驚きのあまり、ニョムと会話しようとしていたことを忘れ、目を丸くしてアメーバを見つめる。

 アメーバの動きは単純ではなく、まるで意思を持っているかのようだった。


{どうされましたか?}


 エリクシルが何事かと様子を確認しに来た。

 ロランは彼女に密閉容器を見せながら、興奮気味に説明する。


「……エリクシル、この宇宙アメーバが俺に手を振ってるんだ……見てくれ!」


 その瞬間、アメーバが再び小さな手を振った。

 エリクシルも驚きの表情を浮かべる。


「ほら! いま、また振った!」

「ニョムも見えてるよ! プニョちゃん、ロランに手を振ってるね!」


 ニョムも興奮気味に言う。

 エリクシルも容器を覗き込むと、アメーバがさらにもう一本手を生やし、エリクシルにも手を振っているように見えた。


 エリクシルは一瞬考え込むような表情をした後、突然ハッとしたように顔を上げる。


{この宇宙アメーバ、意思を持った存在だと考えられます。もはや単なる生命体ではなく……私と同じような、意志を持った存在かもしれません}

「意思……」

{ロラン・ローグ、分析しましょう!}


 ロランはその言葉を繰り返し、ラボへ向かい、分析台にアメーバを置いた。


 アームが容器に向かってレーザーを照射し、詳細なスキャンが行われる。

 エリクシルがその結果を報告する。


{……この宇宙アメーバには、ロラン・ローグと同じ石英質のジェムストーンが確認できました。大きさはコブルのものと同程度で重さは3グラム。もともと単細胞生物の群体だったものが、ジェムストーンを大核として代謝機能を獲得し、従来の核は遺伝情報を持つ小核へと変化しています。さらに、無性生殖によって新たなゲル状の神経節を形成した痕跡も確認できます}


 ロランとニョムは、アメーバがゲル状の体を滑らかに動かしながら、まるで自分たちを見つめ返しているかのように感じた。


「この"スライム"、しぼんでいるのにすっごく動くね!」


 容器の中でアメーバはナメクジのように容器のガラスを伝って移動し、核がニョムの方に向くと、彼女に向かってまた手を振った。


「手を振ってるね! かわいいねえー」


{ゲル状の神経節の働きで、複雑な動きや、この"手を振る"という行動を実行できるのだと考えられます。これは進化した別の存在と呼ぶべきでしょう}

「もはや宇宙アメーバじゃねえな……。そういえばニョム、しぼんでいるってどういうことだ?  'スライム'はしぼんでいないのか?」

「そうだよ。原っぱにいるのはもっとぷるぷるしてるの!」


 ニョムは指で形を描きながら説明する。

 エリクシルもそれを見て、{ゼラチン質で構成されているのではないでしょうか?}と推測する。


「エリクシル、難しい言葉ばかりでわかんないよー」

{ニョムさん、すみません}

「おいおい、二人ともいい感じに打ち解けなぁか」


 ロランが笑いつつ、ニョムの描いた形を見る。


「この絵を見る限り、昔見た映画の'恐怖のマッドブロブ'に出てくるアメーバの亜種、'スライム'にそっくりだな。ニョム、こいつは魔物か?」


 ロランが尋ねると、ニョムはうなずいて答える。


「そうだよ、可愛いけど危ないの。ぶつかると痛いし、ミョミョちゃんが'溶かされるよー'って怖がってた」

「ミョミョちゃんは友達か?」

「ううん、ひとつ上のお姉ちゃん!」


 ロランはニョムの話を聞きながら、エリクシルがアメーバの性質を分析する様子を眺めていた。

 エリクシルは続ける。


{運動性能が高く、酸性質の体液を持つという点で、宇宙アメーバと'スライム'には共通点がありますね。興味深いです}


 ロランがアメーバを指さし、エリクシルに意見を求める。


「……それで、こいつはどうする?」

{このまま放置するのはリスクが高いです。ですが、興味深い研究対象でもあるんです……}


 ニョムは容器を手に取り、アメーバに話しかけた。


「お腹が減ってない?」

「空腹……こいつでも食うか?」


 ロランはシリアルやチョコバーを試してみるが、アメーバは拒否するように体を動かす。


{やはりエーテル素を求めているようですね}

「プニョちゃんは'マセキ'も食べるよ! ロラン、"マセキ"はもうないの?」


 ニョムがロランに尋ねる。


「"マセキ"ってジェムストーンのことか。"マセキ"はもうないよ。もしかして"スライム"も食べるのか?」 「そうだよ、たまに倉庫に入ってドロボーするの!」


{ニョムさんの村では"マセキ"を保管しているのですね}

「うん、"スライム"から"マセキ"を取って売ったり、火をつけたりするよ」

「ちょっと待て、情報が多すぎるぞ。"スライム"からどうやって'マセキ'を取るんだ?」

「"マセキ"を割ると死んじゃうから、うまくやらないといけないんだって。ニョムはまだ小さいから危ないからやっちゃダメって言われてる」

「"マセキ"を狙って取り出すのか。あと、火をつけるってどういうことだ?」

「"マホウ"で燃やすんだよ」


「……"マホウ"か、なんだか嫌な予感がするぜ」

{ニョムさんは"マホウ"が使えるのですか?}

「使いたいよ!」

「まだ使えないってことだな」


 ロランはニョムから得た情報に驚きつつ、彼女の生活環境を少しずつ理解していく。


「そういえば前にあげた小さな"マセキ"はどうした?」

「あれはお母さんにあげるの! お金になるから……でも、プニョちゃんお腹へってかわいそう」


 ニョムはプニョちゃんと名付けた宇宙アメーバを大切そうに抱きしめる。

 ロランはニョムがジェムストーンを生活の足しにしようとする姿を見て、返してほしいとは言えずに困ってしまった。


{ニョムさん、"マセキ"はロラン・ローグが新しいものを取ってきますから、今回はプニョちゃんに譲ってもらえますか?}


 エリクシルが真剣に交渉を始めると、ニョムは期待に満ちた目でロランを見る。


「ロラン、約束する?」

「あ……ああっ! 約束するさ! でも、あの"杖持ち"のコブルを倒すってことだろ? エリクシル、この前は無茶するなって言ってたのに、どうしたんだ?」

{そうです。"杖持ち"のコブルからジェムストーンを手に入れる必要があります。ニョムさんを安全に家に帰すためには避けられない道ですし、集落を制圧すれば彼女の村も安全になるでしょう}

「確かに、その通りだ。ぐうの音も出ないな」


 ロランは覚悟を決めた表情で、エリクシルに降参のポーズを取った。


{ロラン・ローグ、為すべきことを為すのです}

「わかったよ。ニョム、約束するぜ」

「ロラン、約束だよ!」

「ああ、男に二言はないさ……エリクシル、ちゃんとサポートしてくれよ?」

{もちろんです! それでは、ニョムさん、プニョちゃんにエサをあげてもいいですか?}

「うん、いいよ!」


 ニョムはロランの自室に走り、ジェムストーンを持って戻ってくる。


「ニョム、危ないかもしれないから俺がやるよ。これでも食べながら見ててくれ」


 ロランはジェムストーンを受け取ると、代わりにチョコバーを渡す。

 ニョムは喜んでかじりつきながらも、プニョちゃんから目を離さなかった。


 ロランは容器の横からジェムストーンをゆっくりと近づけ、プニョちゃんの反応を伺う。

 プニョちゃんは容器に張り付き、ジェムストーンを求めるような動きを見せた。


「うぉ……本当に反応してる。これ、開けたら飛び出さないよな?」


 ロランが不安げに尋ねると、プニョちゃんは「大丈夫だよ」と言うように、容器の中でジェスチャーをする。


「本当かよ……頼むぜ、プニョちゃん」


 ロランは恐る恐る容器の蓋を開け、ジェムストーンを入れるとすぐに蓋を閉める。

 プニョちゃんはジェムストーンを包み込むと、ゆっくりと飲み込んでいった。


「プニョちゃん、食べてる! えらいね!」

「おお……ジェムストーンが溶けていく……」

{エーテル濃度が少しずつ増えていますね。ただ、ジェムストーンの色や大きさに変化は見られません}

「量が足りないのか……?」


 ニョムがプニョちゃんに話しかける。


「プニョちゃん、ごめんね、"マセキ"もうないの。ロランがもっと取ってくるまで我慢してね」

「はは、追加の依頼が来たな……プニョちゃんのエサも集めなきゃな」


{ロラン・ローグ、ジェムストーンの他に、コブルの遺体もエサにできるかもしれません。エーテル素を濃縮しているので、少しは役立つでしょう}

「そうか、さすがエリクシルだな」

{お褒めにあずかり光栄です}


 エリクシルは礼儀正しくお辞儀をして見せた。


「じゃあ、プニョちゃんも冒険に連れていくの?」

「ああ、いつになるかわからないけどな」

「いいなあ、ニョムも行きたい!」


 ロランは笑いながらニョムをキッチンへと誘導し、食事の準備を始めた。


「今日は何を食べたい?」

「魚ある?」

「うーん、見てみるか」


 ふたりが楽しそうにやり取りする様子を、エリクシルは微笑ましく見守っていた。


 1時間後、昼食を終えたニョムは満足げにカウチでごろごろしている。

 ロランは食事の後片付けをしながら、ふと大事なことを思い出した。


(そうだ、ニョムから話を聞かなきゃならなかったんだ)


 片付けを終えると、ロランはカウチに座り、ニョムに声をかけた。


「ニョム、少し話をしようか」


 ニョムはロランの隣に座り直し、真剣な表情で彼を見つめた。


「体調はもう大丈夫か?」

「うん、元気! ごはんが美味しいからね」

「それは良かった」


 ロランは微笑みつつ、少し緊張した面持ちで言葉を続けた。


「……ニョム、あの時のことを教えてくれないか? どうして捕まっていたのか知りたいんだ。辛かったら無理しなくていいから」


 ニョムは一瞬、目を伏せたが、ロランの優しい声に励まされ、決心したように顔を上げた。


「……だいじょうぶ、話せる」

「そうか。辛くなったらいつでもやめていいからな」


 ロランはそう言うと、温かいココアを用意し、ニョムとエリクシルと一緒に彼女の話を聞き始めた。


――――――――――――

宇宙アメーバ。

https://kakuyomu.jp/users/PonnyApp/news/16817330665475823226

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